第三話 二人で街へ3
晴れ上がった空、とまではいかないうす青い空のもと、分厚いガラスの扉が開き店員が馬車から降りてくる二人を迎える。さっと差し伸べられたジークの腕に気恥ずかしそうに細い手を重ねたティアナは一度、街をくるりと見廻してからおずおずと店内へと入っていった。
「ようこそおいでくださいました。クラウゼント様。フォーンハイト様より伺っております。さ、どうぞこちらへ」
髪をひっつめにした女性店員に恭しく促されるまま、二階への階段を上がってゆく。特別大きな部屋へと通されたティアナは息を飲んだ。
靴音を全て吸い込んでしまうような厚い絨毯が敷き詰められた室内。左右の壁一面に仕立て前の生地が並べられている。カット台にも様々な反物が重なっていた。同じ赤でも朱やピンク、深い葡萄色まで色味に分けられ、素材も絹から毛織物までが見事に揃えられ出番を待っている。
世界の色を全て集めたような美しい空間に、ティアナはめまいがしそうになった。
「綺麗…!こんなにたくさんの色が溢れてて、夢のなかみたいです!」
ほうっと息を吐いて胸の前で両手を握りしめる。その煌めいた瞳のまま、隣のジークを見上げた。その瞳になぜか動揺しつつ、改めて彼は室内を見回す。なんとなく、見覚えのある場所だと思った。
「いらっしゃいませ。私どもの店に足をお運び頂きありがとうございます」
奥から上品な髭を生やした男性が現れた。深く頭を下げ、二人に挨拶する。ティアナを見て、
「今日はこちらの方のドレスのお仕立てでよろしいでしょうか?」
穏やかににこやかに、お客さまはどんな色がお好みですか?と聞きつつ、すでに巻尺に手を伸ばしている。早くも採寸を始めたくてうずうずしているようだ。
「よろしく頼む」
ジークは女性店員に、もし彼女の具合が悪くなったらすぐ自分を呼ぶようにと伝え、隣室へと向かう。
「ま、待って!ジークさま!わたし、このようなお店、初めてで…あの」
ティアナはしどろもどろで彼を呼び止める。今から自分が何をされるか悟った彼女は、輝いた瞳を一転、不安の色に変えて彼に助けを求めた。
「そうか。好きなものを選ぶといい。何着作っても構わない。靴や帽子も見立ててもらえ」
「いえ、あの!ほんとうに、どうしていいかわからなくて」
「心配ない。店のものに全て任せればいいんだ」
彼女は思わずすがるように一歩踏み出した。
「……一緒にいては、下さらないのですか?」
「……採寸ではたしか、素っ裸になるはずだが」
そこまではしません!という店員の抗議の目線を避けつつ、ジークはこちらに戻ってきた。
「それでも良ければずっとそばにいるが」
黒髪をさらりと額にかけティアナに顔を寄せる。彼女の蒼白な顔にさっと赤みが差した。
「いっ、いいえ!いいえ!大丈夫です!行ってきます!」
もはや何を言っているのか自分でもわからなくなっているティアナに軽く手を振って出てゆく。隣にいるから、何かあったらすぐ呼べと伝えたが聞こえていたかはわからない。ジークはくすりと笑みを漏らした。
そもそもドレスを仕立てること自体への抵抗感があったティアナは、店の雰囲気にのまれ抗議する暇もなかった。結果としていらぬ口論を避けられたことになる。
それに、生地の奔流を前にしたティアナの嬉しそうに輝く表情を見られた。それだけでもユリウスの半ば強引な提案に乗っかった甲斐があったと、ジークは満足げに隣室へと向かった。