0040 美人監察官の無茶ぶり
「アイツは、もう一つ別の目を持ってるのさ。それも上空にな」
「えー!?」
おいおいおーい、ランクルを産み出すか召喚するスキルだけじゃなくて、そんな神目線のスキルまで持ってるっていうのかよ。俺のスキルとは呼べないようなクソ能力と比べたらあまりにも格差が酷いじゃないか!
「恐らくそれだけじゃないぞ」
しかも追い打ちキタ。まだ何かチートあるのかよ。
「分かる奴には分かる。さっき俺が言った通りアイツのことを良く見ておけ」
ロランはそれだけ言うと、もう何も答えんぞオーラを纏ってしまった。
まあいいさ。じっくり将軍を観察するとしよう。
15分程前に1時間後と言ってたから、秘密兵器はあと20分ぐらいで到着するはずだ。この世界の1時間は36分だからな。
その前に露払いするならもう動きがあるだろう。
さて、将軍が何をやってくれるのか、秘密兵器ランクルの正体は何なのか・・・
ふぃ~、隅っことはいえ戦場にいるっていうのに何だかワクワクしてきたな。
同郷の将軍さん、頼むから失望させんでくれよ。
── 2時間前 ──
「もう直ぐ日盛りになりますな。急ぎましょうか」
従軍司祭が土で作られた物見塔の中へ最初に入っていった。
「うわ、さすがに暗いですぞ。松明はどこでしょう?」
「松明は必要ありません」
司祭に続いて入ってきた女性が赤い奇石が輝く指輪をした右手をスッと上げると、奇石から炎が三つ飛び出していった。炎は次第に大きくなって鳥の形へと変わり塔の内部を赤々と照らし出す。
「お見事です。雄々しくも美麗なファイアーバードですね」
教皇庁から派遣された監察官は塔に入るなり褒め称えた。
「恐れ入ります」
炎術師の声が僅かに震える。
高位の聖職者である監察官から称賛された喜びに酔いしれたからではない。
大量の魔力を一気に放出することで否応なく湧き上がる快感の余韻がそうさせたのだ。
三羽の炎鳥が優雅に飛び回る物見塔の中は日差しの弱い外よりもむしろ明るい。
司祭と監察官、炎術師、他の付き人たちは危なげなく階段を登っていき展望台へ到達する。
そこからは戦場が一望できた。
「やはり我々が最後のようですな」
司祭は戦場をぐるりと見渡しながらそう言った。
正面遠くにはここと同じ物見塔が築かれていて展望台には複数の人影があった。
同様の物見塔が他にも二つ。
合計四つの物見塔が戦場を囲うように立ち、その展望台では教会の使いたちが自称国王と自称女帝の軍隊を見下ろしていた。
「閣下、時計が日盛りを示しました」
付き人の報告に監察官は展望台中央にある日時計をチラと見やってから少しばかりうなずくと、暫く瞑目し祈りを捧げた後、眼下の戦場に向けておもむろに語り始めた。
「皆さん、私は教皇の代理人として派遣された監察官のエウフェミアです」
監察官の凛としながらも可憐な声は何故か戦場の隅々にまで響き渡った。
傍らに控える付き人の風術師が空気の振動を増幅したのだ。
「この戦いは私の祈りにより既に主の認めるところなりました。主が見守る神聖なる戦の恥となる乱行には罰がくだり、誉となる武功には祝福が授けられるでしょう」
これまでの内戦で何度も繰り返されてきた監察官の言葉を、兵士たちは飽きることなく真剣に耳を傾けていた。神の代弁者たる教皇、その代理人たる監察官の威光は国王と同等かそれ以上のものがあるのだ。
「僭越ながら私も主と共に最後まで見届けさせて頂きます。それでは皆さん、しばし黙祷し心積もりを万全にしてください」
全ての展望台から鐘の音が鳴り戦場にこだまする。
両軍の兵たちは誰もが目を瞑りそれぞれの請願を心の中で反復していた。
やがて全ての鐘が一斉にピタリと沈黙する。
「いざ開戦!」
監察官の合図がつかの間の静寂を破ると同時に、国王軍と女帝軍は戦端を開いた。
「開戦から1時間をゆうに超えました、そろそろ彼が登場しそうですな」
