第十一話 ムラマサ
人気の少ない裏通りへと入る。小綺麗なお店が多い大通りとは異なり、この通りには廃退的な雰囲気のお店が多い。
途中でアンティーク品を取り扱っているお店に目が入った。外から見ても品揃えが良さそうなのが伝わってくる。
「ちょっと入ってみるか……」
店内はカビ臭く、他のお客さんどころか店員らしき人もいない。
「誰もいないのか?」
とりあえず、販売品を見てみることにした。
古そうな壺や皿などが置いてあり、到底魔道具作りに立ちそうもないが、店内をよく見渡すと、本でも見たことの無い鉱物も置いてある。
販売品を眺めているとカウンターの奥から『タタタタ』という足音が聞こえてきた。
「すみませーん! って、あたー!」
「だ、大丈夫ですか?」
俺店内でコケてしまった人に手を差し出すと、その人は俺の手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
長い緑色の髪の眼鏡を掛けた二十歳前後の女性は眼鏡を掛けなおす。
「いてて……ありがとうございます」
女性は起き上がると背中を摩った。抜けてそうな女性の印象を見て、恐らくは店員の
一人なのだろうと予想した。
「店長のモリア=チノハと言います。来店していたのにすみませんでした」
この人が店長なのか。モリアさんという女性は深々と頭を下げてきた。
「いえ……あの、こちらの鉱石って何という名前なんですか?」
近くにある白い石を手に持ち、名前を訊く。
「あー、えっとこちらの鉱石はですね……ランカン石と言いまして、マグマが冷えて固まったものなんですよ!」
モリアさんが早口で鉱石の説明を始める。
「なるほど……これで魔道具を作れたりしますか?」
「ええ、できますよ。このランカン石には微量ですが、魔力が秘められています。これで爆弾を作ることができますよ。上手くいけば上位魔法に匹敵する威力の爆弾を。すごいでしょう?」
「そうなんですか。いいですね、それ。他の鉱石についても教えてもらってもいいですか?」
「勿論です!」
俺はモリアさんから鉱物について、色々と教えてもらった。モリアさんは鉱物に関して、かなりの知識を有していた。
「モリアさん、すごい鉱物にお詳しいですね」
「いえいえ、そんな。大したことありませんよ。お客様は魔道具を作るのお好きなんですか?」
「まぁ、そうですね。最近、自分でも作り始めました」
「そうなんですか。まだ、かなりお若いですよね。学生さんですか?」
「はい。この近くの学校に通っています」
「この近くの学校……もしかしてバキア魔法学校ですか?」
「はい。そうです」
「私、あそこの学校の卒業生なんですよ!」
モリアさんはバキア魔法学校の卒業生であることを告げる。
見た目的にオリモカ先生と同じくらいに見えるが、もしかしたら同期かもしれないな。
「そうなんですか。奇遇ですね。オリモカ先生って知ってますか?」
「オリモカ先生ですか? ええ、知っていますよ。私も先生から教わりました」
「……そ、そうですか」
どうやらオリモカ先生はモリアさんと同期ではなく、モリアさんが生徒の時から教師をしていたらしい。
一体、幾つなんだろうかあの人。
「お客様は卒業したら魔道具を作るようなお仕事に就く予定ですか?」
すると、モリアさんは俺の手を力強く握りしめてきた。
「応援しています! もしも良かったらうちで働きませんか? うちでは魔道具の販売も行なっているんですよ!」
すごいぐいぐい来るなこの人は……だが、悪い話では無いかもしれない。
見た限りあまりお客さんも少なそうだし、忙しくはなさそうである。その分、あまり給料の方は期待できないかもしれないが。
「は! すみません。私ったら……」
「いえ、その……考えておきます」
「本当ですか!? ありがとうございます。あの…もしよかったらお名前を聞いておいてもよろしいですか?」
「はい。ムゲン=アベイルと言います」
「アベイル……もしかして、ナハラ=アベイルさんのお孫さんですか?」
「はい、そうです」
「まさかナハラさんのご家族と会えるだなんて感激です! 私、ナハラさんんに憧れて母魔法学校に入学したんです」
「それじゃ、以前は冒険者を?」
正直なところ、モリアさんにそこまでのアギを秘めているようには思えなかった。おそらく、アギの量は俺よりも少ないだろう。
