0020 戦国ロリ婚無罪
「お前は村長に騙されたんだよ」
うっ!
射抜かれたように心臓が一瞬止まり体が硬直する。
それからロランの言葉が鉛のようにズシンと胃に落ちてきた。
物理的にボディへ一発喰らったみたいに腹が痛いわこれ。
あぁ、このまま気を失って何もかも忘れようか・・・
待て待て待て待て待て!
ここで現実逃避したら冗談抜きで命にかかわる。仮にも戦闘中なんだ。
ちょっと落ち着ついて考えろ。
だいたい村長が俺を騙していたという陰謀説だけど・・・
その発想は正直あった。
俺だって底なしの馬鹿じゃない。
話がうますぎるとこれまで何度も思ったさ。
いくらなんでもこの村長お人好しが過ぎるだろってな。
何か企んでるんじゃないかって疑ったことすらあったよ。
だが、その度に俺が出してきた結論がこれだ。
「いや、だってそんなことして村長に何のメリットがあるんですか?」
「そうだな。確かにその点は重要だ。お前はどう考えてるんだ?」
「せいぜいこの夫役の身代わりぐらいですよ。それにしたって村長みたいに家や食料、娘まで与えてたらコストが高くつき過ぎて割に合わないじゃないですか」
「その通りだな」
「でしょ。村長はただの聖人ですもん。人を騙すなんてありえないですよ」
「だがな、良く思い出してみろ」
「何をです?」
さっぱり見当もつかない俺が憮然としていると、ロランから想定外の言葉が飛び出してきた。
「お前の嫁は本当に村長の娘だったのか?」
「へっ?」
ちょっと何を言ってるか分からない。ウルシュラは村長の娘に決まってるだろ。
「そんなの当たり前じゃないですか!」
「それは何を根拠に言ってる?」
「いやだって、村長がそう言ってたしウルシュラも・・・あっ」
言ってない。
ウルシュラは一度もそんなこと言ってなかった。
それに父親なのに村長と呼んでた。最初はちょっと変だなと感じたけどそれが村の慣習なんだろと勝手に納得してた・・・ああくそっ、どんなに探しても俺の記憶の中にはウルシュラが村長の娘だという証が見つからない・・・頭に浮かぶのは出会った頃の申し訳なさそうに微笑んでいた彼女の顔と別れ際の涙だ。その本当の意味がコレなのか・・・
口ごもって目が泳いでる俺に、ロランは気遣うような口調で更なる疑問を投げかける。
「さびれた田舎とはいえ、村長の娘が日焼けしてるってのはちっとばかし妙だよな」
「そうなんですか?」
「ああ、村長にしてみれば娘は大事な政略結婚の駒だからな。日焼けさせて価値を落とすようなことは普通やらん。ましてや、どこの馬の骨か分からん流れ者を婿にするなんてまずありえんな」
「そうなんですか?」俺は馬鹿みたいに同じ言葉を漏らしていた。
「そうなんだよ。それにな、」ロランはやれやれといった感じで話を締めにかかった。
「そもそも、夫役ってのは農閑期にやるもんだろ」
「はい?」
「だから今回の招集は夫役じゃなくて兵役なんだよ」
「え、それってつまり・・・」
「さっき言った通りだ。お前は村長に騙されたのさ」
何も言えないでいる俺にロランは畳み掛けてくる。
「シモンってのはお前の本当の名前じゃないだろ」
「な、どうして・・・」バレたのかと焦りまくる。
「別に責めちゃいない。ただの確認だ」
「すいませんでした」としか俺は言えなかった。
「ふぅ、今な、お前みたいなのが増えてるんだよ」
「どういうことですか?」
「まず間違いなくシモンってのは村長の本当の息子の名前だ。兵役で死なれたり不具にされたくなくて身代わりを立てたのさ。内戦が長く続いたせいで最近はその手の身代わり兵士が絶賛激増中だよ。こっちとしてはキッチリ戦ってくれりゃ別に誰でもいいんだが、身代わり兵はお前みたいに戦意の欠片もない奴らが多くてちと困ってるのが現状だ。それに他の可能性もあるしな・・・」
そう言ってからギロリと俺を睨むロラン。
「ま、お前さんはただの世間知らずみたいだがな」
何かを勝手に自己完結したロランは満足そうに笑っていた。
それはさておき、どうやら俺が村長にしてやられたのはガチっぽい。
だけど村長を恨む気にはなれなかった。
身元不詳の厄介者の俺に家と食料、そして何よりもウルシュラを与えてくれた。
彼女との生活は俺が生まれて初めて知った幸せだった。
だから村長には今もむしろ感謝の念しかない。正直に理由を説明してくれてたら俺は喜んで兵役に赴いたと思う。もちろん死にたくはないしウルシュラと少しでも別れるのは辛い。それでも二人で堂々と暮らすために俺は戦場に行く選択をしただろう。まぁそんな俺の考えなんて村長は知る由もないから仕方がなかったのかもな・・・
あ、そうだ。一つだけどうしても知りたいことがある。
「あの、訊きたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
「ウルシュラは、俺の嫁は、村長の娘じゃなかったら誰なんでしょう?」
分かってる。そんなことロランが知るわけないってことは。
だけど、この頼りになりそうな男なら何か有益な情報をくれるんじゃないかと少しだけ期待しちゃったんだよ。藁をも掴む心境ってやつ?
