パーティーに向けて
蒸気機関車が停車したのは、丁度夕日が沈む頃だった。
ダリルは横で涎を垂らしながら全身を預けてくる、幸せそうな寝顔のサンゴを揺する。
「サンゴ、着いたぞ」
「んっ」
重そうな瞼を擦りながらあくびをする。ダリルは向かいの席に置いたバックパックを背負うと、蒸気機関車から降りた。
ここが、ヴィクドリア・北ターミナル兼、ヴィクドリア・シティ。
二人は溢れる人々に流されまいと踏ん張りつつ、ターミナルを抜ける。
視界に映ったのは見事に輝く金色であった。
もう夜に差し掛かっている。町全体を照らす街灯は輝かしい金色で統一され、きっちりと一定の間隔で並べられている。まるで生きる芸術作品のように、光が溢れていた。夜なのに全く暗さを感じない。この町には夜が来ないのではないだろうか。
さすがは大都会と言った所だろうか、別大陸のど田舎からやって来た二人は、この美しく豪華な景色に、ただ目を奪われていた。
「都会ってすごく綺麗な所なんだね」
「そうだな」
ターミナル前の広場で石のようになっていた二人だったが、怪訝そうな顔で周囲の人から睨まれると、やがて歩み始めた。
「まだ少し時間はある。ちょっと町を見て回るか」
「うんっ」
サンゴは、嬉しそうに表情を緩めるとダリルの裾をきゅっと掴んだ。ダリルは何も言わなかった。彼女の表情は寂しさを押し隠しているように見えたからだ。
「少し、寒いな」
「そうだね、周りの人も温かそうな格好をしてる」
ヴィクドリア・シティは、ダリル達の住む大陸と比べると、少しだけ気温が低い。
彼らが今着ている服では少しだけ肌寒いのだ。
街行く人々も皆、手首まである服を拵えていた。
横目に見える建物の硝子に、ダリルとサンゴの全身が反射する。
長旅にくたびれたのか、所々汚れが目立つ。この格好でこの町を歩くのはとても浮いているように思えた。
よくよく考えてみれば、これからパーティーとやらがあるはずだ。
この薄汚れた格好で出席しても良いのだろうか。ダリルは良いかもしれないが、一応子供とはいえサンゴは女性である。ならば身嗜み位小奇麗にして行った方が良いのではないだろうか。
ダリルはあまり使わない脳を忙しく働かせると、鼻から大きく息を漏らした。
「ダリル、どうしたの?」
ダリルは硝子に反射した自分達の姿をじっと見つめ、突然声を上げた。
「サンゴ、服を買いに行くぞ」
「え、服?」
きょとんとしたサンゴの手を引くと、豪快に高級そうな店へと足を踏み入れた。
店内は綺麗に装飾がなされており、沢山の洒落た服がずらっと並んでいた。
ポケットチーフを挿した男性が、店内に入ってきたダリルを発見し、カールした自慢の口髭をぴくんと動かし近付いてきた。
「お客様、本日はどのようなものをお探しで?」
「あ~、こいつを何か良い感じに、綺麗に整えてやってくれ」
緊張しているのか、ダリルの背後に隠れたサンゴが、ちょこんと顔を覗かせる。
「まあ、可愛らしい!」
店員の口調が突然女のものへと変わり、サンゴは不安そうな顔を浮かべた。
「大丈夫だ、いっちょ行って来い」
「ん、うん……」
頬を異常なまでに紅潮させた口髭の店員は、数人の女性店員と共に女走りでサンゴを何処かへ連れて行った。
お洒落というものにそこまで興味の無いダリルにとっては、こういった店に入ることはおろか、女性の着替えを待つなんていう経験は一度としてなかった。デイゼルの町では、正装をするといった概念がなかった為かもしれないが。
少し胸がそわそわする感覚を覚えながら、用意されていた席に腰を下ろす。
思えば――この町に来るまでに、色々なことがあったな。ダリルはぼうっと無精ひげを撫でた。
何だかんだと言いながら、ダリル自身、この小さな旅を楽しんでいた。
