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第七話 クラウゼント家にて1


「失礼いたします。ジーク様。夕食をお持ちしました」


扉の向こう側へ大きく声をかける。合図を待ちながら、ティアナは背筋を伸ばし深呼吸した。ジークとは今朝も会っているのに、あの鋭い瞳を思い出すとやはり緊張してしまう。返事がなくもう一度声をかけてみようと口を開けたとき、勢いよく内側から扉が開いた。取手に手をかけ、驚いた顔でティアナを見ている。


「……なにをしている」

「あ、ゆ、夕食をお持ちしました」

「それは見ればわかる。なぜお前がそこにいるんだ?」


そう言ってから、ジークははっとしたように息を吸い、気まずそうに頭をかいた。


「いや、すまない。とっくに休んでいるものとばかり……。とにかく入ってくれ」


彼の部屋は先ほどユリウスと会った応接室より狭くて、調度品もほとんどなかった。小さな書物机と、食事用のテーブル、長椅子くらいしかない。自身の生家なのに客室を急ごしらえしたような私室だ。


殺風景な雰囲気にティアナは違和感を覚えたが、あまり見渡してはいけないと急いで目線を落とした。


一人用のテーブルの横にワゴンをつけ食事の準備をしようとしていると、ジークが声をかけてきた。彼女の手首を見ながら、


「どんどん薄くなっていくな」

「あ、はい。もう大丈夫です」

「顔色もいい。魔獣と遭遇した人間の割には、という意味ではだが」

「わたしは、守って頂いただけなので…、本当にありがとうございました」


彼はティアナの瞳を見つめた。なにかを聞きたそうな、どこか彼女の向こうに問いかけるような、そんな視線にどうしていいのかわからなくなる。


「ジーク様、騎士団の方はあんなに激しい戦いを毎回されているんですか?すごかったです。本当に、強くて」

「あれはすこし異例だった。俺たちは単独で戦うことはあまりない。それに、さすがに今回はユリウスにも心配をかけた」


答えながらジークは腕を組み、テーブルへと目をやる。


「で、これは?なんの真似だ?今日、あんなことがあったあとだ。お前はまだ休んでいるべきだとは思わないか?」

「あの。なにかお手伝いをさせて頂きたくて、アレンさんにお願いしたんです」

「手伝う?なぜ?」

「なぜって……。もうすっかり元気になりました。何から何までお世話になってしまいましたし、それなのになにも思い出せなくて」

「馬車の中でも言っただろう?あの火事ではお前は被害者だった。それ以上気に病むことはない。これからも、好きなだけここで心も体も休めればいい」


彼女は驚いて首をふった。好きなだけって?


「と、とんでもないです!そんなこと」

「どこか行くあてでもあるのか? 」


ジークの鋭い眼にぶつかり、彼女は逆に視線を彷徨わせる。とっさに口からでまかせが出た。


「ええ、ええと、あります。仕事が見つかりそうなので」

「ほう?どこで?」


片眉をあげ、彼が近づいてきた。ワゴンの持ち手をぎゅっと握って彼女は精いっぱい背筋を伸ばした。


「街、街のお店です!あの、お世話になったお礼は必ずいたします。しばらくお時間はいただいてしまいますけれど…」

「却下だ」

「きゃ、っかっ?」


ちょうどいい、明日にでもお前に話そうと思っていた。彼は椅子の肘掛けに軽く尻を置いてティアナを見おろす。


「しばらくこの屋敷に滞在してもらいたい。記憶を戻す必要はないし、衣食住は保証する」


法律書を読み上げるような口調でこれからの自分のことを告げられ、ティアナはジークを穴のあくほど見つめた。


「そ、それでは、そんなの、ただの居候です…。なにもお力になれなかったのに、お世話になるようなことはできません!」


あわあわと必死に抗議するティアナをどこ吹く風といった様子でジークは続ける。


「居候で構わない、と言っているんだ。充分休んで傷を癒し、そのあとは屋敷でゆったりと過ごせばいい。ここはアレンの他は通いの使用人が数人いるだけだ。たいして気を使う必要もないだろう」

「ジークさま、ジーク様、聞いてください」

「ティアナ、お前こそちゃんと聞け」


ティアナの狼狽えように、ジークは昼間怪我した時のことを思い出した。そういえばこの娘はあのとき早く腕を見せろとすごい剣幕で寄ってきたな。思わず微かな笑みが漏れる。おろおろしてばかりと思えば意外と気の強いところもある。いろいろな表情を持っているようだ。


「……わかった。それなら条件をつけよう」

「条件…ですか?」

「この屋敷で働けばいい。仕事を探していたのだろう?」


部屋をぐるりと見渡して、


「ここはそのうち処分するつもりでいる。アレンと一緒に少しずつ片付けを進めてもらいたい。もちろん、賃金は払う。そうだな…臨時のアレンの助手という体でいいだろう」

「じょ、助手っていったいなにを…?え?ここを処分してしまわれるのですか?」

「ああ。ここに思い入れなどないからな」



言いながら彼はワゴンの上の夕食を自分でテーブルに手早く並べだした。


「話は以上だ。早く休め」


背を向けてしまった彼に、ティアナは何か言いかえそうとするが聞きたいことがありすぎて逆に言葉にならない。なんとも言えないもやもやしたものが喉元につっかえている。彼女はジークの背中に向かってせめてもの抵抗を試みた。


「かっ、考える時間をいただけませんか…!」

「考えるまでもないだろう?お互い利害が一致していると思うが」


振り向いた彼はすこし屈んで彼女に目線を合わせた。切れ長の瞳が目の前で気遣わしげに揺れる。


「父のことは、別の経路から調べてみる。……だがもし、そちらで思い出せばすぐに報告してくれ」


帰りの馬車の中での、ジークの優しげな仕草と言葉が急に蘇る。目の前の彼の、懇願するような声の響きに彼女は知らず小さく頷いていた。


では決まりだ。


どこか嬉しげな彼の言葉が部屋に響いた。




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