第十四話 兵舎での対立
カイリは表情を変えずにオズワルドを見下ろす。
「彼女は客人だ。不躾な態度はやめていただきたい」
「私は仕事をしているだけだ。ケモノが入り込んだという話を聞いてね」
高慢な態度を隠そうともせず、男はカイリを見上げながら言い放った。頭ひとつ分も違う彼を押しのけるようにしてティアナの手元を覗き込む。もぞもぞ動くルルを目ざとく見つけた彼はひゅ、と息を呑んだ。
「なんだそれは!こどもにツノが!ツノがついてる!肌も、異様に白い…」
カイリは驚きの声を上げるオズワルドの腕をさりげなく掴んでひきはがす。
「それは精獣だ。街でジークが保護した」
「せ、精獣!これが精獣?入り込んだケモノとはこれのことなのかね。なんと!こんな街にやってくるものかね?」
「捕まっていたところを逃げてきたらしい」
オズワルドはルルとカイリを交互に忙しく見ていたが、次はティアナへ無遠慮な視線を向けた。
「騎士団長は貴方と一緒にいたってことかね」
上から下まで眺め回しながらオズワルドは尋ねる。彼女はおずおずと頭を下げた。
「ティ、ティアナと言います。お仕事中にお邪魔してしまい、申し訳ありません」
鷹揚に手を振りながらオズワルドはルルへまた近づく。
「これが、精獣ねえ。幸運をもたらすと崇められたりするらしいが、ちょっと気味悪いですね。こんな白い肌」
そのとき、ルルはぱちりと目を開けた。オズワルドを見たかと思うと、つんとしてそっぽを向いてしまう。そしてティアナの胸に顔を埋めてしまった。
「っ!」
オズワルドは舌打ちして、強引に手を伸ばし彼女からルルを奪おうとした。カイリが制するより早く、ティアナのしっかりとした声が響く。
「あ、あの!この子、すこし、怖がっているみたいです。もうすこし、優しく触れて頂けませんか?」
「そんなもの、獣のくせに何もわかってないだろう?まるで人間のなり損ないのこどもじゃないか」
「こどもなので、余計に驚いたり怖がったりします。それに、なり損ないなんかではありません」
きっと顔を上げたティアナを、オズワルドは呆気にとられたように見て、表情を歪める。
「ほう?勝手に神聖なわたしの兵舎に立ち入った上に、その言い草。私を馬鹿にしているのかね?」
「そ、そんなつもりは全くありません。ただ」
彼女に詰め寄るオズワルドに、カイリが低く鋭い声を発した。
「オズワルドさん。いい加減にしないか。誰も貴方の立場を脅かそうとなどしていない。俺たちはやるべきことを遂行しているに過ぎない。我々はこの子を親の元へ返したいだけだ」
「ぴいい!」
急に、悲鳴のような声があがった。
ルルは僅かに翼をばたつかせ、ティアナから飛び立つ。そしてオズワルドの腕にしがみつくと、思いっきり噛み付いた。
「いたっ!」
「ルル!」
驚いた彼からぱたぱたと離れ、再びティアナの腕の中に飛び込む。ふん、と鼻息も荒くルルはオズワルドを睨みつけていた。
「ルル、そんなことしちゃダメ!」
ティアナはぴしゃりとルルを叱った。まるで、故郷でやっていたように。精獣の大きな金瞳からぽろぽろと涙が溢れだす。きらきら光る粒は澄み切った小さな水晶のようだ。
「相手を傷つけたらだめなの。ルルが乱暴者になっちゃうよ?」
だんだんと大きくなる泣き声に部屋のガラス戸が揺れはじめた。
「クソ!この!気味の悪い獣め!何が精獣だ!」
再び手を伸ばしたオズワルドの腕を、がしりと掴んだのはジークだった。
「そこまでだ。手がつけられなくなる前にやめていただこう」
「ジーク様!」
ルルはとたんに顔を輝かせる。
「ジーク!ティアナ!」
鳴き声を引っ込めて小さな生きものはティアナの腕のなかに気持ちよさそうに収まった。ジークは面白がるように二人を見る。
「お前とカイリがいじめられてると思って、守ろうとしたんだろ。そんなに怒るな、ティアナ」
「いじめる?虐めるだって?噛まれたんだぞこっちは!」
ジークを睨みつけながらオズワルドは自分の指を不安げに見つめた。彼はそれに構うことなく、
「それくらい大したことはありません。甘噛みでしょう。本気の精獣はもっともっと、恐ろしいですよ」
さらっと言ってのけた。実際のところ彼は精獣の本気など見たことはないが、この際それは関係なかった。
「お騒がせしてしまったようだが、明日にはこいつを戻しに行ってきます」
「そ、それは上々…。でも、まさか騎士団員を連れていくつもりじゃないでしょうね?」
「ルードの湖に数人連れて行きますが」
「魔獣退治の遠征ではないのだから団員は連れていけませんよ?」
ジークとカイリ、ユリウスは顔を見合わせた。全くこいつはなんなんだ、と互いにその目が語っている。ユリウスは大きく息を吐いて、管理人に向き直った。
「精獣だって十分騎士団の案件ですよ、オズワルドさん。安全に配慮しつつ任務遂行するのは当たり前でしょ?」
「それとも、何かそれを拒む規約でもありましたか?」
オズワルドは何がなんでもジークを孤立させたいようで、必死で頭のなかで騎士団の条項をさらっている。馬鹿馬鹿しくなってきたユリウスは、両手を広げて笑みを作った。
「王都にお伺いをたてて、通達を待てばいいんじゃない?それまでオズワルドさんがこの子を預かってくれるらしいよ」
「そ、そこまでは言ってない。ただ…」
オズワルドは口ごもったあげく、勝手になさい、と苛立たしげに出ていってしまった。
「ティアナ、大丈夫か?なかなかの啖呵だったな」
ジークが彼女に歩み寄る。ティアナは顔を真っ赤にして、申し訳有りませんと俯いた。ルルの背中を、ごめんね、ありがとうと撫でる。
「お前も、偉かったな」
ジークも巻き毛頭をぽんぽんと叩いた。ルルは得意げに顔をくしゃりとさせ、真似して彼の腕をぺちぺちとさわる。
「で?食事はとれたか?ティアナ」
「はい!とても美味しいシチューを頂きました!本当に美味しかったです!カイリさん、ありがとうございました」
「でしょう?カイリの料理は本当に最高なんだよ。これがあるから野営も頑張れるんだよね」
「確かにな。カイリ、助かった」
周りに褒めそやされても、カイリはこれくらいいつでも。と穏やかに微笑んでいる。
「お前は?ジーク。なにかつくるか?」
「いや、屋敷へ帰る。ティアナも疲れているだろうから。それとカイリ、三名ほど連れて行く団員を選んでくれ。出発は明日の早朝だ」
「了解した」
「じゃあ今夜は僕が預かろうかな。ルルのこと」
僕はユリウスだよ。おいで。
彼はにこやかに腕を広げた。
カイリという名前、これの前に書いた「いきのこり姫と追放皇子」の皇子と同じ名前になってしまいました。名前を考えるのは楽しいですが、似たような響きになってしまいがちかもです。
ジーク様のお話が終わったら、カイリもユリウスもそれぞれの恋模様を書きたいななんて夢見ています〜。