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第六話 癒しの魔女2


 

 白髪の混じったアレンの後ろ髪を見つめながら、ティアナは深く深呼吸をした。先ほどまで緊張で心臓が飛び出るかと不安だったのだ。彼の後ろからおずおずと声をかける。


「あの、アレンさん。わたし、失礼なこと言ったりやったりしていませんでしたか?」


そう言ってから蹴つまずいたことを思い出す。ジークの腕に掴まれたことと叱責が蘇ってぶわっと耳が赤くなった。


「つ、つまずいたりしてみっともないところを、あの、お二人に…」


ジーク様も呆れていた。恥ずかしい。彼の紫の瞳はなぜわたしを、あんなに落ち着かない気分にさせるのだろう。


アレンから、騎士団の副官がティアナに挨拶したいと言っていると聞いた時には心底驚いた。ジークの友人でもあるその副官が貴族の出であると聞いたからだ。彼女のぼんやりとした記憶では、貴族の男性など別世界の住人だったから。


彼女は、至る所が丁寧に磨き上げられた廊下に視線を走らせる。もちろんこんなお屋敷も、ジーク様のような立派な方も初めてだけれど。


「大丈夫ですよ。ユリウス様もとても気さくな方のようですし、なんと言っても魔獣と対する騎士団の方々はみな気持ちの良い、すっきりとした方ばかりです。何度か任務でこの街に滞在されていますが、不遜な態度や問題を起こされたこともありません」

「そ、そうなのですか?」


なめらかな金の髪に薄い紫の瞳のユリウスは美しい好青年だった。確かに、彼女を見て少し面食らってはいたが、身の上を案じてくれる様子には身分差を感じさせるような態度は微塵もなかった。


家令はにっこり笑って振り返る。


「ええ。確かに、王都におられる近衞騎士団の方々は高貴な血筋の方がほとんどですが、ジーク様の所属する騎士団は貴賎を問わず魔獣と戦える能力があることが入団の最低条件ですので」


ティアナは目を瞬かせた。


「すみません、何も知らなくて…。そうなのですね。ジーク様はおひとりでもものすごく強くて、全く恐れを知らないというか、本当に驚きました」

「私はね、戦っているお姿を実際に見たことはないのですよ。ジーク様の強さも噂を聞くだけでして、家令としてはお恥ずかしい限りです。何しろこの十年というもの、ほとんどお会いすることもなかったものですから」


立派におなりで、と寂しそうに呟いてアレンは珍しく俯いた。


さあ、こちらがお部屋ですよと扉を示す。ティアナはここに来てから、方向感覚が何処かへ行ってしまっていた。広い屋敷内は静かで、全てが大きいのになぜか圧迫感がある。どこを歩いているのかわからなくなってしまうのだ。


「まだすこしお休みになっていた方がいいですよ。ジーク様たちのお話は長くなりそうですし、使用人たちは今日はもう帰しましたから夕食は私が作りましょう。ご希望はありますか?」

「いっ、いえ!これ以上お世話になるわけにはいきません。それに」


ティアナはずっと考えていたことを口にした。


「あ、あの。お願いしたいことが…」

「なんでしょう?」

「この街で、その、働き口を斡旋していただけるような所を、教えていただけませんか?」

「そうですね、いくつか存じ上げておりますよ。ですが、そのお話はまた今度、ジーク様とされた方がよろしいかと」


アレンは穏やかにティアナに答えた。彼女は首を振る。


「いえ。あの!ジーク様はお忙しそうですし、アレンさんにもお世話になってばかりで本当に何もお役に立てなくて、せめて治療にかかったお金とお世話になったお礼をお渡ししたいんです」

「それはそれは。ありがたいことですが、今はまだ無理なさらない方がよろしいかと。貴方は肺まで届く火傷を負ってここへ連れてこられたのですよ。まだ十日ほどしか経っていません。それで放り出したとなってはクラウゼント家が後ろ指をさされてしまいます」


アレンは困ったように眉を下げる。ティアナはう、と詰まりながらなおも言葉を探した。


「でも、それでは、このようなことばかりして頂いては…。なにか、お力になれるようなことを」

 

彼女は胸の前でそわそわと手のひらを合わせる。ここで引き下がってしまっては気が済まない。


「あの、でしたら厨房でお手伝いをしてもいいですか?炊事やお洗濯とか、なんでもやります」

「それは、いや、困りましたね……」


アレンは顎に手をやって考えている。しばらくして、


「では、今夜はジーク様にお食事を運んでいただきましょう。明日からのことは明日、ということでね」


と答えた。ティアナはほっとしたように顔を綻ばせ、ありがとうございますと頭を下げた。


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