第六話 鬼ごっこ
「よし、お前ら集合したな。二時間目の実技は基礎トレーニングだ。まずは……『チェンジ』」
オカモリ先生が呪文を唱えると、着ている服が体操着のような服に変わった。他のみんなも同様である。
「い、いつの間に服が」
「なんかちょっと大きいんだけど……」
シャーリアの体育着はサイズがあっていないようである。何がとは言わないが。
「なかなか動きやすい服装であるな!」
一方でヤヨイはぴったりなようであった。
「きびきびと動けるような服に替えてやった。授業後には元の服装に戻すが、後でお前らの寮にワープさせておくから明日からの実技の時にはそれを持ってくるようにな。それじゃ、まずはグラウンドを十周してこい」
オカモリ先生に指示され、グラウンドを走り始める。先頭を切ったのはヤヨイであった。
「早いね、ヤヨイさん」
「だな」
俺の隣にウィルが並んできた。適度なペースを保ちながら走り続ける。俺とウィルに少し遅れる形でシャーリアが続く。
「はぁ……なかなか疲れるな」
ヤヨイに釣られてペースが上がり、少々バテてしまったが当の本人は全く疲れた様子を見せない。
「ふー、良い汗かいたであるぞ」
「すごいな、ヤヨイさん」
ウィルがヤヨイの様子に感心しつつも、ウィル自身もあまり疲れていないようである。
「はぁ……みんな……すごく速いね」
シャーリアは俺以上にバテているようであった。
「お前ら、こんなんでバテて貰ってちゃ困るぞ。ここからが本番だ。今から鬼ごっこを始める。鬼はお前ら。私は今から三十分間逃げる。私は魔法を使わないが、お前らは魔法を使っても良い。捉えられなかった場合はグランド二十周の罰ゲームだ。捉えるのが無理だと思ったら降参して、早めに罰ゲームを行なっても良いものとする。アギが無くなった後に走るのはそーとー辛いだろうからな。何か質問があるものはいるか?」
すると、ヤヨイがすかさず手を挙げた。
「オカモリ先生、刀を使うことは可能であろうか?」
ヤヨイのやつ、刀を使うつもりなのか。なんと物騒な鬼ごっこだろうか。
「ああ、別に構わんぞ。他に何か質問のある者はいるか?」
可能なのか……他に質問をしようとする人はいないようだ。
「いないみたいだな。それじゃ、早速始めるぞ。カウントがゼロになったら始める。五、四……」
いよいよか。カウントがゼロになったら一気に捉えてやる。四人いれば流石に捕まえることは不可能ではないはずだ。
「三、二、一、零」
「えっ……」「なぬ!?」
ヤヨイとシャーリアが同時に驚きの声をあげる。ウィルのみが無言のまま横に視線を移していた。
そして、ウィルの視線の先にはオカモリ先生がいた。俺たちから十メートルほど離れている。
「相変わらず速いなぁ。オカモリ先生」
は、速いなんてもんじゃない。とてもじゃないが追いつけそうな気がしない。
「し、信じられぬ……今、小生も目で捉えることができなかったであるぞ」
「おいおい、どうしたー? お前ら、来ないのかー?」
オカモリ先生がヒラヒラと手を振る。想像以上に速いがこっちからも仕掛ける必要がある。
「アイスボール」
俺は牽制がてら氷の基本魔法を放つ。
しかし、オカモリ先生はそれを素手で掴み、
「よっと」
アイスボールを投げ返す。氷の塊が頬を掠め、俺の後ろを通り抜けていった。
「化け物か……」
思わずそんな感想が口から溢れる。
「あ? 誰が化け物だって?」
やばい。聞かれていた。すると、俺の隣にいたヤヨイが刀を抜く。
「オカモリ先生……小生も本気でいかせてもらうぞ」
「ああ、思う存分掛かってこい」
『ダッ』という地面を蹴り込む音が耳に入る。たった一歩でオカモリ先との間を一気に詰める。
「せぃあ!」
ヤヨイは勢いよく刀を振り下ろす。
「躊躇ない良い太刀筋だ。だが……」
ヤヨイの振り下ろした刀をオカモリ先生は白刃取りで掴んだ。
「ぐ、ぐぬぬ……」
ヤヨイは必死に歯を食いしばり、力を込めるが刀は全く動く気配はない。
「ヤヨイ。お前は私と剣を交えたいと言っていたな。だが、今のままじゃ私に一太刀も浴びせることはできないぞ」
ヤヨイの体が浮いた。なんと、オカモリ先生は刀ごとヤヨイを持ち上げ、投げ飛ばした。
「いたた……染みたであるぞ」
ヤヨイが上半身を上げ、痛そうに背中をさすった。
「先生、僕とも遊んでくださいよ」
「む……」
いつの間にかウィルはオカモリ先生の背後に回り込み、タッチしようとした。しかし、すんでのところで躱される。
「やるな、ウィル。気配がほとんど感じなかったぞ」
「僕もいろいろと特訓してきましたから」
ウィルはオカモリ先生を捉えるべく、素早い速度での移動を繰り返すが、オカモリ先生は涼しそうな表情で逃げ続ける。
「ねぇ、ムゲン君。私達も手伝おう!」
「む、無理だ。次元が違う。俺達が捕まえに行ってもウィルの邪魔になるだけだろう」
俺とシャーリアの魔法では牽制にすらならない――どころかウィリの邪魔をしてしまうことだってありうる
「むー……」
シャーリアが頬を膨らませ、睨んできた。
「最初から無理だって諦めるのは良くないよ! 例え役に立たなくても私はやるから! ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール……」
シャーリアが連続で放つ魔法に対して、オカモリ先生はまるで踊りでもするかのように華麗に避けた。
「なんて綺麗な避け方なんだ……」
ん? 待てよ。避け方? なぜオカモリ先生はアイスボールを素手で掴んだのに、ファイアボールは避けた?
