ダークネスブレイカー
そのスピードは先ほどよりさらに速く、もう戦闘機と言っても過言では無いほどで、やめて! と思うよりも早く二人は障壁を叩き始めた。だがさすがは堅牢の魔女さん。ウンコの周りを飛び回るハエの如く断続的に叩き続ける二人の攻撃に耐えている!
行ける! 彼女なら二人に天使力の必要性を教えられる! と思ったのもつかの間、ほんの数秒障壁を叩いた二人が離れると、ピキピキッという音を立て、障壁にヒビが入った。
ヤバイでっせ魔女さん! このままじゃあっしら立つ瀬がなくなりまっせ!
これには正直焦った。この程度でヒビを入れられちゃあ、この先天使力を使わなければ倒せない魔女を相手に出来ない。ここは是が非でも堅牢の魔女に頑張ってもらわなければ非常にマズイ。そう思っていると、期待に応えてくれたのか、堅牢の魔女はもう攻撃の一切を捨てたようで、全ての魔力を障壁につぎ込み始めた。
その結果、もう堅牢の魔女の姿が見えないほど濃厚な卵みたいな障壁が完成した。しかし! その代償として空間に固定された障壁のせいで魔女は動くことも手も出す事も出来なくなってしまう。それを受けてリリアが言う。
「良いですね堅牢の魔女さん! 私達と力比べをしようというのですね!」
リリアは堅牢の魔女が、「私の障壁を破ってみろ!」という戦いを挑んだのだと勘違いしたのか、目をギラギラに輝かせて言う。そしてそうなると、双子である以上当然ヒーにも火が点く。
「ありがとう御座います堅牢の魔女さん。破るか破られるか、貴方の想い、受けて立ちます!」
くそが! どうしてあの二人は馬鹿なんだ! あいつらこれが本当に命懸けの戦いだって分かってんの!?
「さぁ行きますよヒー!」
「はい!」
有言即実行の二人はもう俺が注意する暇など与えるわけもなく、卵と化した堅牢の魔女目掛け突っ込んだ。
さらにギアを上げた二人は音を遥か彼方に置き去りにするほどの閃光と化した。その衝撃は建物のガラスを破壊し、堅固のはずのコンクリートの壁面を剥がすほどだった。そして度重なる力のぶつかり合いは大地をも揺るがし始め、プラント全体が不気味な軋む音を立て始めた。
俺は神様の戦いを見た事も、天空騎士団の戦いも見た事は無い。だけど今目の当たりにしている無慈悲な力を見て、神様の戦いだと思ってしまうほどだった。
多分二人は何処かの神様が遊びで人の姿をして俺をからかってるのだろう。でなきゃこれはおかしいよ! もう怖くて近寄れないもん!
何処かの漫画の戦闘シーンと化した現状に恐怖すら抱き始めると、突然二人は攻撃の手を止めた。その瞬間、あっ! 堅牢の魔女がやられた! と思ったのだが、どうやら二人は神様では無かったようで、障壁にヒビ一つ入れてはいなかった。それを見てホッとした。
「どうだお前ら! これが堅牢の魔女の力だ! お前ら如きが砕ける障壁じゃないんだ!」
力で全てが解決できると思っている二人が、ヒビ一つ入れられなかった事が無性に嬉しくて、ついつい叫んでしまった。しかしリリアもさることながら豪傑のようで、自信たっぷりに返す。
「フッフッフッ。どうやらリーパーは私達の力がこの程度だと勘違いしているようですね」
「何!? 負け惜しみを言うな!」
「負け惜しみ? まさか。私達だってこの程度で終わられては張り合いがありません」
「くっ! ならお前らの力を見せてみろ!」
「フッフッフ、ならお見せしましょう私の力を!」
ニヒルな笑みを浮かべるリリアは、本当に全力では無いのか、余裕綽々に言う。そしてこの茶番に付き合うようにヒーが言う。
「まさかリリア。あれを使う気ですか!」
アレ!? まさか力以外の技がこいつにはあるのか!?
「えぇ。ここからは一切手出し無用ですよヒー」
「わ、分かりました……」
何をしようとしているのかは全く分からないが、二人の口調から、多分二人は姉妹の間だけでこうやっていつも魔法少女ごっこをして遊んでいたのだなと分かった。すると、愛しさと切なさが込み上げて来た。
そんな感情のせいで、もうちょっとだけ五十嵐姉妹の世界に口を出す事を止めた。なのにリリアは俺を引き込もうと言葉を待ち、チラチラこちらを見る。
めんどくせぇ姉妹だよ!
