堅牢の魔女
区画整理された埋め立て地に空高く伸びる鉄製の煙突。海に影を落とす巨大な石油タンク。縦横無尽に伸びたパイプラインは血管の如く張り巡らされ、プラント全体に躍動を運ぶ。
「こ、ここは……一体どこですかリーパー……?」
堅牢の魔女と戦うため、支配されるリンボに足を踏み入れると、今まで知っていた俺が作ったリンボとは全く異なる景色にリリアが唖然として言った。
「ここが堅牢の魔女がいるリンボだ」
「え? しかし……」
「あぁわりぃわりぃ、言うの忘れてた。リンボって切り離された世界だから、それぞれが時間とか場所とかは違うんだよ」
「へ、へぇ~……そうなんですか……」
細かい事は気にしないタイプのリリアは、良く分からなくてもスルーするつもりなのか適当な返事をする。それに対し細かい事はとことん気にするヒーが当然のように訊く。
「どういう事ですか?」
「あ~、なんて言うか……分かり易く言うと、リンボってインターネットのサイトみたいなもんなんだ」
「サイト……ですか?」
「そう。リンボは宇宙空間に浮いてる部屋みたいなもんで、場所さえ分かってればこっちから行って入るみたいな感じ。だからそのリンボが出来た瞬間にあったその場所その時間がそのまま残ってるんだよ」
「…………」
上手く伝わってない? 頭で分かってても言葉にするのって意外と大変!
「つまりリンボとは写真のような物で、一つ一つが別の空間という意味ですか?」
「そ、そんな感じかな?」
「なるほど」
ヒーが納得すれば別にいいや……俺に説明求めないで!
「で、リーパー。堅牢とかいう魔女は何処にいるんですか?」
ヒーと話しているうちにいつの間にか変身を完了していたリリアは、すぐにでも戦いたいのかウキウキしながら言う。
「え? あぁ多分その辺にいるよ」
もうこの子のこういう性格には慣れた!
「堅牢の魔女はどっちかと言うとあまり好戦的なタイプじゃないんだ。だから身の危険とか縄張りに危害を加えないと姿を見せないんだよ」
「えぇ~! それはちょっと戦いづらいです……」
戦いづらい? リリアって戦った事なんて無いはずなのに得意戦法とかあるの?
「どういう事だよ? お前得意な戦い方でもあんのかよ?」
「い、いえ。そういうわけではありません。……ただ、静かに暮らしたい彼女の生活を壊すような戦いはちょっと……」
どこに気を遣ってんだよ! これはハチの巣退治じゃねぇんだよ!
「どうしますヒー?」
「そうですね……」
純粋が故の優しさ。変身しようとしていたヒーもそれを聞いて、変身を止めてしまう始末。
「どうするって、相手は魔女だぞ! そんな事言ってたらラフなんて務まらないぞ!」
「そ、そうですけど……でもリーパー。リーパーだって毎日平和に掃除してるのに、突然『引っ越すからもう要らない』って言われて捨てられたら、悲しくありませんか?」
そ、それはてめぇらがルンバに入れって言ったんだべや!
「俺だって好き好んでルンバしてんじゃねぇよ! 舐めてんのかおめぇ!」
「い、いえ、そんな意味ではありませんよ。ただリーパーが毎日楽しそうに掃除してるから、てっきり私はルンが気に入ったのかと思って……」
「気に入ってねぇよ!」
何が悲しくてゴミ喰わなきゃ駄目なんだよ! これだったらまだあのリーパーとかいう青年に入ってた方がマシだったよ!