しばらくの間、考えていると一つの答えに辿り着いた。
「エレキボール!」
雷の基本魔法であるエレキボールを地面スレスレに放つ。これをオカモリ先生はジャンプして避けた。
ウィルが顔をこちらに向け、「ナイス!」と言わんばかりにウィンクを送る。
「シャーリア! オカモリ先生に火の魔法で攻めてくれ! 俺は雷の魔法で攻める!」
「うん! 分かった!」
シャーリアはファイアボールを放つ。一方、俺はエレキボールを放つ。
オカモリ先生は相変わらず見事な動きで避けてはいるが、少し表情が険しくなっているように見えた。
そして、地面の石に足を取られたのか、オカモリ先生がよろけ、体勢を崩す。
「今だ!」
ウィルがオカモリ先生の肩に手を伸ばした。しかし――
「よっと!」
なんと、後ろに二回バク転して回避した。
「……ごめん、ムゲン君。私、もうアギが残ってないや」
「気にするな。俺もだ」
もう俺達に魔法を使うだけのアギは残っていない。
「困ったなぁ。僕もだよ」
やはり、ウィルも魔法を使っていたようだ。おそらく、移動速度を上げる魔法、『アクセル』でも使用していたのだろう。
「なんだ、お前ら。もう降参か?」
「まだであるぞ」
ヤヨイがゆっくりとオカモリ先生に近く。
「ヤヨイはまだやる気なんだな?」
「当然であるぞ。小生、こう見えても負けず嫌いである」
こう見えてというかどう見てもそうにしか見えない。
「そうか……どこからでも掛ってきな。気にせず刀を振れ。手足の一本や二本、治癒魔法でどうとでもなるから気にせず本気で来い」
「御意。では……」
ヤヨイが身体の中心に刀を構える。冷たい風が吹き込み、地面に生えている雑草が揺れる。ピリピリとした緊張感がこのグランドに張り詰める。
「ヤヨイのやつ、『魔撃斬』を使う気か……」
昨日の実技試験でヤヨイが見せた魔法剣術の一つである魔撃斬。
一体、オカモリ先生にどこまで通用するのだろうか。
「はぁ!」
ヤヨイが素早く刀を振り下ろす。
刀とアギによって生み出された視認できるほどの威力の衝撃波がオカモリ先生の身体の身体を切り裂いた――ただし、残像の方の。
「中々の威力と速度だったぞ。ヤヨイ=テンマ」
オカモリ先生は悠々とヤヨイの背後を通り過ぎていった。
「おい、ウィル。今のオカモリ先生の動き、見えたか?」
「何とかね」
マジか……俺なんか今どうやって移動したのか全く分からなかった。
「ヤヨイ=テンマ、まだ続けるか?」
「うむ。小生のアギは確かにもうない。しかし、小生には健全な肉体がある。故に諦められん!」
刀を鞘に収め、ヤヨイがオカモリ先生に触れるべく飛び込んだ。見事という他ない、あっぱれな動き。
しかし、それを嘲笑うかのようにオカモリ先生は避ける。
「ヤヨイさんの動きもすごいけど、あれじゃ捕まえることはできないね。僕はもう降りるよ。シャーリアさんとムゲン君はどうする?」
「わ、私も今回は諦めようかな……」
「俺も」と思わず言いそになった。しかし、ヤヨイを見つめた。彼女はまだ諦めていたない。どうしてだろうか、ヤヨイの任せきりにするのは違うような気がする。
「俺は……ヤヨイを手伝うことにするよ」
祖父が言っていた。魔法が使えない時、頼りになるのは己の頭脳と肉体であると。
俺だって祖父から鍛えられたんだ。
俺はオカモリ先生に向かって走り出し、触れようとする。
「おお、お前もやるのかムゲン=アベイル。いい目だ」
触れそうで触れることができない――まるで雲みたいな人だ。
「ムゲン殿、助太刀感謝いたす!」
「気にするな」
ムゲンと連携してオカモリ先生を捉えようと試みた。
「いて!」「あた!」
勢い余って俺の頭とヤヨイの頭が激突した。
「す、すまぬムゲン殿」
「い、いや……絶対に捕まえるぞ!」
「うむ!」
身体の血が沸騰しているようであった。この少女を見ているとなんだか自分の価値観が覆りそうだ。
「しょうがないから僕も付き合うよ」
「私も!」
ウィルとシャーリアも参戦する。四人で協力し、必死になってオカモリ先生を捕まえようと時間制限ギリギリまで試みたが、結局捕まえることが出来ず、罰ゲームであるグラウンド二十周を走るハメになった。
オカモリ先生言った通り、アギがほとんど無い状態で走るというのは中々辛かった。