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第十一話 二人で食事を2




 食事も終盤に差し掛かる頃、アレンが静かに扉をノックした。部屋に流れる穏やかな空気に顔を綻ばせ、お食事はおすみですか?と聞いてくる。


「食後のお茶をお持ちしましたよ」と食器を片付けカーテンを閉めると、すぐに「ごゆっくり」と言い残して去っていってしまった。ジークは物問いたげにその姿を見たが、なにも言わず家令を見送った。


残された二人は再び沈黙のなかで、熱い紅茶を手にすることになった。彼はカップを手に立ち上がり、アレンが閉めた分厚いビロードのカーテンをすこしめくる。その分だけすこし、夜気が入り込んだような気がした。


「ジ、ジーク様はお酒はあまり、召し上がらないのですか?お食事のときも食前酒だけでしたけれど」


自分からも何か話さなければと思い、結局ティアナはとんちんかんな質問をしてしまった。とはいえ気になってはいたのだ。


窓の向こうで、遠く微かに港の灯がゆらめく。このスールの街は、夜には一層華やぐ。だがすこし高台となっているクラウゼントの屋敷からはその喧騒もただの光のひとつでしかなかった。


「酒はあまり飲まない、判断が鈍る」


再び訪れる静けさに、ティアナは次はなにを話そうかと頭を巡らせた。ちらりとそんな彼女を見たジークは、一呼吸置いて口を開く。


「ティアナ、ここ数日でなにか思い出したことはあるか?」


何気ない様子で尋ねる。彼女は小さく首を振った。


「ご、ごめんなさい…あの」

「いや、いいんだ。それならいい。急かすつもりは全くない」

「はい……。ありがとうございます」



そうは言いつつやるせなさに身が縮こまる。ふと彼女の頭に閃いたものがあった。


「あ、でも!」

「どうした?」

「あの、お食事の前にジーク様が裏口からお見えになりましたよね?あのときちょうど、知ってる光景が見えたんです」


小さな子供たちが、顔はわからないが楽しそうな笑顔で自分の名を呼びながら走ってきた。それを迎える自分も笑っていた気がする。


「多分あれは、わたしのいた孤児院じゃないかと思うんです!みんなの顔ははっきりしなかったけれど、とっても懐かしくって!きっと、知っている子たちなんだと思います」


ジークは静かに耳を傾けている。


「地形とか、場所の手掛かりになるような風景が思い出せればいいんですけど…!村の名前や何かを」

「そうだな。小さな子供たちと過ごしていたのは間違いなさそうだ」


彼女は大きく頷いた。すこしずつ、僅かでも前に進んだような気がしてすっかり嬉しくなる。この新情報に特に驚いた様子のないジークを不思議に思う気も湧いてこなかった。


こうやってちょっとずつ、思い出せたらいいな。


ふと、先ほどの厨房での会話を思い出して、何気なくジークに尋ねる。


「ジーク様、そういえばアレンさんが、ジーク様はお母様にうり二つだとお話ししてくれました」

「そうか。俺は記憶にない」

「髪も、瞳の形もお顔もよく似ていらっしゃったと。とても、お美し」

「記憶にない。母は俺が三つの時に亡くなっている。覚えているわけがないだろう」


尖った言葉で遮られ、彼女はぴくりと肩を揺らした。三つで…。ティアナは早くも自分の言葉を後悔した。父親はもちろんのこと、なぜこの屋敷に彼は一人なのか。もっと、想像力を働かせるべきだった。


「も、申し訳ありません。不躾なことを言ってしまいました…!」


立ち上がり、深く頭を下げる。きっと、聞きたくない言葉だったのだろう。彼女はドレスの裾をぎゅっと掴み唇を噛みしめた。


「…いや、俺も、言っていなかった。お前が謝る必要はない」


そう返されて、ティアナはさらに胸が苦しくなる。彼の表情はどこか遠い闇を彷徨っているように虚ろで、それ以上この話題には触れたくないのが明らかだった。もう、謝ることさえできない。沈黙が重くのしかかる。彼女は足元へ目を落とした。


「……あの、明日もお早いんですよね。夕食、一緒にとって頂いてありがとうございました」

「あ?ああ。いや…」


空になったカップを彼からそっと受け取る。食器をトレイに載せてから、ティアナは改めて礼を言った。


「久しぶりにお話できて、とても嬉しかったです。今夜はゆっくりお休みになってくださいませ」


これ以上邪魔をしてはいけないと、ティアナは急いで扉へと向かった。片方だけを開け、テーブルへと戻る。トレイを手にして最後に頭を下げると、ジークが彼女を呼び止めた。


「待て」


ティアナが顔をあげる。


「は、い。なにか……」

「ここに帰ってきたときは、これからも食事を共にする……のはどうだ?」

「え?」


彼は慌てたように付け足した。


「目録の進捗が聞きたいからな」

「あ!はい…。はい!ジーク様さえよければいつでも!」


ティアナは瞳を輝かせて何度も頷いた。栗色の髪が嬉しそうに揺れる。ジークはやっと、口元を少し緩めた。


「では明日の夜、また」

「はい」


ジークの顔を見上げおやすみなさいと告げようとしたティアナの目に、ふと、彼の喉もとから鎖骨にかけて、数本の引っ掻き傷が目に入った。赤く腫れ上がり、みみず腫れになっている。


引き寄せられるように、ティアナはジークの傷に指をそっと伸ばした。


「けが、してます」


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