第五話 二人で街へ5
何か荷物にでも引っかかっただけだろうと、構わずティアナへ向き直った。彼女は沈んだ表情で俯きながらついてきている。
「ティア、」
今度は間違いなく、ぐいぐいと裾を強く引っ張られる。彼は眉をひそめて振り返り、腰のあたりに目をやる。ふっくらと小さな手がサーコートの端を掴んでいた。
「かあさま」
「は?」
「かあさま、かあさま!」
ジークは咄嗟に後ずさった。なんだ?
小さな手の持ち主はぎゅっと外套を握って、彼を見上げている。すっぽりと被ったフードからくるくるとした銀の巻き毛がちらりとのぞいていた。白い肌に濃い金の瞳、背丈はジークの半分もない。この間赤ん坊を卒業したばかりのような小さな男の子が、騎士団長をきっと睨みあげていた。泣いていたのか、目尻が真っ赤になっている。
「お、れは、かあさま、ではない……。迷子か?」
「かあさま?」
「ジーク様?」
とうとうその子はジークの腿のあたりにしがみついてしまう。ティアナは俯いていた顔をあげ、目を丸くしてジークと幼子を見ている。
「かあさま、かあさま……かあさまどこ?」
だんだんと小さくなる声に、ジークとティアナは顔を見合わせた。ジークがそっと抱き上げてやると瞳に涙を浮かべて、「オウチ」とその子はやけにしっかり発音した。ビロードを思わせる肌の質感は人間離れしており、金の瞳は森にいる動物を思わせる。ジークはその子を覗き込んで、
「お前……。どこから来た?なんでこんな所に」
そう語りかける。子どもは、かあさま、と繰り返した。
「おいおいおい、困りますよ。大事な甥っ子をどこに連れて行くつもりですかい?」
人通りの多い道で甲高く鋭い声が響く。馬車道を横切って、数人の男が人ごみの中をこちらにやってくるのが見えた。ジークはぴくりと眉を上げ、待ち構えるようにその場に立つ。
見るからに喧嘩っ早そうな顔つきの男たちがあっという間に彼らを囲む。片手で子供を担ぐように抱き、もう片方でティアナの肩を抱き寄せたジークは、
「俺の後ろでじっとしてるんだ」
そうティアナに囁いて彼女の前に立った。ティアナは驚いた表情のまま素直に頷く。
「甥っ子?この子はお前たちの身内か?」
どこか神々しささえ漂うその子は男たちを見ると怯えきってジークの肩にぴたりと顔をつけてしまった。
「似てねえのは百も承知だけどよ、たしかに俺の甥っ子だよ。返してもらおうか。こっちは急いでんだ」
「怯えているようだが」
「そうかもな。悪さしたんで叱りつけてたら逃げ出しやがったんだよ。怖がって当然だな」
顎をつきだして吐き捨てるように言う男は、瞳に険悪な色を浮かべている。
ジークはやれやれと言ったぐあいに小さくため息をついた。
「早くしてもらえねえかな。急いでるって言ってんだろ!」
兄貴分らしきその男の苛立った口調に、周りを囲んでいた一人がずいっと前に出る。腕を伸ばしてフードを掴んだその拍子にこどもの背中を覆っていた生地がばさりとめくれた。
「あっ、おまえ!なにやってんだ馬鹿!」
男の声が鋭く飛ぶのと同時に後ろでティアナが息を呑む。顕になった小さな背中には、衣服を突き破って翼が生えていたのだ。小さな手のひらと同じくらいの、真っ白に輝く翼がふるえている。
「ジークさま!ジーク様!翼が…!その子、羽がついています!」




