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記憶

 正直ヒーには期待していた。確かにリリアのような頭のおかしなところはあるけど、効率主義で頭も良く真面目で、いっちゃあなんだが普通の子と変らない所がある。だからもしリリアと双子でなければ……あ、これ以上は止めとく。


 高く飛び上がったヒーは、そのままの勢いで一直線に遥か上方へ昇る。それはこのまま宇宙まで行ってしまうのではないかと心配になるほどで、引っ張る銀の光がロケットのようだった。だがやはりリリアとは違うヒーは、ある程度まで上がると今度は空を蹴り、重力を加えさらに加速しながら金切り音を上げ急降下してきた。それは今までの比では無いほどの速度で、終いには隕石のように炎を纏い出した。


 ほんと化け物だね。なんであれで生きてられるの?


 急降下してきたヒーは既に生命の限界を超えた存在に見えたが、障壁に衝突すると見えたのではなく、生物の限界を超えた存在だったと痛感させられた。


 ヒーが衝突すると、位置固定のはずの障壁が少し下がり、轟音を纏う熱風と化した衝撃波が大地を削り工業地区一帯を吹き飛ばす。そしてさらにその衝撃は貫通したのか、熱風を追うようにすぐさま二度目の爆風が襲い掛かった。

 それは天使であるはずの俺が、もし結界を張っていなければルン共々葬り去られていただろうと思ってしまうほどだった。


 そんな中だった。どうやら今の一撃で堅牢の魔女は消滅してしまったようで、突然“誰か”の記憶が流れ込んできた。



「――ねぇお母さん。今度の母の日、何が欲しい?」


 早紀は母子家庭で育った。母は若い頃から男遊びが好きで、早紀はそんな母が望まない形で作ってしまった子だった。当然父親は誰か分からず、不孝を嘆く親からも縁を切られたからだ。

 それでも母には母性本能はあったらしく、貧しいながらでも女手一つで何とか早紀を高校にまで行かせられる生活を送っていた。


「何でもいいよ」


 そんなある日、心労が祟ったのか母は乳癌を発症してしまう。症状が現れ診断を受けたときには末期だった。


「何でもいいよは駄目だよ。ちゃんと言って」


 そんな折だった。たまたま早紀の資質を見抜いた天使が、彼女をラフに誘った。


「――何でも一つ、君の願いを叶えてあげる」


 これは質の悪い天使が使う常套句だった。ラフは成長すると天使へと昇華する事が出来る。天使になれば凡その人が望む願いは叶えられる力を得る。だから強ちこの常套句は間違いでは無いが、それは本来ラフへ伝える事を禁止されている為、質の悪い天使はこの常套句を使う。


「えっ! それってほんと……」


 早紀は然属性の葉を持っていた。そして、どんなに辛い生活を強いられても母を尊敬し愛する強い魂を持っていた。そんな早紀の魅力に、実績を上げられない天使は飛びついた。


「あぁ本当さ。君ならきっと立派なラフになれる。だから俺と一緒に戦おう」


 “母を救いたい” 医療費を稼ぐためアルバイトをし、絶縁された祖父母にまで頭を下げ、残りの時間全てを母の傍にいた早紀の願いは誰から見ても明白だった。


「……うん」


 こうしてラフとなった早紀は、生き急ぐように魔女と戦い、なりふり構わず仲間のラフを増やしていった。その戦い方はまるで鬼神の様で、例え仲間が犠牲になろうとも格上の魔女を倒すほどだった。


「早紀良い調子だね。もう少しで願いが叶うよ」


 そんな早紀の恩恵を受けた天使は、さらに功績を上げるため早紀以外のラフを消耗品のように加え、破棄していった。


「……うん」


 それに比べ早紀は、度重なる戦いでの仲間の死と、殺した相手が自分と同じラフだと知り命を消耗させていくが、母を救うという信念により咎落ちをすることは無く、遂には片翼だけではあるが天使の証でもある翼を出現させ、このまま行けばもう少しで母を救えるという所まで成長する。だが……


「早紀ちゃん! お母さんが大変だよ!」


 アルバイト先のコンビニに早朝から飛び込んできた一報に事態は急変する。


「……お母……さん」


 早紀が病室に着いた時には、既に心電図の電源が切られ、祖父母が涙を流しながら眠る母の頬をタオルで拭いていた。

 それは早紀にとっては絶望だった。そして……


 魔女は消滅するとき咎が剥がれる。そして剥がれた咎にはそのラフの記憶が残り、近くにいる天使力を持つ者に情報として一瞬で与えられる。

 それは神様が咎落ちした者への最後の情けなのか、他のラフが咎落ちしないための楔なのかは分からない。それでもこれだけは一つ言える。ラフが咎落ちする一番の原因は彼女達をラフへと誘った俺達天使にある。


 もし早紀があの天使に出会わなければ、もし早紀を俺が見つけていれば。それはたらればでしかないのは分かっている。それでももっとしっかり天使は責任を持ってラフたちの事を考え、常に笑顔でいられるように支えなければならない。それが俺達ラフを育てる天使の役目だ。


 爆煙の中、もう幾度となく悲惨な記憶を見せられても変わらない自分の考えを確認すると、早紀から教えられた大切な想いを胸に、この先辛い経験を積み重ねなければならないリリア達を想った。


 当然リリアとヒーにも早紀の記憶は届いている。それは魔女の正体を知る最初の切欠であり、余程の天然でも無い限りほとんどのラフは真実を知る。

 あの二人は何処か抜けている所があるが真理を見通すような力を持っている為、恐らくこの記憶で悟るだろう。そして初めて“人”を殺めたという罪の意識に苛まれる。それはラフとして踏み出す第一歩であるが、酷く険しく辛い。


 恐らくリンボを三回は巡るであろうヒーの響かせた轟音は、未だ空深くにまで届いていた。


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