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第四話 二人で街へ4


 「それでは、一週間ほどで全て出来上がりますのでこちらからお届けに参ります。ティアナ様、クラウゼント様。もうしばらく、お待ち下さいませ」


採寸とドレスの見立てを思う存分終えた仕立て職人が満足げにティアナを部屋から送り出したのは、ゆうに一時間は超えたころだった。当のティアナは目を白黒とさせ、幾分やつれたかのようにさえ見える。


「大丈夫か?何かされたか?」

「いえ……。たくさん、素敵な生地を見せていただきました。とても、たくさんです…」


階下におり、店員が伝票を書きとめる間も、隣で気の抜けたような表情をしたままのティアナをジークは気遣わしげに見やった。ふと、商品棚が目に入る。


「ここに並んでいるのは?」

「こちらはすべて髪飾りになります。素材も金銀、象牙と各種揃っておりますよ」


丁寧に並べられた美しい細工のひとつひとつにジークは目を走らせた。隣のティアナは、栗色の髪をゆるく結い上げている。


「これ、今彼女につけてもらっても構わないか?」

「はい、もちろん!ティアナ様のお美しい髪にぴったりでございますよ」


花を象った象牙細工の櫛を手に取り、店主に渡す。いそいそとティアナの髪に差し込んで、お似合いです、と微笑む。彼女はされるがまま、手鏡を見せられて目を丸くした。髪に手をやる指がかすかに震えている。「こんな、豪華な…わたしにはとても…」ジークはとっさに問いかけた。


「気に入らないか?」

「と、とんでもない、です。とても、素敵で…でも、そうじゃないんです」

「なら、これを貰おう」


首を横にふりかけた彼女を制すように、店員に合図する。ティアナはしばらくジークを見つめていたが、とうとう我慢できなくなったのか瞳を潤ませると、唇を噛みしめ俯いてしまった。



店の戸口で店員に深々と頭を下げたティアナは、ジークの後を黙ってついて行く。黒を纏ったジークの凛々しい姿に、周りでいくつも囁き声が交わされはじめた。


ーあれはもしや、第五騎士団の団長じゃないか?クラウゼントの御子息のー

ー黒翼の騎士とはよく言ったものだ、見てみろあの勇壮な身のこなし。魔獣の前では悪魔のようになるらしいぞ。なにせ母を無残にー

ー本当に、なんって素敵な方なのー


賞賛も噂話も恐れも、彼には効かない。周りの評価などどうでもいいからだ。もともと魔獣をよりたくさん仕留めることができるから、騎士団へ入団したのだ。栄誉や賞賛は彼の目標ではなかった。


だが今はべつの意味で、彼には周囲の言葉が全く頭に入ってこない。



ティアナが怒っている。



彼女の戸惑いを背中でひしひしと感じていた。こんなことまでしてもらう理由がない。元の生活とかけ離れている。記憶がなく役立たずの自分をなぜ?当初からずっと離れない彼女の疑問が渦を巻いてこちらに伝わってくる。


「この先魔獣とやりあえなくなる程の怪我を治してくれたから、ありあまる恩があるんだ。お前のためになんでもしてやるのが義務だ」


そう伝えてしまえれば一番話が早いのに。癒しの力に感謝していると。


だが、それは本当だろうか。彼自身も、果たして自分が感謝の気持ちだけで動いているのかは疑問なのだ。ティアナの嬉しげな表情、驚いた顔、時には涙ぐむ様子さえ見てみたいと感じてしまう。


とはいえ今日の自分の行動は褒められたものではない。彼女の気持ちを丸ごと無視してしまったのだから。



「ティアナ…」


俯いた彼女の栗色の頭に、象牙の花が寂しげに揺れる。


強引なことをしてすまなかったと謝るべきだ。



困惑しきっている彼女に声をかけようとジークが振り向いたとき、黒のサーコートの裾をちょんちょんと引っ張る感触があった。


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