俺に無茶ぶりされたロランだが、まるで世間話の様にごくフツーに答えてくれた。
「戦争孤児かもしれんな」
おお、やっぱりあんたスゲーよ! 伊達に隊長やってないぜ。
だけど、それが事実ならかなり重いな。帰ったらたっぷりウルシュラを慰めてやらないと。
とりま、ロランの推測がどのぐらい信憑性があるのか知りたい。
「孤児、ですか?」
「ああ、内戦で親を亡くした子供が本土にも大勢いるからな。そんな子供たちの世話をしている修道院か育児院から引き取ってきたんだろう」
「じゃあ、村長はこの時のために幼い頃から育ててきたってことですか」
「いや違うな。引き取ったのはお前を助けた後のはずだ」
確かにウルシュラを紹介されたのは救われた六日後ぐらいだった。
それだけ時間があれば遠くから引き取って来ることも可能だったろうが腑に落ちないことがある。
「でもウルシュラは18歳ですよ。孤児って年齢ですかね?」
「孤児として面倒を見てもらえるのは12歳までだ。今は戦時下の特例で引き上げられているがそれでも15歳までだな。お前の嫁は本当に18なのか?」
え、どうなんだ、ぶっちゃけ自信がない。18と言われて素直に信じただけだ。実際、ウルシュラは落ち着いてて大人びていたから年齢詐称なんて疑いもしなかった。
「・・・正直、分かりません。だけど、年齢を偽る理由の方がもっと分かりませんよ」
「15以下なら孤児だと疑われると思ったんだろ。それに村長が12から15のピチピチした娘を得体の知れない男にやるなんてそれこそ怪しさ満点じゃないか。行き遅れ間近の年ならお前を納得させやすいと考えたんだろうな」
「18で行き遅れが近いんですか!?」
「フ、お前の世間知らずは果てが無いな」
むーん、事実だから返す言葉がない。ただ目で続きを促すだけだわ。
「結婚適齢期は14から16ぐらいだ。大抵の女は18までに結婚する。19以上で未婚は訳アリだな」
マジか・・・18の若くて初心な嫁さん貰ったと大はしゃぎしてた俺はピエロだったのかよ。
「大陸法では12歳から結婚できる。幼少から婚約してて12で結婚する者も少なくない」
そしてロリ婚万歳の世界だったのかよ。なんか敗北感までこみ上げてきた。
「お前の嫁さん本当は15歳、いやもっと下かもな」
「えーまさか・・・」あの貫録ボディでJCはないだろ。
ぶっちゃけ20歳と言われても納得したと思うわ。
「孤児ならいつでもタダで引き取ってこれるから村長にしたら最善策だ」
「確かにそうなんでしょうけど、さっきも言ったようにウルシュラは魅力的な女性ですからね。もし孤児だったらとっくに誰かに貰われていたんじゃないですか。それこそ政略結婚の駒として?」
「あぁ・・・メガネで高身長で年上で日焼けで巨乳で知的美人だったっけか、お前の嫁の魅力ってのは・・・」
ロランらしくない歯切れの悪い言い方だったが、俺は気にすることなく今日一の笑顔で惚気た。
「そうです。最高の嫁さんです!」
「お、おう・・・」ロランは酸っぱい顔をしたまま面倒くさそうにトドメを刺しにきた。
「だがその特徴は全部、嫁にする女としては悪条件だぞ」