第十話 二人で食事を1
熱々のスープが冷めないうちに、はやくはやくと背中を押され食事のワゴンを押してゆく。「二人分」というのはもちろんジーク様と貴方のことですよと笑う家令に見送られティアナは硬い足取りでジークの私室へと向かった。
彼と面と向かい合うのは一週間ぶりで、相変わらず愛想が良いとは言えないこの館の現主人とどのように会話すればいいのか、ティアナは軽く混乱していた。
なんだか、今まではあまり普通じゃない状況で話をしていたから、いざ改まると緊張する。病み上がりとか、魔獣のいるところとか、そんなんじゃないんだもの。それに、とっても久しぶりだし。会えるのはすごく、嬉しいけれど。
俯いて台車の車輪がくるくる回るのを見つめながらゆっくりと進んでいると、廊下の向こうで声がした。
「食事が冷めるぞ?」
えっ、と顔をあげると、扉は既に開けられていて、ジークが腕を組んで立っている。襟付きの黒のチュニックにぴたりとした膝下ズボン、相変わらず黒を纏った青年はすこし前からティアナのことを待っていたようだった。
「あ、す、すみません!今行きます」
食器が喧しい音を立てないぎりぎりの速度で部屋に辿り着くまで、彼は扉を開けたまま待っていてくれた。
「し、失礼します…」
軽く頷くと、ジークは彼女に代わってワゴンを中に入れ、テーブルの上に手際よく皿を並べ出した。前回と同じ仕草に、ティアナは慌てて近くへいく。
「あ、の!座ってお待ちください。準備しますから」
「お前は使用人じゃないんだ。皿くらい自分で運べる。そっちへ座っていろ」
「でも…お疲れでしょう?また、魔獣が出たと聞きました。お怪我はありませんか?」
ティアナは心配げに聞く。先日の激しい戦いが鮮明に蘇って背中に悪寒が走った。この青年はまた、一人で先へ先へとあの燃える魔剣とともに走っていったのだろうか。毎回あんな感じでは怪我の一つや二つではすまない気がする。
ところがジークは決まり悪げに眼を逸らした。彼女の予感通り、また真っ先に突っ込んでいるところを今回ばかりはユリウスとカイリに引き戻されたのだ。先日の話を聞いたカイリ(ジーク以上に無口な男だ)が、ぴくぴくと眉を引きつらせ、「当分前線に出るな」とまで宣言しかけるほどだった。
「いや、別に」
そっけない返事に首を傾げるティアナにカトラリーを無造作に手渡して、血の気の多い騎士団長は早く座れと促した。
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食前酒をひと口含むと、ジークは昼から何も腹に入れていなかったと言ってさっそく鶏肉の香草焼きにとりかかる。彼の優雅な手つきに見惚れてしまいそうになりながら、ティアナもスープを口に運んだ。温かい液体が優しく胃をあたためる。
「美味しいですね」と思わずため息が出た。
「やはり、アレンの作る料理はいいな。兵舎の味気ない食事とは大違いだ」
彼も満足げにグラスを手にする。
「兵舎では、皆さんと同じものを召し上がるんですか?あの、ジーク様は騎士団長なのでしょう?」
「ああ。食堂があるのでそこで済ませている。上級官のなかには特別に頼む者もいるだろうが」
「あのっ、副官の、ユリウス様と一緒だったりとか…?」
「そうだな」
途切れ途切れの会話はそんなに盛り上がったりはしない。しばらく黙々と互いの食事に専念した。温かな食事の豊かな香りだけが部屋に漂っていく。そんななかで、おもむろにジークが顔を上げた。
「ここでの暮らしは慣れてきたか?いきなり一週間も留守にしてしまったが」
「あっ、はい。アレンさんがとても丁寧に教えてくださるし、他の方もみなさん優しくて…」
「依頼した目録づくりはどうだ?順調か?」
「足りないものは?」
「部屋は?快適か?」
はい、ありがとうございますとひとつひとつに答える。どうやらジークは、ティアナがここでの暮らしに不便を感じないよう心を砕いているようだった。
彼はもともと饒舌な方ではない。ユリウスやアレンへの態度でもそれはわかっていた。
それでも思いついた話題を静かに話しかけてくる彼の気遣いに、ティアナははじめの緊張がだんだんと溶けていく気がした。
ジーク様はぶっきらぼうで、すこし強引なところもあるけれど、やはり親切でとても、優しい方なんだ。
思い出したように互いにぽつぽつと言葉を交わす。柔らかな灯りに照らされた室内で時おり、食器のぶつかる音が微かに響いていた。




