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第十九話 ティアナの力とペンダント1

 

 癒しの力を持つティアナは、分厚い闇を押し戻そうとしていた。ルルの母親はあと一時間もしないうちに息絶える。それは、限りなく死に近い状態。ジークの時よりもさらに深い闇が傷ついた精獣を覆っていた。


 彼女はその傍らに寄り添い、小さな光の粒を少しずつ母獣の細胞へと送り込む。淡い粒子はティアナの内から溢れ、きらきらと楽しげにその手から精獣の傷口へ流れてゆく。少しずつ、すこしずつ。

 果てしのない作業を、彼女はその細い身体で諦めることなく続けていた。


 黎明の池のほとりで、濡れることも厭わずティアナが膝をつき母獣の傷口に手を添え光を送り込んでいるのをジークは傍でただ、見守っていた。

 穏やかだが凛々しくもある「癒しの魔女」の姿に、彼は懐かしい感覚を思い出していた。こうやって、自分もティアナに癒してもらったのだ。そして、あのとき、彼女の記憶を旅した。


 もしかしたら、また、あの続きを見られるかもしれない。ジークはそっと、彼女のペンダントへ手を伸ばした。どくどくと脈打ち輝くその黒曜石へ。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎



 ーーティアナ、ごめんね。わたしのかわいいティアナ。守ってあげられなくて、ごめんなさいーー


 どこかで悲しげな声がした。ジークは声の主を探して左右を見渡すが、誰もいない。気づくと彼は真っ白な空間にいた。


 向こうにティアナの後ろ姿が見えて、ジークは彼女に走り寄った。ふわふわと浮いている彼女は一瞬驚いたようだったが、悲しげに前を指さした。


「あれ、わたしみたいです」


 ティアナの示す方へ顔を向けると、周りの白い空間がぼやけ、見覚えのある景色が広がった。あの、なだらかな緑の丘陵地帯、前にも見た辺境の村だ。


 石造りの建物がある。粗末な木の扉の前に麻糸で編まれた籠が置かれていた。なかで、白いおくるみに包まれた赤ん坊が元気な泣き声をあげていた。小さな小さな手にぎゅっと握りしめたペンダントが光っている。ここからでも、それがティアナの黒曜石だとわかった。


「あの赤ん坊が……?」


 彼女はこくりとうなずいた。

 ほどなく建物の扉が開き、驚いた顔の老人と利発そうな少年が顔を覗かせる。二人は慌てておくるみを抱き上げ、建物の中へと消えていった。


「確かにあの瞳も、髪の色も、ティアナ、お前そのものだ」


 次に現れたのは部屋の中にいるたくさんの子どもたちだ。授業を受けているらしく、粗末な室内でも皆の顔は活気に満ちていた。そのなかには、少女になったティアナもいる。教壇に立っているのは黒縁の眼鏡をかけた青年で、利発そうな顔は先ほどの少年の面影を残している。


「あれはブラッド先生です。わたしたちの先生。たくさんのことを教えてもらいました」


 彼女はこの時のことを思い出したらしく、懐かしそうに顔を綻ばせる。ジークは周辺の様子を仔細に観察した。どこか、土地を特定できる手がかりはないだろうか。


 だが、この世界中にこんなのどかで平和で、忘れられたような村はそれこそ星の数ほどあるだろう。そこでティアナはきっと、つつましくも穏やかに暮らしていたのだ。ジークは小さくため息をついた。


「ジーク様?どうしましたか?難しいお顔をされています」

「あ、ああ。こんな不思議な体験は滅多にないからな。かなり戸惑っている。ここは、お前の記憶のなかで間違いないのか?実は、前も来たことがあるんだが」


 彼女は驚いた顔をした。


「前も?ですか?わたしはこんなこと初めてです。ここは多分、ペンダントの中だと思います。入っていく感覚がありましたから」


 彼女はまだぼんやりした様子だ。


「……わたしの記憶、こんなところにあったのですね」



 ぜんぜん見つからないと思ったら、こんなところに隠れていたみたいです。彼女が屈託なく笑ってそういうので、彼も笑みを返した。


「そうだな。見つかってよかった」

「この先の記憶も見られるといいのですが。いまはルルのお母さんを治しているので、同時に二つのことをするのがとても大変なんです。でも、何かを治す力を使っている時でなければ記憶の旅ができません。なんだかとても、厄介です」


 彼女はふてくされたように眉をひそめた。同じティアナでも、いま目の前の彼女はふわふわとしていてあまり掴みどころがない。現実の世界では真剣に母獣を治しているであろうティアナと、ここで記憶を戻そうとしているティアナ。


 ジークはふいに、どうしようもない愛しさを覚えた。


 こんな不思議な空間にいるせいなのかもしれない。だが、魔獣を殲滅することしかないジークの黒く硬い胸の内に、ティアナというぽっとあたたかな光が灯ったのを彼は確かに感じたのだ。


「もうすこし先まで、見られるだろうか?」


 ティアナの横顔にそっと尋ねる。


「たぶん。ジーク様が一緒なら」


 彼女はまたふわりと微笑んで、ジークの手を取った。


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