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ここは第三役所、異世界転生課  作者: 冬野春巻
第一章
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そして一ヶ月

 光陰矢の如し。あの事件があってから既に1ヶ月が経過した。


 あの事件というのは、件の狼炎の箱についてのこともそうだが、ここでいう事件とは『新人歓迎会記憶全消去事件』のことである。


 クロッカスさんが僕をタッチダウンするも、店に着く頃にはほとんどの人が既に出来上がっていて、中へ入るなりすぐに、知らない社員に駆け付け一杯と大ジョッキを渡された。


 謎の大歓声と共にそれを飲み干す。それまでだ。


 疲労とアルコールのコンボによって、僕の記憶は、魔法を使ったみたいにさっぱり消えた。自己紹介で何を喋ったのかも、どんな行動を取ったのかも、いつどうやって帰ったのかも、全く覚えていない。


 次の週の出勤で、朝、ステラさんと会い、「あ、お、おはよ、こないだはその…凄かったね、あはは…」と顔を赤らめて言われた時には、あれだけ恐怖していた死をあっさり受け入れたくなるほどの辱めを受けた。


 何をやらかしたのかは、まだ怖くて聞けていない。


 それはともかく、あれから似たような命の危険も無く、仕事にはまだ就いていないけれど、新人として勉強し、魔法も少しずつ覚え、この世界での生活にも慣れてきたところだ。


 そうやって無事に一ヶ月が経った今日は、待ちに待った給料日である。


 「では、本日はこれで終わりとします。明日からはいよいよ実地研修に入りますので、今日はゆっくりと休んでください。お疲れ様でした」


 「お疲れ様でしたー!」


 「お疲れ様でした」


 レヴィアさんがいなくなったのを確認した後、ステラさんが飛び上がるように椅子を立った。


 「ぃぃいやったーー! 給料日だよアラタ君!」


 「そうだなあ」


 「初給料祝いに、飲みにでも………あ、うん。飲みにでも行っちゃう!?」


 「頼むから言い直すのは止めてくれ」


 その言い直しはトラウマが蘇るので止めていただきたい。記憶が消えてるからトラウマなど無いはずなのだが。


 「ありがと。でもごめん。今日は行くところがあるんだ」


 「あらあら何~? ひょっとして彼女~?」


 「いたら良かったんだけどね、彼女。まあ、そういうことだから。ごめん」


 「ぶー。うーんじゃあどうしよっかなあー、エントランスで待ってれば誰か来るかな」


 口を尖らせ、不服そうな顔で呟く。行き当たりばったりで誰か誘うつもりなのかこの娘は。このコミュ力お化けめ。


 カバンを持ち、席を立つ。


 「じゃあそういうことだからお先に。お疲れ様」


 「お疲れ様~また明日!」


 「実地研修だから明日は会わないでしょ」


 「ああそっか。じゃあまたどこかでー」


 いつもの会議室を出る。


 初給料が出たらまずはあそこへ行こうと、かねてから決めていた。


 転生課からの支給金はまだ残っていた。だがそれではダメだ。次行く時は、自分の稼いだお金でメシを食ってやる、そう決めていたのだから。


 店の前に立つ。営業はしているようだ。


 老朽化してボロボロの木の扉を、ガラガラと開け、『不思議食堂 ~いちか~』へと、足を踏み入れる。


 他に客は誰もいない。


 「あいらっしゃい…ってあれ?」


 「どうも」


 初老店員は元気に出迎えてくれた。


 「オイオイ、タダ飯食らいの兄ちゃんじゃねえか! 兄ちゃん転生者だよな?」


 「ええ、まあ色々あって残ることになりまして。それで今は転生課で働いてます」


 「なんだそりゃ本当かい! いやこりゃたまげた」


 タダ飯食らいの兄ちゃんという肩書きは気に食わないが、まあいい。なんなら今日はその汚名を返上するためにやってきたのだ。


 「やってますよね?」


 「おう勿論。おっと待った! 金はあんのかい?」


 「それこそ、勿論ですよ」


 「ハハハ! そうかいそうかい。で、何にする?」


 「てんぷらで」


 「おっけーてんぷらね! ちょっと待ってな!」


 そう言うと店主は中の厨房へ消えて行った。


 あの日と同じ、カウンターの奥に座る。程なくして、調理の音と油のような匂いが漂ってきて、5分もすれば天ぷら定食のお通りである。


 「あいよー天ぷら! 熱いうちに食いな!」


 自分の稼いだ初給料で、初めて食べる食事。


 僕はこの日を、たぶん、一生忘れないと思う。


 「いただきます」


 口に運ぶ。黄金色の衣は、以前よりも輝いて見えた。


 「兄ちゃん、もしかして今日が初給料ってとこかい」


 「はい、そうです。よく分かりましたね」


 「やっぱりそうかい。やっぱ給料日になると賑わうからな! まあうちには全然来ねえんだけどな…おっと、変な期待すんじゃねえぞ。初給料おめでとうっつって奢ってやったりとかしねえからな!」


 「モットーですもんね」


 「ハハハ、分かってんじゃねえか。ま、ゆっくり食いな」


 そう言うと店主は厨房に消えていった。


 ご飯を食べ、エネルギーを作る。


 エネルギーで、働く。


 働いて、お金を貰う。


 そのお金を使って、ご飯を食べる。そのご飯をエネルギーに、また働く。


 今僕は、ようやくスタートラインに立った。


 生きていけるかどうかは分からない。仕事が上手くいくかなんて知らない。でも、やれるだけやってみよう。


 「ごちそうさまでした。 すいませーん、お会計で!」


 そう言うと、厨房の奥から声が聞こえてきた。


 「わりい今手が離せねえ! 300エルク、テーブルの上に置いてってくれ!」


 「はーい」


 財布を広げ、100エルク硬貨を6枚置き、店を出た。




(終)



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