保健室へようこそ。
ちょっと説明が長いかな。簡潔にまとめたい…。
私の名前は、葛城芽衣。18歳になりたての高校3年生。いわゆる、JKである。
通っているのが、私立桜花学園高等部。中高一貫のマンモス校で、制服も可愛くて、そこそこの学力がないと入れない人気のある学園でもある。
両親が海外赴任中の私は、強制的にこの学園の寮に入っている。築5年で個室、希望すれば昼以外は食事も出てくるという好条件の寮生活に、不満はない。
成績は上の下。特に部活に入るでもなく。強いて言えば、生徒会長をしている中学からの友人(男)の手伝いをすることはあるが。自分としては、特段目立つ訳でもなく、一般的な生徒の1人のつもりでいた。3年生になって、やたらと眠るようになるまでは。
『芽衣。何か知らんが、葛城さんって眠り姫みたいだね~って噂になってんぞ』
友人に、笑いを堪えながら告げられた時。思わず私は、その友人を笑顔で張り倒してやった。私は姫どころか、男勝りだし、手は早いし、口は悪いし。笑いたいのは、こっちだっつーの!
生徒会長の友人はクラスが違うため、基本的に昼休みか放課後くらいしか顔は合わせない。クラスにはそれほど親しくしている友人もいない――というか、面倒で輪に入ろうとしないため、必然的に一匹狼っぽくなっている。別に仲間外れにされたり、イジメられたりしている訳ではないので心配は無用だ。
そうやって1人でいることが多くなると、イメージだけが一人歩きしてしまい。並より整った容姿をしているためか、元々男子に告白されたりすることは多かったのだが(自慢する訳ではないが)、難攻不落のクールビューティー――などと噂される始末。
だったら、告白された相手と付き合うか……と言われても、好きでもない男となんてお断りだ。特に気になる相手がいる訳ではないが、誰でもいい訳でもない。大体、好きでもないのに告白を受け入れる方が不誠実だと思う。
そんな、私の前に。
今、絶賛気になる男性が、立っている。
それどころか、何だか距離を詰めてきた。ごく自然に歩いてきたかと思うと、私のいるベッドに腰掛け、硬直する私の顔を覗き込んできたのだ。
「現実世界では、初めまして、だったね」
「えっと……はい」
「葛城、芽衣さん?」
「は、ハイッ!」
「そんなに緊張しなくていいんだよ?」
そ、そんなこと言われてもーッ! って言うか、近いんですけどっ。ソーシャルディスタンスでお願いします!!
「そうだな……メイちゃん、って呼ばせてもらうね」
「えっ、あ、はい」
夢の中では、既にそう呼ばれていた気がする。やっぱり、あれは夢だけど、夢じゃなくて。このヒトは、私を知っていて……こうして、一方的ではあるが約束通りに逢いに来て(?)くれた。
「あの……あなたは、校医の先生、ですよね?」
「うん。メイちゃんは知らなかったみたいだね。俺がここに赴任してから、保健室に来たこともなかったもんな」
「新しい校医が若くてカッコいい先生だとは、噂で聴いたことがあったんですけど」
「そうなんだー? 俺、もう28なんだけど、君たちJKから見たらオジサンだろうにねぇ」
「えっ。30近いんですか!? 全然見えませんよっ」
多く見ても、25歳は越えてないと思ってた。まあ確かに医者だったら、ストレートに医大を出ていても20代の研修医を終えた医者は数少ない気がする。私の知識が正しければ、だが。
「ああ、名前言ってなかったね。俺は、楢崎凜です」
「ならさき……あれ、理事長の苗字も、」
「ははは、理事長は俺の親父だからなぁ。楢崎明生って、エントランスにでっかく書いてるもんね。さすがのメイちゃんも知ってた?」
「理事長の息子さんだったんですね……。知りませんでした」
「まあ、偉いのは親父だから。俺は臨床医辞めて校医になった落ちこぼれだしー」
臨床医を辞めて、ということは。ちゃんとお医者さんだったんだ。多分、何処かの病院に勤めていて、今年から理事長の学園に赴任したということ。
「――もしかして、夢の世界に関係あるんですか?」
勘でしかなかったけれど、思い付くままに問いかけてみる。
「驚いた。メイちゃん、意外に鋭いんだな」
「そんなに鈍そうに見えます?」
「ゴメンゴメン。貶すつもりはなかったんだよ。……ただ、うん。その通りだから、さ」
