乱入者
謎の乱入者により危険を感じた俺達は、姿だけでも隠しやすい木々が生い茂る山を目指し森に入った。
当初は恐らく謎の気配を放つ存在は咎狩りの一種で、抗痛の魔女を標的に現れたのだろうと思い、身を隠し抗痛の魔女を襲っている隙にリンボの外に逃げようと考えていた。だが全く気配の消し方を知らないリリアとヒーのせいか、異様な気配はまるで俺達を追うように迫っていた。
“おいフィリア! なんとかして二人の気配を隠せる結界を張れないのか! このままじゃ俺達が先に見つかっちまう!”
“それは無理です! ヒーちゃんは別として、リリアの放出している天使力を押さえて貰えなければさすがに無理です!”
熾天使クラスなら結界での迷彩を施す事は可能だった。しかしそれはある程度の話で、迸るようなオーラを上げる今のリリアのようなアホを隠すには空間レベルで切り離しを行わなければならない。今までは早く天使力が上がる事を願っていたのに、ここに来てまさかの展開だった。
“こうなったら先に抗痛の魔女を見つけて貰うしかありません!”
“見つけるって、どうやって!”
“このまま抗痛の魔女の元へ行き、こちらから攻撃を仕掛け、三つ巴にします!”
“でも抗痛の魔女の位置が分からないぞ!”
確かにマーキングはした。しかし相手を弱らせることを得意とする魔女だけあって気配の消し方が上手い。そのうえ距離も離れすぎてしまった為俺ではもう感知する事は出来なかった。
“なら私が誘導します! 十時の方向へ走って下さい!”
さすが熾天使様。この辺は格が違う。しかし……
“十時ってどっち?”
「左前方四十五度! あっ……」
この気配の相手は俺が思うよりヤバイ相手のようで、フィリアは思わず声に出して怒鳴った。当然いきなりの発狂にリリアが心配するように声を掛ける。
「フィリア。左四十五度がどうしたんですか?」
「い、いえ。何でもありませんよリリア」
「そ、そうですか」
今のは俺が悪いの? 悪くないよね? 勝手に難しい事言うフィリアが悪いよね? それにしてもこいつらこの速さで走ってんのに息一つ切らしてないんだけど……
この失態にフィリアから一睨み受けたが、それでもフィリアの適切な指示により進路を取っていくと、僅かずつだが抗痛の魔女の気配が見えて来た。
“フィリア! 捉えた! 後は俺でも追える! お前は後ろの気配に注意してくれ!”
“分かりました!”
追ってくる気配とはまだ大分距離があった。その為抗痛の魔女への警戒を優先し、あまり深くは探ってはいなかった。それが油断となった。
“アズガルド!”
“どうしたフィリ……”
熾天使様だけあってフィリアは俺なんかよりも遥かに高い探知能力があった。そんなフィリアだからこそすぐさま異変に気が付いたのだが、気付いた時には既に遅く、突然前方に大きな樹木が無数に出現し壁となって立ちはだかった。
「なっ!」
この非常事態に咄嗟に足を止め逃げ道を探した。しかし地面から生え続ける樹木はドミノ倒しのように左右に広がり、あっという間に俺達を取り囲むように壁となった。
その樹木はまるで城壁のように高く、広大な範囲を一瞬で取り囲む力はもう最上位なんてレベルの物では無い。
「な、何ですかこれは!? 何が起きたんですか!?」
恐怖すら感じる存在感を放つ樹木に、さすがのリリアもいつもの演出のノリは出来ないようで、怯えるように叫んだ。
「落ち着けリリア! とにかく警戒しろ! どっから襲って来るか分からんぞ!」
俺の声が飛ぶと、本能なのか全員が何も言わなくとも勝手に背中合わせになり、周囲へ目を向けた。
「リーパー、一体何が起きているのか説明して下さい! 私達は何と戦えばいいんですか!」
頭が切れるだけあって、この状況でもヒーは自分たちが今何をすべきかを求める。
「分からん! 突然誰かがリンボに入って来た! そいつが敵なのか味方なのかも分からん状態だ!」
「それは魔女なんですか!」
「それも分からん! もしかしたら抗痛の魔女を狙った咎狩りなのかもしれん! だけどこれなら俺達にも攻撃してくるかもしれん!」
「分かりました! とにかく私達に向かって来るのは全て敵だと思えばいいんですね!」
「そうだ! だから手加減すんなよ! 来たら思い切りぶん殴れ!」
「はい! そういう事ですリリア、フィリア!」
「分かりました!」
異様な空気にもはやヒーにも余裕は無く、今の二人なら向かってくる者に対しては加減するような雰囲気は無かった。
そんな頼もしいヒー達が戦闘態勢に入っても、今まで感じた事の無い気配に何も情報を掴めずにいた。そのうえせめて位置だけでも捉えようと試みても樹木の根なのか、地面そのものがまるで生き物のような気配を放つせいで感知できない。
恐ろしいまでの支配力に、ただただ恐怖を抱くばかりだった。
“フィリア! お前なら相手の位置分かるか!”
