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第十二話 兵舎にて3


「美味しい!美味しいです。スパイスが効いていて、お魚の臭みも全然ないです!たくさん食べられますね」


こどもを起こさないよう、小さな声で料理を褒める。小さな鼻をたまにピクピクとさせて寝息を立てる様子は、ティアナの記憶を優しく起こしてゆく。


自分は確かに、たくさんの子どもたちと触れ合いながら生きていた。あの孤児院はどこにあるのだろう。もうすこし、手がかりとなるようなことを思い出せればいいのだけど。


ほくほくとした野菜と魚たっぷりのシチューは、今朝から目まぐるしい体験をしてきたティアナの胃を温かく満たしてゆく。ゆっくりと最後まで味わって、名残惜しげにスプーンを置いた彼女に、カイリは低い声で話しかけた。



「もっと残っていればよかったんだが。すまないな。多めに作ってもすぐなくなる」

「と、とんでもないです。ありがとうございます。ごちそうさまでした。ほんとうに美味しかったです!」

「腹が満たされたのならば何よりだ」

「……あの、もしかして、これはカイリ様がつくられたのですか?」

「様なんてつけなくていい。むずむずする」


真紅と茶の混じった髪に焦げ茶の瞳。長身で逞しい体躯の青年は、ティアナから見ても遠い異国を思わせる風貌だった。家令のアレンの言う通り、魔獣と戦う騎士団はさまざまな階級、人種の者で構成されているようだった。


「ええと、では、カイリ、さん?」


無表情な口元を少し緩めて頷くとカイリは、


「遠征中の食事の指揮をとっている。この宿舎が人手不足だというので時おり俺が作っているんだ」

「そうなんですね!とても、お上手です」


彼女は瞳を輝かせた。ジークは以前、兵舎の食事が味気ないとこぼしていたが、その後カイリが作るようになったのだろう。ジークが討伐で屋敷を留守にするとき、きちんとした食事をとっているのかと心配だったティアナは安心した。これだけ美味しいご飯を作る方がいたら、皆さんも力を存分に発揮できるに違いない。なにせ、あんな恐ろしい怪物のような獣を相手にするのだ。


「あの、カイリさん。お尋ねしたいことが…」


カイリはちらりとティアナを見る。彼女は思い切って聞いてみた。


「ジーク様のことなんですが。……魔獣とその、戦うときは、ジーク様はとても、お強いですよね?」

「ああ」

「あの炎の剣もすごく、物凄く真っ赤に燃え上がっていて…。わたしは、他の方のを見たわけではないですけれど、なんだか、ジーク様はとても、怒ってらっしゃるように見えました」

「そうか」

「悲しそうにも見えたんです。自分を顧みない激しい戦い方をされていて、すごく怒ってて、とても悲しそうで。なんだか」


とても、お気の毒に思えてしまったんです。


彼女は幼獣のくるりとした銀髪を梳いてやりながら、最後は口を噤んでしまった。わたしったらなんで、こんなことを会ったばかりの人に。


「す、すみません。魔獣のことも、ジーク様のこともよく知らないくせに偉そうなことを言ってしまいました。忘れてください」


申し訳ありませんと肩を縮こまらせ、彼女は自分の胸元で光るペンダントに目を落とした。


「この国の騎士団は、魔獣討伐に限っては誰でも訓練施設へ入れる。金儲けのための奴、腕試しがしたい人間。魔獣を心底憎んでいる者。名誉が欲しい者でも誰でも」

「は、い」

「そしてみな、それぞれの目的や理由があって剣を振るっている」


それだけ言うと彼は静かにティアナを見た。


ジーク様も、理由があるのだろうか。無謀なまでな勢いで突っ込んでいくだけの激しい理由が。


火事跡での凄まじい殺気の炎を思い出して、ティアナは少し怖くなった。ある考えが頭を過ぎる。


ーいつか、彼はわたしでは治せない怪我を負うのではないだろうかー


「え?」


ティアナは思わず口に出してしまった。

なに?なんのこと?


なにか大事な欠片が頭のなかをすり抜けていくのを、彼女は慌てて掴もうとする。やはり、あの館がちらつく。そして、血塗れのジークの姿。彼女は身震いをした。これは自分の記憶なのか?


難しい顔をしているのをカイリに見られてしまい、頬を赤くして俯いた。今の、なんだろう?絶対大事なことなのに。


やがて頭を振って、思い出すのを諦めた彼女は躊躇いがちにカイリに顔を向ける。


「カイリさん…。カイリさんもお持ちなのですか?目的を」

「ああ。突っ走りがちな仲間を守るためと、探しもののために」


彼はそこで初めて穏やかに微笑んだ。


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