これが、楽しいっていう事?
大掃除は数日間に渡り続いた。
二階にあるリビングのごみ掃除はもちろんのこと、内装の壁の張替えや、一階のジャンクラボの整理。また、庭の草むしりから、屋根の立て付けの確認など、家全体の見直しを行った。
普段掃除をしないダリルだが、綺麗に生まれ変わっていく自分の根城に、少なからず達成感を感じていた。
大掃除最終日、作業が終わったお昼時にダヴィットの妻ネイブがバスケットを片手にやって来た。
サンゴにとっては、こんなに汗をかくということは初めての事で、その都度ダリルやダヴィットに汗について質問をした。
「あせはなんででるの」
「汗をかくということは、己の生きてきた証じゃ。人間は汗をかき労働をして、飯を食べ、人生という名の道を歩いていく。その道を振り返ったときに、初めて生きていることを実感するのじゃ」
「けっ、そんな事がきに分かるかよ。くだらね」
ダリルは庭の芝生の上で寝転びながらダヴィットに異を唱え、ネイブが作ってきた昼食を頬張った。
大人の中でも、生きるということに対しての意見はどうも食い違うらしい。
サンゴは不思議に思いながらも、ネイブお手製のサンドイッチを一口かじる。
「んっ! なんか凄い味がする」
しゃきしゃきとしたレタスと新鮮なハムが柔らかいパンに挟まれ、口の中で解けていく。絶句する程美味しいのだ。
「喜んでもらえてよかったわ」
「ずっとたべたい。これがきっと、うまだ……」
口元に食べかすを着けて、手元のサンドイッチを見つめると、サンゴは目を輝かせた。
「ふふふ、サンゴちゃんお口に付いてるわよ。かわいいわ」
ネイブが孫に見せるような、穏やかな表情でほほほと笑いながら、サンゴの口元の食べかすを取った。
「なんだてめー、俺へのあてつけか? もう知らん、もう作んねー」
一方ダリルは、いつもサンゴに食べさせている自分の料理と、ネイブの料理を食べたときの表情が明らかに違うことに拗ねていた。
「なんじゃお前は本当にがきじゃのう。サンゴは素直な子なんじゃ、お前の不味い料理じゃ、そんな顔にならないのも当然じゃろうが」
やれやれといった具合にダヴィットが溜息を吐いた。
「あ? じーさん料理できんのかよ」
「何を言っておる。何度も食わせてきただろうが」
「ほお、じゃあ後で勝負だ」
「望むところじゃ」
ダリルとダヴィットは睨み合うと、ネイブが楽しそうにうふふと笑った。
サンゴはそれを見ると、何だか楽しい気分になった。
昼食を食べた後、ネイブは帰宅し、三人は二階のリビングに上がった。
あれほど散らかっていて、床も見えなかった部屋だったのに、今では見違える程すっきりしている。
余分なものはダリルが涙を流しながらも、極力廃棄したのだ。
リビングには最低限必要な木のテーブル、座る為のクッションが三つほど並べられており、それ以外は何も無かった。
サンゴも信じられない、という表情で部屋一面を走り回った。
「すごい、ダヴィットすごい!」
「これ、走るな、転ぶぞ」
身体を躍らせながら、綺麗に掃除されたリビングを自由に駆け回った。
とても心が軽やかだった。変な匂いもしなくなっていた。
「あーあ、こんなになっちゃって」
ダリルは満足そうに頬を上げると、鼻歌を歌い綺麗になった部屋を歩き回った。
その日の夕時、ダリルとダヴィットの料理対決が始まった。
結果はダヴィットの圧勝で、ダリルが「俺は認めねえ、認めねえからな」とぼやいていたのが印象的だった。
結局、ダヴィットがダリルの料理のレパートリーを増やしつつ、料理の腕を上達させる為、二人で共同して野菜炒めを作ることになった。
ダリルは乗り気ではなかったが、サンゴの顔を見て考え直したのか、ダヴィットと二人でキッチンへと向かった。
出来たばかりの木のテーブルに頬杖をつきながらサンゴはその様子を見ていた。
ダリルとダヴィットが口喧嘩をしながら一緒に作っていることが可笑しくて、少し笑った。
「ダリルとダヴィットはなかわるい?」
「「悪い!」」
二人から返ってきた言葉が、どちらも揃っていて、また面白かった。
「いっしょのこといってる」
くすくすと笑いながら、二人の背中を見ていた。
これが、楽しいっていう事なのかもしれない……。