「そうなんですか?」
「そうなんですかじゃねぇ! おめぇらは俺を何だと思ってんだよ!」
「そ、それは……すみませんでした……」
「とにかく……!?」
アホのリリアのせいで声を荒げたのが原因か、堅牢の魔女が騒ぎに気付き動き始めた。
「な、何ですかこの音は!?」
「リリア、これは由々しき事態です。どうやら堅牢の魔女が私達に気付いたようです」
魔女のリンボの中にいるのに慌てるリリアと、脅威が迫る中でも冷静に変身して事態の把握に努めるヒーを見ていると、この二人は本当に双子なのかと疑ってしまう。
完全に俺達を補足した堅牢の魔女はプラントの影から姿を現すと、既に臨戦態勢は整っており、赤い障壁と車やコンクリートブロックなど幾つもの投石用の重量物を持ち上げながらゆっくりと空に舞い上がっていく。
「見て下さい! あ、あれが堅牢の魔女です!」
演出なのかただのパニックなのかは知らないが、もう言われなくても分かっているのに、リリアはまるで映画の主人公のように指を差しながら言う。
「落ち着けリリア。お前これからあれと戦うんだぞ? 本当に大丈夫か?」
リリアなら、例えあの持ち上げられている車とかをぶつけられても死にはしないだろう。それでも機械的な中世の貴婦人のような姿をした魔女に恐れを抱き、パニックを起こして勝手に自滅する可能性は大だ。
「わ、分かっています! ただ逸る気持ちが抑えられないだけです!」
そっちなの!? 魔女にビビってたわけじゃないの!? ヤバイわこの子!
さすがに数々の魔法少女作品を見て来たと豪語するリリアにとっては、この程度の容姿など予想の範疇だったようで、ワクワクしながら言う。そしてそれ以上に興奮しているのか、あの冷静なヒーがソワソワし始めた。
「おい! 落ち着けお前ら! とにかく一旦隠れるぞ」
初戦という事もあり、戦いの基本である相手の情報を得るという事を教えるため、一時的に身を隠す事にした。のだが、これに反論したのはまさかのヒーだった。
「それは待って下さい。経験値で勝る堅牢の魔女に認識された以上、素人の私達がいくら身を潜めても不利にしかなりません。それに、戦いにおいては最初にどれだけ精神的に優位に立てるのかが勝敗を分けます。今私達が逃げるように隠れれば、間違いなく堅牢の魔女にとってアドバンテージを与えてしまいます。ですので、多少危険を冒してでも今は戦いながら情報を得るのが得策だと思います」
何言ってんのこの子!? なんかそれらしい事言ってるけど、ただ早く戦いたいだけだよね!?
所詮双子。こういう所はリリアとは変わらず、ヒーはとんでもない事を言い始めた。
確かにヒーの言う事は間違ってはいない。精神的なプレッシャーをいかに早く相手に掛けられるかは勝敗に大きく影響してくる。だけど、それはベテランレベルの話! 素人のお前らに戦略もくそも無いよ!
俺としては力で何でもかんでも解決出来ると思っている二人に、ラフとは天使力が如何に必要かを教える為に選んだ相手だった。だから例え負けてもそこから今のままでは駄目だと学んでくれれば大儲けだった。なのに……
「それは駄目……」
「なるほど! さすがはヒーです! 既に戦いは始まっているという事ですね!」
「はい!」
もうこうなると二人は俺の話など聞く耳を持たない。だがこれもこの数日リリア達を観察していた俺には考慮済みだった。
「わーったよ、じゃあ好きに戦え。ただし本当にヤバくなったらすぐに俺の所に逃げて来いよ。じゃないと置いてくからな」
「任せて下さい!」
「はい!」
何が任せて下さいなのかは知らないが、二人は自信たっぷりに返事をした。この二人はかなり魔女とラフを舐めている為、好きに戦わせて痛い思いをさせるのが良いお灸になると思っていた。
「じゃあ行ってこい!」
「ウッス!」
「おっす!」
もう意味分からん。この二人のテンション大丈夫なの?
とにかくこれ以上時間を割いているといつ堅牢の魔女が攻撃してくるか分からないため、リリア達に許可を出すとすぐさま自分の周りだけに結界を張った。
それを見て、大切なペットのルンの安全を確認すると、二人は土煙を上げるほど高く飛び上がり、堅牢の魔女へと向かって行った。