司祭の嬉しさを隠しきれない甲高い声に監察官は苦笑する。
「ラドクリフ司祭、貴方は本当にかの将軍が大好きなのですね」
言外に窘められたと察知した司祭は慌てて取り繕う。
「モア将軍の突撃は芸術の域に達しておられるので心を奪われても無理からぬことかと。しかしながら、もちろん私は従軍司祭として中立公平を保つ所存であります」
「それなら良いのです。かく言う私もモア将軍のファンの一人ですしね」
「おおぅ、そうでしょう。そうでしょうとも。戦場で彼の神業を目の当たりにしたものは誰もが魅了されてしまいますからな」
我が意を得たりとまたも本心をさらけ出す司祭を監察官は内心でダメ出しをするだけに留め、もはや抑えようとはせずにむしろ助長しにかかった。
「ええ、あれは戦争芸術の粋と言っても過言ではありませんものね」
「全くその通りですな。私などあれが見たくて自ら従軍司祭に志願するほどでして」
「まぁ、司祭にそこまで惚れ込まれたならモア将軍も本望でしょう」
監察官のお世辞に頬を緩ませながらも注意深く戦場を見渡していた司祭は、ついにお目当ての将軍を発見した。
「ああ! 彼がいました。あそこです。女帝軍の東の端です!」
広く開けた平原の戦場の四隅にある物見塔。
その南西に位置する物見塔から監察官は司祭の指さす東へと視線を走らせた。
すると嫌でも目に付く騎馬の一団があった。
大隊規模である216名の騎馬隊で数は少なかったが異様に目立っていた。
その全員が真っ赤なマントを甲冑の上から羽織っていたからだ。
戦場でどうぞ的にして下さいと主張している集団は10年以上続く内戦の中でもモア将軍の騎馬隊しか存在しない。
「動いた! ついに始まりますぞお!」
司祭のはしゃぎぶりに呆れながら監察官自身も心が躍るのを止められなかった。
今日は一体どんな奇跡を演じてくれるのでしょうか・・・
モア将軍が乱戦の真っただ中に近づいていくにつれ胸の高鳴りは激しく身の内を震わせていった。
「あそこだな」
満を持して突撃を開始したロビンは敵味方の複数部隊が入り乱れて戦う場所へ騎馬隊を導いていく。
このまま突き進めば敵の歩兵部隊にぶち当たり、その後ろには敵の術士部隊があり、さらにその左後方には敵の本体がいて、右後方には敵の弓部隊がいた。
正面にいる歩兵部隊は全て重装歩兵だ。いかに騎馬部隊でもまともに当たれば被害は甚大となる。
しかし、それでもロビンは手綱を緩めずに突き進む。
彼に従う騎馬隊も何の迷いもみせずに隊列を崩すことなく将軍に続いていく。
敵の歩兵部隊がロビンの騎馬部隊の突撃を早々に察知した。
真っ赤なマントの逆効果だ。さらにロビンはマントだけでなく武具甲冑まで全て赤く染めていた。
これで突撃が悟られない訳がない。
だがロビンは正面の重装歩兵たちがこちらを向き大きな盾を構えて待ち受けるのを見て、舌打ちするのではなくニヤリと笑った。
その瞬間、重装歩兵たちがその左手側から横槍を喰らって体勢を崩す。
少し前にそらちの方向へ突撃をしかけ、駆け抜けていった女帝軍の騎馬部隊が、敵の重装歩兵が横を向いてるのを見て折り返し突撃を仕掛けたのだ。視界が悪く正面以外からの攻撃には脆い重装歩兵はあっという間に寸断されていく。
そしてロビンたちがその場へ到達した時には騎馬部隊がちょうど通り抜けられるほどの道筋がポッカリと開いていた。まるでそうなることが分かっていたかのようにロビンは騎馬部隊を引き連れてその道を悠々と駆け抜けていく。
その時、最も驚き慌てたのは重装歩兵の後ろで守られていた敵の術士部隊だ。
「戦場から立ち去れ! 歯向かわなければ術士を討ちはしない!」
ロビンが遠くから不思議とよく通る声で警告すると、恐怖で固まっていた術士部隊は我先にと散り散りに逃げ始めた。
「聞こえたな! 避けながらついてこい!」
今度は後ろの騎馬隊に叫びながらロビンは右往左往する敵の術士たちの隙間を縫うように馬を走らせる。