そうして。先生は夢の世界のことを交えつつ、自分の過去についても説明してくれた。
「えーと。俺の専門は、精神科と心療内科。後は普通に内科もなんだけど、」
そう言われても、私には医師の世界は未知の領域だ。それに気づいたのか、先生は分かりやすく話してくれようとしている。
先生には、小さい頃からシャドウみたいな夢世界の悪者を退治する力があったそうだ。夢の世界を知るうちに、人間の心理とかに興味を持つようになり。医者として向き合ってみたくなったという。――それでお医者さんになれる頭脳があるんだから、凄いと思う。
「ナイトシャドウたちが、俺を何て呼んだか覚えてる?」
「すみません、よく覚えてなくて。何か、ブレイカー? とか言ってたような……」
「うん。【Dream Breaker】夢世界の退治屋みたいなもんさ。敵対組織、って言っていただろう?」
「そういえば、あいつら。最初は私のことを、その組織の一員だと思ってたみたいですね」
夢世界は、私たちが知らないうちに現実にリンクしているのだと、先生は教えてくれた。
元々、夢世界には"管理者"と呼ばれる統括者がいて、人間が自由に夢を見られるよう管理してきたのだという。
人間が悪夢にうなされるのは、人の潜在意識が見せるせいでもあるが、ナイトシャドウたち――夢魔たちが夢世界を支配しようと襲っている例も多々あるそうだ。
「ちなみに、メイちゃんも恐らく奴らに狙われたんだろう」
「へっ? 私、あいつらのこと散々蹴散らしてやりましたけど」
「あはは。そうだったね。うん、D・Bの頭脳担当が追跡調査してたから知ってたよ。ただ、単独だから対処できてるだけで、このままだと君が危ないかもしれない……そう判断して、俺が自ら救出に向かったんだよ」
「あ……そうだったんですね。すみません。いえ、助けてくれて、ありがとうございました!」
慌ててお礼を言うと、先生は眩しそうに私を見て、
「可愛い……」
と、呟いた。
えっ、何、ソレ!? ただお礼言っただけで神々しいスマイル貰えるだなんて!
「か、カッコいい……」
こちらも、無意識に呟いてしまう。
「はぁ……俺さ、結構頑張って"センセイ"しようと思ってたんだ」
「あ、はい」
「我慢してたんだよ? 極上のデザートを前にして、お預け食らってるんだよ?」
うん、先生。何を言いたいのか全く分かりません!
「君みたいに、俺と相性ピッタリな夢幻能力を持った子、初めてなんだ。その上、俺の好みドストライクだし」
「ちょっと、待って下さい。あのっ、先生!?」
興奮した様子で、先生は私の両手を握る。そして、私を見る瞳はギラギラと獲物を捕獲する獣のよう。
そのまま、おもむろに先生は私の手の甲にチュッと音を立ててキスをしてきた。――このヒト、もしかしたらキス魔なんですかーッ!?
「現実世界じゃ、君のオーラがダイレクトに感じられないのが残念だよ。でも、訓練すれば夢世界に行き来するコントロールも可能になるから、頑張ろうね」
「あ、あの。オーラ、って夢の中で薔薇に囲まれたアレのこと……?」
「そうだよ。君の力は、夢世界を薔薇で埋め尽くして浄化することかできる【女王】の証なんだ」
薔薇で埋め尽くす……クイーンの力、を私が持ってる? あの力が、浄化の力――。
「君が現れるのを、ずっと待っていたんだ」
「えっ……」
握られたままの手に、力が入る。ハッとして隣を見上げれば、破壊力抜群に微笑む先生が。
「せ、先生! ちょっと距離近すぎませんか!?」
「うーん。先生、はちょっと他人行儀じゃない? 凜って呼んで欲しいなぁ」
「ちょっと! ヒトの話聞いてますっ!?」
下手したら、ベッドの上で口説かれているようなこの状況。校医とはいえ、生徒に対する振る舞いとしても如何なものか。
あたふたと、何とか距離を取れないか身動ぎしていた、その時。新たに、カーテンの影から声が掛けられる――。
「あ~あ。心配になって来てみれば、やっぱり暴走してたか。このアホドクター!」
「何だよー。邪魔しないでよ、コウ」
「えっ、コウ!?」
「ハイハイ。大丈夫だったか、メイ?」
先生の首根っこを掴んで、ポイッと隣のベッドに慣れた手付きで放り投げた、その人は――。
私の友人にして、この桜花学園の生徒会長様。コウ、こと柴紘一郎だった。
センセイ、暴走しすぎですよー。
次も説明続きます。