もしかしたらサンゴとは、この旅を最後に別れることになるのかもしれない。
それは手紙のことをサンゴに打ち明けたときから、覚悟していた。
彼女のことを考えると、どんな環境であれ親に会わせる必要があると思った。
ダリルには育ての親はいるが、生みの親は居ない。だから、実の親との血縁関係がどのようなものなのかは見当がつかない。
ただ、折角自分の産みの親が生きているって言うのなら、会ったほうが良い。
サンゴが、今のデイゼルでの暮らしだけを選んでしまったら、絶対に後悔をするとダリルは思ったのだ。
「お待たせ致しました、新生お嬢様ですわ」
相変わらずの口調で、カールした口髭ををぴくんと動かすと、彼は手を大きく掲げた。
「なんだその、新生お嬢様とかいうのは」
ダリルは口髭の店員に呆れたが、後ろから現れたサンゴに目を奪われた。
「へへ、ちょっと恥ずかしい……」
頬を少し赤く染めたサンゴが、スカートを気にしながら手で抑える。
フリルの付いた黒いスカートは膝下まで伸びていて、上半身はレザーで出来たベスト状のコルセットを着込み、いつもの腰ベルトも、そこに違和感無くぶら下げられている。
ベストの下には、装飾の施された上品な長袖のブラウスを着込んでいた。
白く長い髪は頭の上で巻かれ、細いうなじを見せている。齢の割に少し背伸びをした正装だった。
ダリルの作ったゴーグルは、首元にかけられていた。
「おお、良いんじゃねえか」
「へへ、ダリルもやろうよ」
満足そうに笑うと、サンゴはそう提案した。
「いや、俺は……」
「そうですお客様、お嬢さんの為にも! さあ」
妙にやる気が入っている、口髭の店員が充血させた目で唾を大量に飛ばしてくる。とても恐ろしい。
「いや、良いってば……それにこいつは俺の子供でもな……」
「貴方も磨けば光る……お嬢様が青く光り輝くサファイアならば貴方はそう、正にダイヤモンド! それだああ!」
「ああ? ちょっと、何すんっ……」
「磨けば光る! 磨けばあああ!」
半ば強制的に、頬を紅潮させた口髭の店員に連れ去られる。
新しい装いに満足してにっこりしているサンゴは、先程ダリルが待っていた席に座りダリルを待つ。しばらくすると口髭の店員が戻ってきた。
「お嬢さん、これが貴女の新しいパパよ!」
「いや、だからパパじゃねーっての」
口髭の店員が唇の端をにいっと持ち上げると両手を大きく広げた。
「え……おじさん、この人はダリルじゃないよ」
「おじっ……」
ぴきっと反応した口髭の店員だったが、心を静めサンゴの肩をぽんと叩いた。
「良く見て御覧なさい」
口髭の店員は、サンゴの柔らかい頬を両手で挟み、くいっと、ダリルの顔に近づけた。
綺麗に磨かれた皮靴に、ストライプの入った黒いパンツ。白いワイシャツにグレーのニットベスト。派手な装飾を付けつつも、大人しめのテーラードジャケットを着込んでいた。ゴーグルと腰ベルトは相変わらずだが。
いつも寝癖でぼさっとしていた髪も、綺麗に後ろへ纏められており、しっかりポマードで固められていた。伸びっぱなしになっていた無精ひげも全て剃り落されていた。
「ダリル……違う人みたい」
「余計なお世話だね」
照れ笑いを浮かべながら、頬を掻く。
「ううん、格好良いと思うよ! いつもそれにすれば良いと思う」
「ふざけろ、今回だけだ」
「ダリルって目に生えてる毛、長いんだねえ」
「目に生えてる毛ってなんだよ、これはまつ毛って言うんだ。お前も長えだろが」
生まれつきの顔立ちに関して、ダリルは基本的に整っている方である。ただ、身嗜みに気を使わないせいで、数段落ちて見えるのだ。
褒められて嬉しいが、素直に喜べないダリルは、気持ちを高揚させつつも、口髭の店員に明細書を見せられ、途端に顔を青くした。