「いえ……在学中に才能がないと自覚して諦めました。自分に何が出来るだろうって考えた時にこんなお店を開きたいなって思って始めたんです」
なるほど、この人もある意味俺と同じか。
「そうなんですか」
こんな時、気の利いた言葉が思い浮かばず自分が嫌になりそうだ。前の世界からまるで成長していないと嫌が応にも実感させられる。
「さっき、説明した鉱物。ムゲンさんに差し上げます」
「いいんです。この鉱物、買ってくれる人もいないですし」
「それじゃ、お言葉に甘えて……あ、そうだ。このお店に刀って置いてありますか?」
本来であれば武器屋で購入するつもりであったが、ここに置いてあるのなら購入しようと考えた。
「ええ、ありますよ。ちょっと待っててくださいね」
モリアさんは刀を取りに店の奥へと向かった。モリアさんはすぐに戻ってきたが、彼女が手に持っているのはやけに年季の入った刀である。
「これがこのお店に置いてある唯一の刀です。どうぞ、手に取ってみてください」
俺は店長から刀を受け取った。その刀はずっしりとした重量感があり、どことなく禍々しい雰囲気を醸し出している。
「なんていうかその……不思議な感じがする刀ですね」
試しに鞘から刀を抜こうとした。
「あ、気をつけてください!」
「え?」
「この刀はですね、鞘を抜いた人に呪うという言い伝えがあるんですよ」
モリアさんからとんでもない話を聞かされ、思わず刀を床に落としてしまった。落とした衝撃で床から『ドン』という鈍い音がなる。
「な、なんてもの渡したんですか! やばい、触っちゃった……」
幾ら何でも呪いの刀を進めるなんてあんまりだろう。まさにアンビリーバボーである。
「いや、その……聞いて欲しいんです。まず、この刀は『ムラマサ』と言いまして」
「む、ムラマサ!?」
俺でも聞いたことのある単語であった。確か、妖刀の一種だったはずだ。
「もしかして、知ってるんですか?」
「詳しくは知りませんが、確か妖刀ですよね?」
「その通りです。この刀はジャポニで造られた刀で『絶殺の剣』とも呼ばれていました。この刀で斬り殺せないものは無いと言われています。それこそ、不死の生物をも切り殺せると言われています」
「不死の生物ですか?」
創作物でよく見るが、ここが魔法の世界とは言え、不死など実在するのだろうか。
この世界において、俺は魔法や生き物に関する本をいくつも読んでみたが、不死の生物など見つけることは出来なかった
「あくまでも言い伝え……ですけどね。人魚って知ってます?」
人魚って確か、あれだな。最後、泡になって消えてしまうという話だったはずだ。
「魚類と人間のハーフみたいな生き物ですよね?」
「その通りです。人魚はジャポニに棲息すると言われている伝説の生き物です。不死の肉体を宿しており、その肉を喰らった生き物もまた不死の力を身に宿すと言われています」
それは知らなかった。人魚って不死なのか。もっとも、もしかしたら俺のいた世界の人魚の言い伝えと微妙に違うのかもしれないが。
「それじゃ、このムラマサは人魚や人魚の喰らった生き物も殺すことができる刀……という訳なんですね?」
「そうです。まぁ、それもあくまで言い伝えなんですが。鞘を抜いたものは刀の代償として寿命を減らすと言われています」
「寿命を減らす……具体的にはいくら減るんですか?」
「それは私にも分かりません。ある者は一度鞘を抜いだ直後に命を落とし、またある者は幾度となく鞘を抜き続けても長寿を全うしたと言われています。もしかしたら呪いなんてないのかもしれません。どうです? 使ってみますか?」
考えるまでもない。確かに言い伝えに過ぎないのかもしれないが使う気にはなれなかっった。言ってみれば事故物件かも知れない部屋に自ら進んで住むようなものだろう。
「悪いですが……俺には使うことができません。呪いが単なる言い伝えかもしれないといっても、やっぱり使うのは怖いですよ」
「そう……ですよね。すみません。物騒なものを勧めてしまって。ただ、この刀も誰かに使って欲しいんじゃないかと思いまして。私、そういうのがなんとなく分かるんです」
「そ、そうなんですか?」
「その目……信じてませんね?」
店長が不満げに唇を尖らせた。ちょっと可愛いと思ってしまった。
「いいえ! そういう訳じゃ……」
すると、お店の扉が開いた。誰かが入ってきたようである。