第十三話 兵舎にて4
「オズワルドさん、あのまますっ飛んで行ったよ。兵舎中探し回るんじゃない?」
「あの子たちにはカイリがついてる。心配ないだろう。嫌味は言われそうだがな。こっちもさっさと探すか」
大きな地図を広げて、ジークはスールの街を指さした。
「あの精獣を国境付近の湖で見つけたと言われて、取引したそうだ」
「見つけたって。あんな小さな精獣が一人でうろつくわけないのに。母獣はきっと怒り狂ってるよ」
ユリウスは身震いした。精獣は人間を襲ったりはしないが、大地の力が溢れて生まれたと言われている生きものだ。そんな神聖な存在をよく商売に使えるねと彼は嫌悪感をあらわにした。
「ここ数年の精獣の目撃記録で、ある程度場所を絞り込めるといいんだけど」
「あの男がその取引相手に嘘をつかれていなければだが。とにかく見当つけてみるしかないな」
ユリウスは書庫の棚から目ぼしい書類を探して歩き回る。しばらくして目当てのものを数冊取り出すと、作業台の上にどさりとおいた。埃っぽい部屋で両手をついて地図を真剣に眺めている友人に、少しためらってから声をかけた。
「ね、ジーク。先日頼まれたこと、調べてみたんだけど…」
彼は顔を上げてユリウスを見る。
「ああ。忙しいのに、悪かったな」
「いや、まぁ僕も知り合いに情報集めを頼んだだけだから。それでね、あの館なんだけど」
火事のあった館はもとは娼館で、辺鄙な場所にあるせいか大っぴらにはできないような隠れた暗い趣味を持った人々の要望に答えることも多かったという。それがのちに客をとるだけでなく、違法な取引の場にもなっていった。
「つまり、奴隷売買か」
「そう。それに、人間だけじゃない。金さえ積めばなんでも調達してくれると言われてたらしいよ。定期的に商品を『お披露目』するえげつない催しもあった」
「ティアナは、その商品として捕まってたんだな」
「魔力を持つ人間は国外から連れてくるのが主で、それはそれは高値がつくって」
ジークは目を細めた。予想はしていたが実際に情報として聞くと、腹の底でむかむかとした怒りが渦巻きはじめた。あの日、彼女が足につけられていた枷と腫れ上がった手首を思い出すだけで黒い怒りが湧き上がる。そして、父は。
「関わりのある人間はほとんど姿を消しているし、あそこで死んだ者もいるからね。ただ、この数年にお父上が何かを『買った』という情報はないよ」
ユリウスはジークを安心させるようにそう告げた。
では、やはりいっときの慰みを求めて娼館を利用していたのだろうか。妻と赤ん坊を無残に失い、悲しみにくれる背中からは想像もできない。だが、同じ家にいても、父はほとんど姿を見せなかったし、おそらく別宅でもあったのだろう。私室で書物に埋もれていた姿しか思い浮かばない。仕事に没頭して、母に似ている俺を忌み嫌っていた父。
「ありがとう。助かった」
「すまない。あまり力になれず」
「いや、そんなことはない。父がその奴隷取引の仲介でもしていたんじゃないかと思ったくらいだ」
彼は苦笑いして書類を弄びながらそう言った。
「そんな、君の父上に限ってそんなこと!」
「俺はそんなことさえ疑ってしまうほど、父に対しての愛がどこかへいってしまってるんだ。息子としては最低だな」
ユリウスは言葉を継ぐことができない。ジークの横顔を見つめることしかできなかった。
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「おやおやおやおや!こんなむさ苦しいところに!!女性が!!?赤子まで連れて!!」
ねっとりとした声の響きに、ティアナはびくんと肩を揺らした。もぞもぞとルルが身動ぎをする。ずかずかと食堂へ入り込んできた人物は、ティアナを見て目を丸くした。
「なんともまぁ、不思議な目の色をされてますね。貴方がケモノ…ではなさそうだ。それでは噂の生き物はどこですか?私は何も知らされてないものでね」
まるで商品の品定めでもするように、オズワルドはぐいぐいと彼女に近づいていく。その前にすかさずカイリが、その長身で立ち塞がった。