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うま……?

 家の中は独り暮らしの男性らしく乱雑に散らかっていた。ダリルが試作した数々のジャンク品、修理中の依頼物、衣服や雑誌、食べかけのインスタント食品などで床面が見えない程だった。


 少女はその光景を目の当たりにし、自分の知っていた空間とはあまりにもかけ離れていたものだった為、呆然と玄関で立ち尽くしていた。


「何してんだ、入れ。ほら、こーするんだよっ」


 ダリルは玄関で棒立ちになっている少女に目を向けると、床一面を覆っている物を長い足で蹴り飛ばした。次第に床が見えてくる。


 少女はただ、表情を強張らせその様子を見ていた。


「座るところは自分で作るんだな!」

「つくる……」


 自信満々の表情でダリルはそう言うと、少女は一度傾けた頭をこくんと縦に振り、ダリルより小さな身体で、必死にガラクタの山を蹴ってみた。


 少女にとって、物を蹴るということは初めての経験であった。

 ダリルは床に落ちていた油がこびりつく黒い鉄板を、埃かぶった安定しない脚立の上に乗せるとその上に缶ジュースを一本置いた。


「飲め」

「のむ……」


 飲めと言われても、そもそも開け方が分からない少女は、缶を傾けたり、振ったりした。


「なんだ、開け方が分からないのか?」

「わからない」


 ダリルは少女から乱暴に缶を奪い取ってタブを引く。プシュ、と空気が抜ける音がした。少女は驚愕した表情で、缶ジュースとダリルを二度見した。明らかに興味を惹いているようだ。子供の純真な眼差しがダリルには少し眩しかった。


 ダリルから缶を受け取った少女は、先程と様子の変わった部分を再度確認する。匂いがする。とても良いまろやかな匂いだ。この部屋内に蔓延る鼻をつんとさせる匂いとはまた切り離された特別なものだった。


 少女はそのまま小さな口へと缶を運び、こくこくと喉を鳴らして中の液体を飲み始めた。

 液体をすべて飲み干し、ぷはぁっと息を吐くと、とてもまろやかな甘みが口の中に広がった。


「名前は?」


 飲み終わったのを確認するとダリルは静かにそう告げた。少女は黙って俯くと、缶を鉄板の上に乗せた。ダリルも少し困った顔をしたが、やがて少女は口を開いた。


「さ、さん、ご……っ」

「サンゴか……、変な名前だな!」


 とても小さなか細い声だったが、ダリルは、少女が自らのことを話してくれたので、語尾が高くなった。


「さんご……」


 少女は少し困惑したが、ダリルの表情を見た後、開いていた口をつぐんだ。


 ダリルはこの後も「何処から来た?」「親はどうした?」「何であんなところに座っていた?」と、良い大人が子供のように目を輝かせ、サンゴに質問を投げかける。サンゴは明らかに戸惑いを見せて、「あまり、いいたくない」と返事をした。ダリルは「そうか」と言うと、それ以上の追求はしなかった。



 月が昇り、夜虫と一緒に腹の虫も鳴き始める頃、ダリルは晩飯を作ると自信満々に言った。


 独り暮らし故にある程度自炊が出来ると自負するダリルは、得意料理の卵焼きを披露した。


「さぁ、食ってくれ。卵焼きだ」

「たまごやき……すごい」


 その卵焼きは、一般家庭で出されるものと比べると、焦げの比率が圧倒的に高く食べることを拒む人が続出しそうな一品であった。


 だが、サンゴは差し出されたフォークを、卵焼きの中央にぶすりと差し込むと、そのまま口へと運んだ。


「こほんっ」


 口に含んだ瞬間一度咳をしたが、口内に卵焼きが広がると、もぐもぐとぎこちなく口を動かす。卵焼きはやがて細切れとなり、喉を通ると、胃袋へと落ちていった。


「どうだ、美味いか?」


 ダリルがそわそわした表情で感想を待つ。


「うま……? それはなに?」

「な……っ」


 ダリルの頭に一筋の稲妻が走り、その後肩を落とす。ダリルが自分以外に料理を披露したのは人生初めてのことだったが、美味いとは何か? という、哲学的な意味を問われるレベルの質問が上がってくるほど自分の料理は不味いのか、と言うことを考えさせられた。彼は落ち込みやすかった。


 サンゴは無言で次の卵焼きに手を伸ばす。


「お、お?」


 少し期待するダリル。手料理を食べたことが無かったサンゴにとって、丸焦げた卵焼きはとても温かくて不思議な味がした。


「へんなあじがする」

「ぐ、そ、そうかよ……」


 サンゴは容赦なくそう告げると、ダリルはより一層、肩を落とすのだった。



 食事が終わるとダリルは部屋の明かりを消すと、地面に落ちていた布を引き寄せその場で寝転がった。


 サンゴは、暗闇の中でぼうっと立っていたが、しばらくすると背を向けていたダリルが振り返った。


「何してんだ」

「なにもみえない」


「そらそーだ、電気消したんだから。ほら」


 ダリルは近場の布を引き寄せると、立っているサンゴに投げつける。布はサンゴの顔を半分覆い隠した。


「ほら、それ被って寝ろ」

「……」


 柔らく温かいぬくもりをサンゴは感じた。


 それを身体から取り外すと、サンゴも寝転がった彼の行動を真似することにした。

 床に寝転び布を頭まで被ると、暗闇の中で天井を見つめる。


 自分と同じく横になっているダリルに目を向ける。両瞼は下がっていた。

 彼女も同じ行動を取ると、視界は完全に真っ暗になる。


 狭く散らかった独り身の男の部屋で、少女は眠る。


 今まで見てきた大人とは明らかに違う生き物であり、自分のことをこうして同じ部屋に入れてくれたダリルのことを、不思議な大人だとサンゴは思った。


 サンゴは胸に突き刺さったままの、あの言葉を反芻させていた。


 ――そんなつまらなそうな顔で、お前、生きてて楽しいか?


 生まれてから言われたことの無い言葉だった。しかし、今自分が一番考えていることでもあった。この大人と一緒に居ればもしかしたら、分かるのかもしれない。生きているという、その理由が。


 楽しいって、なんだろう。どんな気持ちなのだろう。サンゴは胸の鼓動が少しだけ速くなったのを感じ、そのまま深い眠りについた。


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