第七話 騎士団長の戦い2
再び剣が紅く光を放つ。ジークは刃を煌めかせ獣の咆哮のなかに斬り込んでいった。本来騎士団長は現場で後方指揮をとることがほとんどだが、彼は常に最前線で真っ先に飛び込むのが好きだった。指揮を副官に任せ、思う存分に剣を振るう。彼らはやや呆れ顔をしつつも団長の行為を非難したりはしない。いざとなれば抜群の統率力を発揮することがわかっているからだ。
母と、小さなちいさな弟を一瞬にして奪った魔獣。それを一匹残らず殺すのがジーク・クラウゼントの唯一の生きがいだった。
お馴染みの、腹の底からふつふつと湧き上がる怒りに身を任せ地面を蹴り、ジークは紅蓮の剣を獣の肩に振り下ろす。すぱんと小気味のいい音を立てて腕が地に落ちた。魔獣は獣型、人型と様々いるがここに沸いているのは人型ばかりだ。魔力に飢えたようにたかる生物の成れの果て。
侮蔑の視線と、怒りを直接突き刺すようにジークは剣を一匹目の心臓へ突き立てた。炎の剣は強い魔力で護られているため、折れることはまずない。崩れ落ちる体から素早く抜くと振り向きざまに二匹め、三匹目に襲いかかった。鎧がないのは痛いが、剣があればどこまでもこいつらを叩きのめせる。
彼はいま、父の死の真相より、ティアナの安全を守ることより、己の復讐心を満たすためだけに戦っていた。
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時間にすればそんなに経っていないはずだが、四体目を倒した頃には息がかなり上がっていた。好戦的なジークでも普段の倍は動いている。ぴっぴっと頬に黒い血がかかるのをぐいっと手の甲でぬぐい、長い脚で醜い獣体をごろんと転がした。肩で大きく息をして、ジークはあたりを見回す。汗が、じわりと額に浮き出る。
もう一匹、いたはずだ。
魔獣は魔が発する魅力に抗えない。炎を纏うこの剣はおとりでもあるのだ。通常は他の剣と変わらないが、嵌められた魔石の力を放つことで魔剣となる。魔獣討伐用に作られた剣に、奴らはどうしても引き寄せられてしまう。
首を巡らせ、ざっと見渡しても気配がない。館跡は焦げ付いて、不気味に沈黙している。
くそ、逃げたか?
彼はそこではっと顔を上げた。
こいつらは、魔力に誘われて出てきた。
まさか。
『お嬢ちゃんは何の力を…』
さきほどの奇妙なシーンが頭を巡る。
ジークは走り出した。くそ!俺としたことが!
「ティアナ!」
魔力を持った人間はこの国にはそういない。
王都に数人の魔術師がいるだけだ。彼らは巨大な城から出ることはほとんどない。
魔術師の作りだす魔石は貴重品で、そのほとんどが騎士団でも対魔獣用に使われている。だが。もしも、他にも魔力を持った人間がいたとしたら。
彼の思考はそこで途切れる。毛むくじゃらの燃える背中が目に飛び込んできたからだ。梁の隙間をこじあけ、ティアナへ今まさに襲い掛かろうとしている。彼女の白い顔は恐怖で青ざめていた。
「お前の相手は俺だろうが!」
彼は鋭いひと声を上げて飛びかかった。魔獣は声に気づき、振り上げた長い腕をぐるんと回した。斜めから躍りかかったジークの肩に、思い切り獣の手がめり込む。
彼は肩に焼けつくような熱を感じた。長く分厚い爪は黒のチュニックを簡単に引き裂き、彼の左肩へと到達する。血が、ぷしゅりと噴き出た。
「ティアナ!逃げろ!」
彼女が叫び声をあげる前に、ジークは言い放つ。ティアナはさっきの言いつけ通り、壁にぺたりと背中をつけていた。だがずるずるとあとずさるくらいしかできないようだった。腰が抜けているのかもしれない。
「ジーク様!血が…っ血が…手が…」
「俺のことはいい!早く立って走れ!」
左腕の感覚がない。ジークは魔剣の柄を右手でしっかりと握り直してティアナと魔獣の間に滑り込んだ。ティアナに物欲しそうな目を向けていた獣は、燃え盛る魔剣を見てこちらに注意を移す。ぎらぎらと飢えた目つきは、狂気に血走っていた。
血が、燃えながらジークの身体のなかを走り回っているようだった。そのせいか、痛みも恐怖も感じない。獣の動きもやけに緩慢に見える。彼は渾身の力を込め地面に足を踏ん張り、魔獣の腹へ深々と剣を突き刺した。燃える剣は、腹のなかでますます紅く輝き、なかからその肉を焼いてゆく。燃え立つような毛も、肉も一本残らず激しく炎に包まれて、黒い血は一滴残らず蒸発してゆく。
やがて魔獣はぷすぷすと煙を吐きながら、焦げた塊となって床に転がった。