“いえ! 既に囲われたエリア全体が支配下に置かれたようで正確な位置は分かりません! 感知結界を広めに張ってありますから奇襲を受ける事はありませんが、相手の素性が分からない以上、あちらからコンタクトがあるまでは下手には動かないで下さい!”
“分かった!”
感知結界は上位結界の一つで、触れる物全ての形や動き、さらに達人になると目には見えない情報まで得ることができる結界だ。しかし通常の結界よりも天使力を消費し、広げれば広げるほど燃費はさらに悪くなる。当然俺には出来ず、フィリアがいなければ足元からすくわれていてもおかしくない状況だった。
フィリアのお陰で少しは心に余裕が出来た。しかしいくら頭を働かせても最良策が思い浮かばない。今はただ相手の出方を窺い待つしかなかった。
そんな中だった。突然遠方で轟音が響いた。慌てて目線を送ると木々の間から覗く空に土煙を上げて大きな樹木が出現していた。
これには乱入者はさらにエリアを狭め、俺達を追い込むつもりなのかと思ったのだが、そう思うと同時に僅かに漂っていた抗痛の魔女の気配が消失したのを感じ、ぞっとした。
“リーパー感じましたか! 抗痛の魔女が遣られました! 次は私達が標的にされるかもしれませんので気を付けて下さい!
“わ、分かった!”
余りに一瞬で消えた為俺でも抗痛の魔女が遣られたのが分かるほどの速さに、相当強力な使い手である何者かに恐怖さえ感じてしまった。そしてあのフィリアが俺の事をリーパーと呼んだ事に、非常に危険な状況にいるのだと分かった。
「リリア、ヒー! 今抗痛の魔女が遣られた! 下手したら次は俺達を狙ってくるかもしれない!」
「えっ!? やられたってどういうことですか!?」
離れすぎていたせいか、はたまた一瞬で抗痛の魔女が喰われたのかは分からないが、“記憶”が届いて来ないためリリア達は突然の報告に驚きの声を上げた。
「今抗痛の魔女の気配が消えた! 多分喰われた!」
「く、喰われた!?」
「では相手は咎狩りだったんですか!?」
「いやそれは分からん! どっちにしてもこれだけ攻撃的ならこっちにも来るぞ!」
「ええっ!? じゃ、じゃあどうするんですか!? 早く逃げましょう!?」
この三人なら相手との相性次第でもしかしたら渡り合えるかもしれないと思ったのだが、すでに恐怖の方が勝ってしまったリリアは逃げる事を考えてしまった。これでは立ち向かうのは無理だ。
それでも逃げるには最低限の戦いは必要になる。
「今逃げたら現世までついて来るぞ!」
「ええっ!?」
「もうあの樹に囲まれたエリアは全部アイツの支配下にあるんだ! 逃げるにしても最低でもあの樹の外に出ないと駄目だ!」
「では私達が折ります! リーパー! なんとかしてあの樹まで近づいて下さい!」
やはり戦う事に関してはヒーの方が優れているようで、自ら突破口を開くと言った。しかし……
「駄目だ! まだ相手の情報が分からない以上下手に動くな! もしかしたらそれは罠かもしれん!」
「しかしこのままでは戦う事になりますよ! 私達に勝ち目はあるんですか!」
双子である以上いくらヒーがリリアよりも戦いに優れていても、恐怖のイメージは変わらないようで弱気な発言をした。
そんなヒーにフィリアが諭す。
「ヒーちゃん。もうすでに私達は相手の手中にいるのと同じです。後手に回ってしまった以上、今は相手の出方に合わせ対応しなければ思う壺ですよ」
「ではどうする気ですかフィリア!」
「先ずは様子見です。もしかするとリーパーの言う咎狩りなら、このまま何事も無く去るはずです。相手の目的が分からない以上下手に動いて挑発になってしまう事だけは避けましょう」
「……分かりました。ではもし標的にされたときの対処を考えましょう」
「えぇ。それで良いですかリリア?」
「はい。慌てず行きましょう」
声のトーンを落とし、慌てる事無く落ち着いて話すフィリアは、さすが二人をよく知るだけあって、上手くコントロールしてパニックになるのを避けた。それどころかヒーを冷静にさせた事により、リリアまでもが落ち着きを取り戻した。
三人が落ち着きを取り戻した事により、波打つテンポが緩やかに変わる。するとヒーにギアが入ったのか、あの狼の頭をした鉄甲を出現させた。
ヒーはあれ以降どんなにやっても武具を出現させられなかった。それはあの武具には感情の高まりが必要だったかららしい。まるで別人のように目を鋭くさせたヒーを見て分かった。だがフィリアが無と言ったあの特殊な能力まではまだ発現させるほど高まっていないようで、オーラの色に変化はない。
よし! これならなんとかなりそうだ!
元々化け物クラスの力を持つ三人なら、本気を出せば悪魔でさえ恐れるだろう。そんな三人が初めて戦士の目になった。その頼もしさはまるで天空騎士団が傍にいるような心強さだった。
「やっと捕まえた」
だがそんな心強さも、姿を現した乱入者を目にした瞬間吹き飛んでしまった……




