第四話 幼馴染み3
ぼそりと呟くジークは無表情に戻っていた。弟と母親の復讐なのは痛いほどわかる。だが。
「……まぁ、今はそのことは置いておこう。とにかくその癒し手の魔女さんだよ」
ユリウスは軽く手を振って話題を戻した。
「君の腕を治す力を持っているとして、よく今まで無事だったね、その娘。よくない連中に目をつけられなかったのかな」
「孤児院で育ったと言っていた。事故前後のこともそうだが、ティアナは自分が力を持っていることも記憶していない」
「え」
「俺の腕を治してから互いに気を失った。目が覚めても自分がやったことは覚えていないんだ。だが、ペンダントが彼女の記憶をすこし見せてくれた」
「ペンダント」
おうむ返しのユリウスに、ジークは黒曜石が見せたティアナの記憶の断片を話してみせた。
ジークは嘘をつくような男ではない。ユリウスもそれは百も承知だが、それはなかなかに想像を超えた話だった。
「つまり、ティアナちゃんはこの国ではまずいないとされてる癒しの力使いで、どこかから拐われてこのスールにたどり着き、あの火事にあったってこと?しかもその記憶は自分では思い出せない」
彼は強く頷く。
「俺の推測だが。確かなのは、彼女が俺のひどい怪我を治してくれたこと。それは事実だ」
そこまで言い切ってから、ジークは唇をひき結んだ。ユリウスの頭の中で、いろいろな情報が好き勝手に踊り出す。
「信じられないか?」
「君のことを疑ったことはないよ、うん。今回のはだいぶアレだけど」
ジークの硬い瞳が緩んだ。彼なりにだいぶ緊張していたようで、小さく息を吐く。
「その、会えるかな?騎士団長を助けてくれた恩人に」
彼のことは信じているが、ジークが誑かされている可能性が万に一つもないこともない。ユリウスは自分の目で確かめてみたかった。
「力を使うとかなり消耗するようだ。屋敷についてからも休ませていたが、アレンに様子を見にいかせよう」
「ご挨拶だけでもさせてくれたらうれしいね」
頷いて家令のアレンを呼び出したジークに、ユリウスはすこし躊躇ってから尋ねた。
「……だいぶ、落ち着いたかい?お父上のこととか、この屋敷のことも」
「屋敷はずっとアレンと使用人が管理していたからな。子供の頃と驚く程変わっていなくて拍子抜けしている。最近ここには父はあまり、帰ってこなかったらしい」
「このまま、継ぐのかい?お父上の事業はかなり幅広いだろう」
ジークの瞳が暗く揺らめいた気がする。
「いや、継ぐ気はない。俺には俺の仕事がある」
彼はすっぱりと言い切って、剣の柄に指を滑らせた。
「幸い、父上もそれは覚悟されていたようだ。事業は数年かけて、円滑に引き継がれていた。むしろ俺が継ぐなどと言い出したらかえって厄介なことになる」
あのひとは、ほぼ引退していたよ。
ガラス窓のむこうに広がる夕焼けを見つめ、ジークは小さく呟いた。なにか言おうとユリウスが口を開けたとき、こんこん、と音が響いた。遠慮がちにあけられた扉からアレンが恭しく頭を下げる。
「ジーク様。ティアナ嬢が参りましたよ」