第一話 騎士団1
ユリウス・フォーンハイトは貴族の三男坊で、父親は若き日の王の学友でもあった。血筋に恵まれ、容姿性格ともに非の打ちどころのない金髪紫眼の好青年は、魔剣の扱いにも優れており早いうちから将来、王国の魔獣討伐の要になると周囲からの期待も厚かった。
だが、ユリウス少年はそのように血生臭くめんどくさいものになるつもりはさらさらなかった。学院に上がる頃にはもう自分の立場を十分に見極めており、三男坊は三男坊らしく放蕩三昧を重ねたうえに、好きな絵か音楽でも嗜みつつどこか田舎に落ち着けばいいなどと考えていたのだ。
広大な大陸に散らばるたくさんの小国のうちの一つ、海と山に囲まれた豊かな国土ではあるが魔獣からも狙われやすいこの国では、王侯貴族の権威は象徴のようなものでありむしろ強い者が支持される。だが彼は毎日を魔獣のむさ苦しい毛とともに過ごすのはごめんだった。
十六のときにジーク・クラウゼントに出会うまでは。
「で?騎士団長殿はなんて言ってきたの?」
スールの街の港近く、瀟洒な造りの兵舎。執務室の重厚な机の上で片肘をつき、書類をパラパラとめくりながらユリウスは聞いた。
「はいっ。あのっ。ぜひとも内密にお話したいので、クラウゼントのお屋敷まで来て欲しいと」
「そっか。わかった。準備してからすぐに行くよ」
「す、すみませんお忙しいのに。坊ちゃ、いえ、ジーク様もすまないと仰ってました」
「ああ。気にしないで。どうせコレはジークの仕事だしね、あの火事騒ぎの後団長が勝手に屋敷に帰っちゃうから、僕たちが処理を押しつけられてるだけ」
気さくに言いながら、書類に羽ペンを走らせ終わると革張りの椅子から立ち上がる。サーコートに腕を通しながら、いよいよ我慢できなくなったのかくすくすと笑いはじめた。白に近い金糸のような前髪がさらさらと揺れる。
「坊ちゃん、だって!我が騎士団長も坊ちゃんだったんだね、ね?カイリ?」
「それはそうだろう。彼だって子どもの頃があったのだから」
「ふふ、でもすごくおかしいね。普段は黒翼の騎士とか呼ばれてるのに」
「そうか?」
執務机の前、部屋の中央に置かれた長椅子にまっすぐ背筋をのばして座る体格の良い青年に、ユリウスはうんうんと重ねてうなずく。彼の瞳はきらきらと楽しそうだ。
「そうだよ。なんだかこの街に来てから彼がずっと不機嫌なのもわかるな」
みんなが小さいジークを覚えているからかもしれないね、そう言いながら、ユリウスは剣を帯に通した。副団長の魔剣の柄で碧石がきらりと瞬く。
「カイリ、じゃあ僕は行ってくる。あとお願いしてもいいかな?」
「もちろん」
同じように立ち上がったもう一人の副団長、カイリ・マルトンを見上げてユリウスはにこりと微笑む。カイリは小さくうなずいて、少し躊躇った後に低い声で言った。
「お父上のこと、気に病んでいるのかもしれない。話を聞いてやってくれ。俺ではその、うまい言葉をかけてやれないから」
「そんなことないよ。カイリ。君がいつもどっしりと構えててくれるから安心できるんだ。君を頼りにしてる。もちろん、ジークもね」
カイリは言葉を探すように、赤茶の髪に手をあてた。
「だが、今回で彼は家族を残らず失ってしまった。いくら疎遠だったからといって悲しくないわけがない。俺たちの前ではやけに冷静だったが」
「……。そうだね。ジークは昔っからあんまり、お父上のことは話してくれたことはないもんね」
あの時も、父親の遺体が見つかったと素っ気なく知らせて来ただけで彼はすぐに屋敷に帰っていった。葬儀も早々に手配してしまったため、ユリウスもカイリも殆どジークと話していない。
ユリウスはため息をついて無言でカイリの肩に手をかけ、執務室を後にした。