魔術庁からの訪い2
「それはよかった。ご協力ありがとうございます。どこか部屋を貸していただけますか?」
と、調査官はほっとしたように荷物を手に取った。オズワルドがそそくさと案内しようとする。だが、ティアナはそれを制した。オズワルドの前に行き、深く頭を下げる。
「この方と二人でお話させてください。お願いします」
「なっ……」
なにを生意気なことを言いだすのだ、とオズワルドは顔を歪め、助けを求めるように調査官へ向き直った。眼鏡をかけ直した青年は、
「私は彼女とさえ話せればいいので」と肩をすくめるだけだ。
ぎりぎりと奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうな表情でオズワルドは後ろへ下がり、そのまま廊下の奥へ消えていった。ユリウスとカイリは顔を見合わせ驚く。我らがティアナ嬢は意外と意志が強い。
「あーあ。仕方ないな。わかったよ。ティアナちゃん、君のことなんだもんね。ここはまかせるよ」
カイリも後ろで頷いた。ティアナは二人にもう一度、お礼を言ってから調査官を厨房の横の小部屋へと案内した。
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ティアナが話を終えると魔術庁の調査官はぱたりと書類を閉じながらため息をついた。
「驚きました。癒しの魔女の力は本当にあるのですね。この国ではこの数百年の間確認されていませんから、魔術庁でも、長官以外は出会ったことがないと言われていました。おとぎ話だと思うほうが自然なんですよ」
「す、すみません……」
「いやいや、謝ることなんてありませんよ。これで私も長官に報告できます。それに、記憶が戻ってよかったですよね」
彼は真面目な顔に好奇心をのせて何度も頷いた。魔術庁でジークからの報告を見た長官が、珍しくこの「記憶を失って生き残った娘」に興味を見せたためティムが派遣されたのだという。ティアナは自分が捨て子であること、いつからか怪我を治す力が使えるようになったこと、そして奴隷商人に攫われ館に連れてこられたことを話した。娼館の事故では、炎の老人の言動と、ジークの父が助けてくれたことを伝えたが、ジークの父の背景や、その目的は告げずにいた。それはティアナが話すことではないと考えたからだ。
「自分の力が、癒しの力と呼ばれているのも知らなくて……」
「そうでしょうね。ここの騎士団でなぜか怪我がすんなり治るという噂が流れてきたのを長官が不思議に思ってすこし調べたのですよ」
調べたとか、興味を持つ、とか、なんだか嫌な言葉だな、とティアナは思った。でも、悪い人には見えない。魔術庁とはいったいどんなところなのだろう。ティアナの頭にそんな疑問が浮かんだ。
「ひとまず、これを報告しますので、ティアナさん、貴方は魔術庁からの連絡を待ってください。ええと、今は騎士団長の元に滞在されているのですね?」
「はい……」
彼女は俯く。だが、もうすぐそれもおしまいだ。ティアナの記憶が戻ったのだから当然だ。当初、ジークは、「記憶が戻るまで」の期限つきで彼女を館に招いたのだ。
「間違いなく、魔術庁では貴方についてもっともっと話を聞きたいと思うでしょう。だから、その為にも今はこのスールの街から出ないでほしいのです」
彼女は小さく返事をした。どちらにせよ、館を出てどこかの街宿へ滞在するしかない。食堂の仕事とアレンがくれる給金でしばらくはなんとかなるだろう。でも、クラウゼント家を去ることを考えただけで、身がちぎれるような気になる。
調査官のほうは、満足げに書類を閉じると帰り支度をはじめた。
「あの、これから、よろしくお願いいたします」
「またお会いできるのを楽しみにしていますね」
そう言って彼は部屋から出ていく。扉の前ではユリウスとカイリが心配そうに腕を組んで待っていた。
「大丈夫だった?ティアナちゃん、変なことされなかった?」
「え、ええ。お話を聞いて頂きました」
ティアナはかすかに微笑んだ。
「わたしの力のことを、魔術庁の方たちが調べたいそうなのです。ですから、連絡を待つようにと」
「……そうだろうね。だと思ってたよ。でもねティアナちゃん、魔術庁は」
彼女は精いっぱいの笑顔を作る。
「よかったです。このままクラウゼント家にお世話になるわけにはいかなかったので、これで、魔術庁に行けることになれば、もしかしたら故郷の手がかりがわかるかもしれません」
「ティアナちゃん……」
「あっ。もちろん、兵舎でのお仕事はできるだけ続けます!大丈夫です。お館を出ても通いますからね」
ユリウスとカイリは、無理に笑うティアナになにも言えず見つめるしかなかった。
そして、その夜ティアナはようやく遠征帰りのジークと共に食事をすることができた。