このまま左前方にいる敵本体への突撃が成功すればこの戦の趨勢は早々に決するだろう。
しかしロビンは右前方にいる敵の弓部隊へ向かっていった。
遠距離攻撃用の弓隊が、騎馬隊の突撃を喰らえば一溜まりもない。
ロビンたちはいとも簡単に複数の弓部隊を蹂躙していった。
しかし、それが終わると一転して退却を始める。
敵味方に囲まれる位置にいたが、今度もまたロビンの行く先々で道筋が開かれ、まるで無人の野を行くが如く俺たちのいる土塁の隣へ楽々と戻ってきたのだった。
「変ですな」
つい先程までロビンの見事な突撃に感極まっていた司祭だったが、ロビンが一度の突撃でさっさと帰陣してしまうと困惑と失望の入り混じった声で疑問を呈した。
「確かに妙ですね」
監察官も司祭の疑問に理解と共感を示す。
「モア将軍はひとたび出撃すれば、二度三度と突撃を繰り返し致命的なダメージを敵に与えるのが常なのですが・・・」
「そうですね。此度は何やら状況が違うようです」
「もしや、将軍に不慮の事態でも起こったのでしょうか?」
「あの神がかり的な退却を見る限りその可能性は少ないでしょうね」
「お説ごもっともです。まこと安心しました。ただ、そうなると何故の退却だったのでしょうなあ」
明快な回答を求めて司祭は期待に目を輝かせながら監察官を見つめた。
その顔が無性にイラっとした監察官は隣に控えていた炎術師に視線を移し、司祭の注意がそちらに向かうようパスを出した。
「イグレーヌ、貴方はどう思いますか?」
「私ですか?」
突然話を振られた炎術師はビックリしてあるまじき言葉を返した。
「あ、申し訳ありませんでした」
「構いませんよ。急に難問を突き付けた私に非があるのですから」
「とんでもありません! ですが私にはモア将軍の退却の理由は推し量りかねます」
「思い付きで結構ですから何でも言ってみて下さい」
司祭とのやり取りにいささかウンザリしていた監察官が強引に炎術師を巻き込むと、司祭はまんまとその誘いにハマってくれた。
「そうですな。貴方のような人の発想が意外と的を射ることがあるのですよ」
炎術師は監察官と従軍司祭というアンタッチャブルな存在から注目され心中穏やかではなかったが、とにかく何かを言わなくてはこの針の筵は終わらない。焦燥でオーバーヒートしそうな頭から出てきたのは掛け値なしに単なる思い付きの答えだった。
「まだ何か奥の手があるのではないでしょうか」
「「!?」」
監察官と司祭は予想外の答えに虚を突かれ言葉を失った。
重い沈黙が場をしばし満たした後に監察官はすっかり感心したように唸る。
「本当に素晴らしい着想ですね」
「というと、女帝軍はモア将軍の突撃以上の何かをまだ隠し持っているとお考えですかな」
司祭がどちらに対してか分からない物言いをしたので炎術師は仕方なく答える。
「そう考えると矛盾はなくなります。根拠は全くありませんが」
「ええ、きっとそうに違いありません。女帝軍には秘密兵器とでも呼ぶべき何かがあるのでしょう。故にモア将軍は本体を突くことも再度の突撃を試みることもなく引いたのです。秘密兵器の獲物として残すために」
監察官はかつてない高揚によって全身が浮遊するような感覚に襲われた。
「・・・少々、中座させて頂きます」
自分を抑えきれなくなりそうで監察官は展望台の後方へ一人向かう。
戦場とは反対側にある長閑な平原を見つめ監察官は心を落ち着かせようとしたが、脳に焼き付いた男のことを思うとどうしても胸が騒いでしまうのだった。
モア将軍、きっと貴方ですよね。秘密兵器を女帝軍にもたらしたのは。
一体どこまで貴方は私を魅了するのか・・・
悩まし気な熱い吐息を一つついた後、監察官は誰にも見せたことのない形相をしながら、誰にも聞かせたことのない声色で独り言ちた。
「さあ、自然哲学でも魔法でも説明のつかない奇跡を私に見せなさい、ロビン・モア」