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最終話 二人で未来を

 


 数日後、ティアナは緊張した面持ちで馬車に乗っていた。初めてジークと同乗したあのときと同じように、ドレスの裾をぎゅっと握りしめている。


「き、緊張してきました」

「大丈夫だ。どこから見ても立派なレディだぞ」

「そ、それはどうもありがとうございます……」

「だがあまり裾をつかむな。皺になる」


 彼女は少し恨めしそうに、向かいで余裕の表情を浮かべているジークを見た。騎士団の正装に身を包んだ彼は一国の王としても通りそうなほど凛々しく堂々としていて、一分の隙もない。


 館に呼び寄せた仕立て屋に髪を複雑な形に結ってもらい、贅沢な刺繍を施したドレスを身に纏ったティアナは白い肌をさらに青白くしていた。


 (こんな格好、したことない。その上、お城の偉い方に会うなんて。胃がひっくり返りそう……)


「魔術庁の長官というのは、どんな方なんでしょうか」


 ティアナはおずおずと尋ねる。


「魔剣の授与式で顔を見た気がするが、あまり覚えていないな」


 ジークは思い出そうとしてみたがやがて諦めた。何しろ当時は長官が手にしている炎の剣しか目に入っていなかったからだ。


「なんでも数百年生きているらしい。噂だが、容姿もほとんど変わっていないそうだ」


 彼女はぎょっとした。


「え…数百年?そんなこと、あるのでしょうか?」

「この世界は、ありえないことばかりだろう?」


 彼は静かに窓の外を見る。平和な村で成長したティアナには計り知れない経験を思い出しているのだろう。


 (あ、また。見たことのないお顔をしてる。そういうのを見ると、もっともっとジーク様のこと知りたくなっちゃうのに)


 こんな大事な時にまで彼に対してぽうっとしてしまう自分が恥ずかしくなり、ティアナは手でぱたぱたと頬をあおいだ。



 前回の調査官の訪問と、今回のオズワルドの顛末により魔術庁は俄然ティアナに興味を示した。すぐさま彼女のもとへ使いがやってきた。ティアナの身の安全を確保し、必ず保護するという。だがジークはその全ての交渉を自ら担当し、ティアナを決して表には出さなかった。

 彼は代わりに長官宛てに文を送ったのだ。


 『ティアナ嬢は第五騎士団長であるジーク・クラウゼントの婚約者である。婚約のことも、王城近くに二人の居を構える許しも既に国王から得ていること。妻となるティアナの自由を約束するならば、魔術庁への協力を考慮する』


 要約するとこんな内容で、ジークの婚約の申し出に国王はジークのこれまでの功績を鑑みて全てに快く応じたという。


「これまで全ての褒賞を辞退してきたぶん、王は俺の希望を全て叶えるとおっしゃられたんだ」


 それに対して魔術庁は正式に彼女に会いたいと伝えてきた。話はそれからだと。


「だ、大丈夫でしょうか……」

「向こうもお前の承諾なしに勝手なことはできない。何しろ国王がご存知なのだからな」


 彼は身を乗り出して彼女の頬を撫でた。結い上げた髪から落ちたひと房がくるりと巻いて白いうなじへ垂れている。それをすくい、愛しげにキスする。


 そこでティアナはふと、首を傾げた。なにかとても大事なことをいま、さらりと言われたような…。


「あの、ジーク様。わたし、え?わたし、こっ……?こんっ!こんやくっ!!?つまっ?」


 驚きでのけぞるティアナを、ジークは楽しげに見つめる。


「そうだが?」

「ま、ま、まって!待ってください!わたし、知らなか」


 青白かった頬はいま、薔薇も驚くほどの朱に染まっている。彼女は可哀想なくらいうろたえていた。


「すまない。ティアナ。お前を守るためにすこし、大袈裟に表現した」

「おおげさに」

「ああ」

「ひょうげん」

「ああ」


 彼女はぱくぱくとジークの言葉を繰り返す。


「で、では、うそを……?」


 ほっとするべきか、怒るべきか、泣くべきか、感情がぐるぐると回転してしまい、訳がわからない。座席に腰掛けているはずなのに、体がふわふわと飛んでいる気がする。


「ティアナ」


 凛とした声が彼女をとらえた。混乱したティアナの感情はジークの眼差しをあびてすうっと落ち着いてゆく。彼女は愛しいひとの言葉を待った。


「俺は、これからも剣を振るう。魔獣を倒し続ける。それは誰にも止めさせない」

「は、い」

「だが、決して復讐のためだけではない。誰かの大切な未来を奪わせないためにだ」


  滑らかに進む馬車のなか、ジークは素直な想いを彼女へ伝える。


「そう考えられるようになったのはお前を愛したからだ。俺は、お前とともに、これから前を向いて生きていきたい」


 ジーク・クラウゼントは揺れる馬車の中膝をつき、ティアナの手を掲げ熱のこもった眼差しを送る。


「ティアナ、俺の求婚を受けてくれるか?」


 こんなにも力強く自分の、そして二人の未来を語ってくれる彼が、愛しくて仕方ない。頬を染め、涙で瞳を濡らしながら、彼女はにっこり微笑んで頷いた。そして、少しだけ頬を膨らませる。


「順番が、ちがうのは、……キスしてくれたら忘れます」

「いくらでも、お前の望むままに」


 ジークの大きな手に、ティアナは自分の手を重ねる。彼女が癒した腕はいま、ティアナをしっかりと包み込む。


 感謝と、愛を。二人は思いを込めて口づけを交わした。


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