「なら……では見せて貰おう! 貴様の力とやらを!」
ごめん堅牢の魔女さん! もう少しだけ待ってて。
「いいでしょう! 刮目せよ我が力!」
俺が茶番に付き合うと、リリアはもう嬉しそうな顔を見せて元気はつらつと力を絞り出すように構えた。
「はぁあああああ」
リリア達には天使力を高める術は教えた。しかし筋肉馬鹿の二人にはいくら体の内側から魂を絞り出すイメージだと教えても、体中の筋肉に力を入れるばかりで屁くらいしか出てこない。今リリアがやっている構えもイメージ的には間違ってはいないが、やっぱり絞り出すのは屁の方のようで、全く天使力が高まっている感じはしない。
それでも筋肉馬鹿のリリアが力を込めていくと足元のコンクリートが弾け飛び散る。でも結局それはただの筋力。しかしその筋力も絶大なため、さらに力を加えると建物が振動し始め、さらにはその振動が地面にまで到達して大地が揺れ出す。えっ? 何? リリアスーパー〇〇ヤ人になるわけじゃないよね?
しばらく大地を揺るすとリリアはやっと力が充填されたのか、エネルギーを右手に溜めるように斜に構えた。そして遂にお披露目するのか高々と叫び始めた。
「喰らうがいい! 我が必殺技! ダ~クネス~……」
ダークネス!? アイツって光のラフだよね!? その技名間違いじゃないの!?
もう自由人のリリアは全くそんな事など気にせず続ける。
「ブレイカー!」
破壊的な声量まで持つリリアがそう叫びグーを出すように右手を突き出すと、ものすっごい爆風が発生した。しかし突き出された右手からはポッと飴玉みたいな光の玉が出て、フッとすぐに消えそれ以上は何も起きなかった。
「くっ!」
一体何がしたかったのかは不明だが、リリアの中では技は成功したようで、何故か力を使い果たしたように片膝を付いた。
「…………」
「…………」
ヒー! なんか言って! どうすんのコレ!?
「やはり私では、まだこの技は使いこなせないという事ですか……」
リリアという少女はこの世で最も人生を楽しんでいる存在なのかもしれない。世界で唯一の味方であろう妹さえも手助けしてくれないこの状況でも、まだこっちの世界には戻ってこない。
もう堅牢の魔女さんやっちゃって下さい!
しかし堅牢の魔女も完全にリリア達の馬鹿力にビビったのか、隙だらけにも関わらず引き篭もって出てくる様子は無い。
正にカオス。そう言わざるを得ない時間が流れた。そんな時を破壊したのがヒーだった。
「リリア。次は私が行きます。リリアは力を使い過ぎたので、少し休憩していて下さい」
どうやら茶番はもう終わりのようで、何気にリリアを気遣いヒーは言う。だがリリアはまだあっち側にいるようで、頼んだぞという感じで拳を突き出した。それを受けてヒーも返す。
この二人はアホではあるが素晴らしい姉妹愛を持っている。
リリアから託されたヒーは、なんだかんだ言っていても結局は真面目だったようで、先ほどのリリアが作り上げた変な空気を一変させるような真剣な表情を見せ、堅牢の魔女へ語りかけた。
「堅牢の魔女さん。貴方には感謝致します。これほどまでに自分の力を試してみたくなったことは初めてです。次の一撃はその感謝と私の魂を込め、貴女に捧げます」
完全に空気が変わった。おそらくヒーは次の一撃に渾身の力を込めるつもりなのだろう。そう思わざるを得ないくらい空気が張り詰め、真剣勝負の様相を帯び始めた。
ヒーとリリアは幼い頃から力が強かったため、姉妹以外の人はもちろん、動物どころか昆虫にさえも触れる事に恐怖を抱いていた。そして自身も難病を抱え、常に死を意識して生きて来たからこそ命の大切さを知っている。そんなヒーが魂を込めると発言した言葉には、例え魔女であろうと殺すという意味が含まれていた。
それはラフとしては未熟なはずなのに、死を司る神に引けを取らない重みを持っていた。
自分の想いを告げたヒーは、瞳を閉じ、祈りを込めるように右拳を眉間に当てた。その姿には慈愛と勇ましさがあり狂気があった。
そんな祈りを終えるとヒーは足元の建物を損傷させるほど強く踏み出し、高速で空高く飛び上がった。