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生きている理由を知りたい

「なんじゃ、その娘は」


 テーブルに置かれた茶を啜りながら、町全体を一望できる大きな窓を眺め、ダヴィットはそう質問した。


 ダヴィットの家は、デイゼルの町の中でも一番高い位置に建っている為、この大きな窓からは町全体を見下ろすことが出来る。


 ダリルとサンゴは、大きな窓に目を奪われつつ勧められたソファに座る。やがてダリルは喋りにくそうに話し始めた。


「……路地裏で、拾ったんだ。名前はサンゴ」


 横から生き物の気配を感じる。ダヴィット家の大型犬ナッツが、ダリルの足元に頭を擦り付けていた。


「おおナッツか、元気してたか」


 ダリルはナッツの頭と首を撫でて、嬉しそうな声を聞くと微笑んだ。

 サンゴは大型の犬が怖いらしく、ダリルを盾にし、反対方向へ隠れ、様子を伺う。


「見た感じここら辺の子供でもねーだろ。じーさんはどう思う?」

「ふむ……」


 ダヴィットは、ナッツに夢中のサンゴに視線を向けた。


「まあ、この辺の子供ではないだろうな。念の為、隣町まで情報を聞きまわってみよう」

「ああ」


 ダヴィットは、デイゼルの町の領主であり、近隣の集落や、村、町などと関わりがある為、デイゼルの町の情報源として住人からは信頼されている。


「それで、今後どうするつもりだ?」


 ダヴィットはダリルに尋ねた。

 ダリルは頭を掻き毟りながら、隣で引っ付いているサンゴに顔を向けた。


「お前はどうしたいんだ?」


 サンゴの青い瞳と、ダリルの瞳が真っ直ぐに向き合う。

 サンゴはしばらくすると口を開いた。


「いきているりゆうをしりたい……」


 サンゴの真っ直ぐで純真な、嘘のない瞳が見つめてくる。

 その言葉にはとても深い意味があるような気がした。


 ダヴィットもそれを聞き目を閉じる。老人は少し笑って髭を撫でた。


「ふむ、ならば……ダリルの家でしばらく生活を共にすると良い。サンゴが生きていく上で、何か大切なものが見つかるかもしれない。いつか親とも会えるかもしれんしな」

「お、おいおい、じーさんの家で預かってくれよ! 俺に子守なんか無理だ!」


 案の定ダリルは猛反対する。


「なんじゃ、お前が拾ってきたんだろう。責任はすべてお前にあるぞ」

「んなっ……だ、だけどよ、俺に面倒なんてみれると思うか!? なあ頼むぜ、じーさん」


 ダリルは自分を指差して顔を強張らせると、ダヴィットは顎鬚を撫でながら笑った。


「出来るとか、出来ないとかではない。お前にはそれをする責任があると言ってるんだ。迷える子羊を拾った一人の人間としてな……」

「でも、でもだなっ……」


 ダヴィットは茶を啜りながら、口を詰まらせ下を向いたダリルに告げた。


「それに、どうせもう心では決まってるんだろう、わしにこう言ってもらいたくて、ここまで来たんじゃないのか?」

「なっ! ……ちっ、ちげーよ!」


 ダリルは顔を真っ赤にして、反論した。

 ダヴィットは鼻で笑いながら、隣でぽけーっとしているサンゴにも、微笑む。


「お前が不器用な人間だってことは知っとる。だからわしも出来る限りの協力はしよう。ただいいか、ダリル。子供を育てるということは並大抵のことではないぞ。家事、育児、その子の人生にお前という人間が組み込まれるのじゃ。お前に、その覚悟があるか?」


 身体を少し前傾させ、ダヴィットは真剣な顔で言った。


「ある……っていや、ねーって言ってるんだろ」


 真剣な表情で発言したダリルだったが、さらに顔を赤くし鼻息を荒くする。


「はあ、本当に素直じゃないのう、お前と話してると、わし疲れる」


 呆れた表情で溜息を吐きながら、ダヴィットは頭を抱える。


「そんなの知るか! もういい、俺は帰る」

「これ、またんか」

「じゃーな」


 ダリルは耳を少し赤くしたまま、ダヴィットの家を飛び出していった。

 サンゴは、はっ、という表情になると、たどたどしい足取りでダリルの後を追った。


 岐路の途中、ダリルはサンゴの言葉が頭から離れなかった。


 ――生きている理由を知りたい。


 サンゴと出会う前からずっと考えていたことだった。機械仕掛けのサイクルの中で、動く歯車になっている自分に、サンゴはその無垢な手を差し伸べてくれていたのかもしれない。


 生きる理由は、ダリルには分からない。もちろんサンゴも分からない。だがきっとダヴィットはそんな二人が共に生活をすることで、何かが変わるかもしれない、ということを言っていたのだろう。


 自分たちが生きている理由を模索することが出来るのではないだろうか。


 頭で考えても良くは分からない。しかし、ダリルの目に焼きついたばかりの、彼女の純真な青い瞳は、今日の晴れ渡った青空のように綺麗で、自由に浮かぶ雲のように、何処か行き先を求めているように見えたのだ。


 今日も、空は雲が自由に飛んでいる。



 ダヴィットは町の風景を眺めながら、頭を抱え、溜息を吐いた。


「そろそろ、あいつも大人にならんかの」


 ダヴィットの妻、ネイブが大型犬二頭、子犬を三匹、子猫を五匹連れ、穏やかな表情で夫の元へやってきた。


「昔っから捨てられている生き物を拾ってくる奴ではあったが、まさか人間の子供を拾ってくるとはな……」

「貴方と同じじゃないですか」


 ネイブは微笑みながら、抱いている寝入りそうな子猫の頭を優しく撫でる。


「ふん、どうだかな」

「やっぱり、親子は似るんですかねぇ」

「何時までたっても、生意気な糞がきじゃな」

「素直じゃないところも親譲りなのかしら」


 ダヴィットが、「違うわ」と答えると、ネイブは頬を緩めた。


「あの子供と一緒に暮らすことで、あいつ自身の為になればいいんじゃが」

「そうですねえ。ダリルちゃんも優しい子だから、きっと親代わりになってくれるわ」


 老人二人は沢山の動物達に囲まれ、窓越しの街並みをずっと眺めていた。


「まったく、これ以上増やされでもしたらたまらんわい」

「頼られることが嬉しいくせに」

「ばか、嬉しくなんぞ無いわ」


 老爺は鼻を擦りながら、笑みを浮かべた。

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