第四話 留年生との出会い
部屋から五十メートルほど歩いた先に食堂を見かけた。
先ほど渡された用紙には朝、昼、夜と特定の時間帯に食堂を利用できると書かれていた。
「やぁ、もしかして新入生?」
ふと背後から話しかけられた。振り返ると、俺よりやや背が高く、金髪の男性が微笑を浮かべている。
とても爽やかな好青年といった印象を受けた。
「は、はい……」
「そうか。僕はウィル=モニーク。半年前に君と同じくこの魔法学校に入学したんだけど、留年しちゃってね」
この人がオリモカ先生の言っていたもう一人の生徒か。卒業試験は不合格になったらしいが、中々の魔力を秘めているのが感じられる。
「俺はムゲン=アベイルと言います。オアバ山に住んでいました」
たじろぎながらもウィルに挨拶する。
「アベイル……もしかして、あのナハラ=アベイルのご家族?」
どうやらウィルは祖父のことを知っているようだ。
「そうです。ナハラ=アベイルは俺の祖父です」
「そうなんだ! まさかあのナハラ=アベイルのお孫さんだったなんて感激だよ!」
「感激しているところ悪いですが……俺自身はてんで大したことないですよ」
「またまたご謙遜を。ムゲン君は冒険者になるんでしょ?」
またそれか……俺は冒険者にはなりたくないんだ。
「いや、俺は……」
「ムゲン殿!」
ヤヨイの声が鼓膜に響く。シャーリア共に食堂に入ってくるのが確認できた。
「そこのお方は?」
「さっき知り合ったんだ。ウィルさんって人で俺達と一緒に授業を受けることになるらしい」
「どうもウィル=モニークです。歳は十七。卒業試験に落ちてしまって明日からみんなと授業を受けることになるけどよろしくね」
ウィルが二人に挨拶した。というか、十七歳だったのか。もっと年上だと思っていた。俺と一つしか変わらない。
「そうか。小生の名はヤヨイ=テンマ。東の国ジャポニから参った。歳は十五。よろしく頼む」
「シャーリア=アルフレッドです。生まれも育ちもこの街です。歳は十六歳。よろしくお願いします」
二人もウィルに対して自己紹介をした。そして、ここで二人の年齢が判明した。
「ヤヨイさん、シャーリアさん。これからよろしく頼むね」
「うむ。してムゲン殿。貴殿の歳はいくつであろうか?」
「俺は十六歳だ」
「ふむ、そうであったか。ということは小生が最年少ということか」
さすがは東の国からやってきただけあって上下関係を気にするようだ。
「まぁ、年齢なんて気にしなくてもいいじゃない!」
「そうだね。これから一緒に学ぶ同級生になるんだしもっとラフな感じで接してくれて構わないから」
「ふむ、そうであるか。ムゲン殿はどう思われる?」
「俺も気楽に接して良いと思うぞ。同期なんだしな」
「そうか。では、同じ立場ということで接しさせていただくとするか」
四人集まった俺たちは食堂で食事を楽しむことにした。
「ヤヨイさん。ジャポニってどんなところなの?」
食事中、ウィルはヤヨイにジャポニについて尋ねる。
俺も祖父から断片的にジャポニについて聞いてはいたがどんなところなのかとても気になる。
「ジャポニか……とても良いところぞ。料理も美味しく、人も義理堅し」
「そうなんだ! いいね。観光名所とかある?」
「観光名所はやはりジャポニ塔であるぞ」
「ジャポニ……塔?」
観光名所の名前を聞いたウィルが首を傾げた。
「うむ、ジャポニの首都、トウエドにある大きな塔である。他国からたくさんの人がそれを見にやってくるのであるぞ」
ジャポニ塔……東京タワーみたいなものだろうか。
「へー! 見に行きたいな。あと、ジャポニには侍がいるんでしょ?」
「ああ、おるぞ。父上殿も侍であった」
「ヤヨイさんの父さんもなんだ! どんな人なの?」
「家族の為に精一杯戦う素晴らしき人であった」
「あった? ねぇ、ムゲン。もしかして……」
「シャーリア殿の察するとおりぞ。小生の父上はもうこの世にはおらぬ」
侍は冒険者と同じく危険が伴う職業である。職務中に亡くなってしまっても不思議ではないだろう。
「そっか……ごめんね、無神経なことを聞いて」
「シャーリア殿が気にすることではない。小生は卒業したら父のように立派に戦うつもりである」
ヤヨイは意気揚々と意気込みを語った。
「僕は父さんが警察官でね。父のように魔法を使って悪さをする犯罪者を取り締まる警察官になりたいんだ」
「そうか。とても素晴らしき目標ぞ」
「ありがとう。シャーリアさんは卒業後の進路はもう考えてるの?」
「一応ね。私も冒険者になるつもりよ」
「そうか。ムゲン君もだよね?」
「いや……俺は冒険者になる気はないよ」
しばらくの間、沈黙が続く。なんだか変な空気になってしまった。
「ムゲン殿、それはどうしてであるか?」
「俺は戦いじゃなくて別の分野でこの街に貢献したいと思う」
それは詭弁であった。本当は戦いなどしたくないだけだ。だからこそ、こんな言い訳を使ってしまった。
「そうであったか。それは立派な志であるな」
ヤヨイの言葉になんだか胸が痛くなる。違う、本当は――
「とにかく、これから無事に卒業できるよう、頑張りましょう!」
「うむ。小生も魔法剣術をもっと極めるつもりぞ」
「魔法剣術か。ヤヨイさんはどんな魔法剣術を使うの?」
「小生が得意としているのは『魔撃斬』と呼ばれる、遠くにある対象物を斬ることができる魔法である。先ほど、入学試験の際にも使用した」
的を真っ二つに斬り裂いたあれか。あの魔法剣術、少なくとも中位魔法クラスの威力がありそうだ。
「そうなんだ。僕も見てみたかったな」
「実技の授業で目にすると思うぞ。ウィル殿は一体、どんな魔法を使うのだ?」
「基本魔法は大体使えるけど……得意なのは雷魔法かな」
「そうなんだ。雷魔法ね……私、ウィル君から雷魔法を教えてもらおうかな」
シャーリアは随分と魔法の習得に貪欲なようである。
「いやぁ……そんなに誇れるものでもないよ。これから大変なこともあるだろうけどみんなで頑張っていこう!」
他の三人と雑談をしながら食事を楽しんだ後、寮に戻りシャワーを浴びた。
「明日から授業か。頑張らないとな」
家から持ってきた本を取り出し、ページを捲る。
やはり、魔法に関する本は読んでいて飽きない。
元の世界での俺はオカルトの類が好きであった為、魔法に関する本にのめり込むことようになったのかもしれない。
本を一冊読み終えた後、布団に潜り就寝することにした。
次の日の朝、朝日を浴び気持ちよく目覚めた俺は寝間着から祖父に貰ったローブに着替え、食堂に向かった。
食堂にはまだ誰もきていない。他のみんなはまだ寝ているのだろうか。
「ムゲン殿!」
振り返るとヤヨイとシャーリアの姿が確認できた。しかし、本当によく通る声である。
「貴殿、今日はなかなかイカした格好であるな」
「そ、そうか……ありがとう」
「それ、もしかしておじいさんのローブ?」
「ああ。そうだよ」
入学前、父から譲り受けたローブである。ローブは防御服にもなるらしいが、一体どれくらいの効果があるものか。
「やぁ、みんな。おはよう」
二人に遅れてくる形でウィルが到着した。四人揃った俺たちは一緒に朝食を食べた後、必要な物を持って教室へと移動した。