第三話 目覚め3
ごとごとと砂利を飛ばして進む車輪の音を聞きながら、ティアナは膝に置いた拳をまた、固く握りなおした。何度めになるのか、小窓から外を眺める。流れてゆく街並みに見覚えはない。だがそれでも、記憶のかけらがどこかに落ちていないかと目を凝らしてみる。
「何度同じ仕草を繰り返すんだ」
向かいから不機嫌な声が飛んできた。長い脚を組み替えながら、ジークは肘をついてこちらを見ている。ティアナは「ご、ごめん、なさい…」と口籠って俯いた。
それを聞くと深いため息をついてジークも窓の外へと視線を向けた。
あの時。
ー「お前、なにをした?」
低く、絞り出すような言葉にティアナは心臓を掴まれた。わた、し?
腕が痛いはずなのに、自分はなにか恐ろしいことをしてしまったのだという恐怖心が感覚を麻痺させていく。
「ご、ごめんなさ」
「謝ってもらいたいんじゃない。何をしたのか聞いている」
「お、ぼえて、ない…です」
「あの場でなにがあったかも?」
「す、すみません……。思い出せなくて」
ようやくそれだけを口にすると、彼女は胸元に手をあてぎゅっと目を閉じた。思い出そうと必死にもがくその
様子を、ジークは冷静に観察していた。
数十人の部下を纏めるものとして、ジーク・クラウゼントは人を見る目はそれなりに持っているつもりだった。
この驚きかたと怯えよう…。演技ではなさそうだ。アレンの報告通り、事故の記憶がないのは本当らしい。カマをかけたつもりだったが、この娘はただの純朴な田舎娘と見て間違いなさそうだった。運良くなにかが遮って生き残れたのか。それにしても、傷の治りが早すぎる。見つけたときは死と隣り合わせだったはずだ。
彼は掴んでいた手首を離した。ティアナは荒い息で胸を激しく上下させている。と、唇を歪ませ嗚咽を漏らし始めた。
「……も、もうしわけ、ありません!助けて頂いたのに、こんな、もしかしたら、わたし、とんでもないことをしたのかも…っ、」
「お前は屋敷を丸ごと吹っ飛ばすような人間なのか?」
「ちがっ!違います!そんなことしません!」
弾かれたように彼女は顔を上げ、きっとジークを睨み返した。毛を逆立てたようなその様子に彼は内心少々驚くが、彼女は慌てて頭を下げてきた。
「あ…!ご、ごめんなさい、あの、良くしていただいたのに…、それに、ジーク様はお父さまを」
ジークはその先を遮るように大きく息を吸って窓へと近寄り、空を見上げた。夕闇は既に濃い青へと変わっている。
「父とはこの十年以上、疎遠だった。次に会うのは葬儀のつもりだったし、当然、この屋敷にも帰ってくる予定はなかった」
しばらく外を無言で眺めた後、彼は振り返った。
「だが俺はまだいい。あの地獄絵図の中でも、父の身体は綺麗なままだったからな。葬儀もすぐに済ませることができた。可哀想なのは他の者だ。身元も全くわからないものばかりだ」
沈痛な面持ちでこめかみに手をあてるジークに、ティアナは胸が痛くなった。自分が寝ていたあいだに、この方はお父さまの葬儀まで済ませていたというのか。疎遠だったからといって辛くないわけがない。たくさんの人が亡くなったというその場所。自分が歯痒くてたまらない。申し訳ない気持ちばかりが膨らんでくる。もしわたしが、わたしが、何かしてたらどうしよう…。どうして何も覚えてないのだろう?でも…。
「あの、ジーク様。お願いが……」
窓辺で眉を上げこちらを見るジークに、ティアナは胸のペンダントを強く握りしめながら思い切って近づいていった。
「わたしを、その場所へ、火事のあったお屋敷へ連れていってはいただけませんか?なにか…、なにか思い出せるかもしれません。いえ!きっと、思い出しますから!お願いします!」