秘めたる力
リリア達の変身が完了すると、そのあまりに素晴らしい姿に早くその力を知りたくなった。それに二人も早く戦いたいような雰囲気を出していたはずなのに、ここに来てまた二人はああだこうだ言い始めた。
「ちょっと待って下さい。戦っても良いですけど、この体は軽すぎます」
体の軽さのどこに不服があるのかは知らないが、ヒーはかなり不機嫌そうに言う。
「軽い? あぁそれか。だからさっき言ったべ? 身体能力が強化されるって? その影響だよ」
「う~……」
よく分からないが、体が軽すぎる事に二人はため息のような唸り声を上げた。
「なんだよ? 体が軽いとなんか問題でもあんのか?」
「い、いえ……そういう……」
「あります!」
口籠るように納得しようとしたリリアに対し、ヒーははっきりと問題があると言った。これにはさすがの俺でも理解不能だった。
「どういう事だよヒー?」
「私達は多発性鋼化症という病気を患っています」
「多発性鋼化症?」
「はい。この病気は超人病と呼ばれる病気なんですが、あまりに危険すぎる病気の為、WHOが隠すほどの病です」
「え?」
どういう事? 危険なら公表して出来るだけ早く治療法見つけるのが当たり前じゃないの? 隠すってどういう事?
「危険の意味が分からないんだけど?」
「簡単に説明すると、私達の細胞は鋼鉄のように堅いんです」
「細胞が鋼鉄のように固い?」
「はい。本来なら徐々に体が鋼鉄のように硬くなり、最終的には肺や心臓までもが硬くなり死に至る病気なんですが、私達は何故か今のところ健全なんです」
「どういう事?」
ヒーが賢いのは分かったが、何を言っているのか良く分からん。
「つまり私達の体は、異様に丈夫で、常人を遥かに超える力を持っているんです」
「……つまり、ヒー達はプロレスラー並みに強いって事か? それなら尚更ラフに向いてるよ!」
なんというラッキー! 天属性と純粋な魂だけでも大当たりなのに、双子に加えさらにプロレスラー並みに強いと来れば、俺はもう神様への出世が約束されたようなものだ!
「よし! なら何も問題無いだろ? 早速その力を見せてくれ!」
「いえ。そこが問題なんです」
もう何なのこの子たち? 結局魔法少女にはなりたいけど戦うのは嫌っていうタイプなの? そんな甘い考えは通用しないよ?
「分かった、分かったよ。つまりヒーが言いたいのは、魔法少女にはなりたいけど戦うのは嫌っていう事だろ?」
「ち、違います! 私は別にそういう意味で言ってるのでは……」
「ならもう決めよう。戦わないっていうなら、チミたちの魔法少女は無し! 記憶を消して元の生活に戻してあげるから、アクセサリー返して」
折角見つけた原石だが、こんな我儘を言うのならさすがにラフとして育てるつもりは無い。残念だが諦めよう。そう思っていると、慌ててリリアが止めに入った。
「待って下さい! 私達は別に戦わないとは言ってません! だけどその……警察に捕まるのは……嫌なんです……」
この子ら何を言ってるの!? はっ! もしかして既に魔女の正体が元ラフであることを見抜いているのか!? まさかそこまでの逸材なのか!? ここは何としてでもラフになってもらうしかない!
「安心しろ。今いるこの空間はリンボって言って、現実世界とそっくりだけど切り離された空間なんだ。だからここには俺達以外の生き物はいないし、ここで起きた事は現実世界には影響しない。それこそ例え人殺しをしたって罪には問われない。なんたって神様がお願いしてるんだから」
「そ、そうなんですか?」
「そう」
今の子たちは本当に賢い。きちんと社会のルールを知り、破ればどう罰せられるかを理解している。俺も大分現代っ子を勉強したつもりだったが、まだまだのようだ。
「だから何も気にするな。なんたって俺は天使だぞ? 魔女からはお前らを守れないかもしれないけど、人間相手なら軍隊にだって勝てんだから」
「本当ですか?」
「あぁ」
これは虚栄ではない。こう見えても俺は天使。今現在いる全ての人間を相手にしても指先一つで転がす事が出来る。
「しかし本当に問題無いんですか?」
このリーパーという器が余程二人から信用を得ていないせいなのか、ヒーはまだ疑うように訊く。
「あぁ。いざとなったら俺がお前たちを守ってやるよ」
「車をひっくり返してもですか?」
「あぁ」
「民家を壊してもですか?」
「あぁ」
「土砂崩れを起こしてもですか?」
「あぁ」
「この町を焦土と化してもですか?」
「ダイジョブだって言ってんだろ! 何回聞くんだよ! って言うか焦土に出来るもんならしてみれや!」
「あ……すみません……」
ヒーって意外としつこい! あ、それはリリアも同じか……
途中からからかうような事を言いだしたヒーにさすがにキレるとこれが効いたのか、リリアが俺の味方をし始めた。
「ヒー。もうこうなったらやるしかありません! 私達は遂に夢を掴むことができたんですよ? 取っかかった船には迷わず乗れです! とにかくやりましょう!」
リリアって完全に天然だよね? 取っかかった船って何? 作ってんの?
「しかし……」
「もしこれで私達が捕まるような事になれば、私がリーパーをぶっ飛ばし、警察からヒーやお母さんを守ります! ですから、今このチャンスを私に預けて下さい!」
「リリア……」
全然俺もリーパーも信用無し。まぁでも、俺もきちんとした方法で声を掛けなかったのも悪い。
「どうする?」
「やります! 戦わせて下さい!」
二人にとって魔法少女という夢は、それほどのリスクを負ってでも叶えたい夢なのだろう。しっかりした返事をするリリアの瞳は強い光を放っていた。それを受けて、俺も少しは本当の事を話そうと思った。
「分かった。ただ、一つ謝らなきゃならない事がある。実はあの魔女とこの空間は俺が創った物なんだ。だからあの魔女は本物じゃないし、全然弱い。あ、でも、リンボは本物だから、さっき言った通りここで起きた事は現実世界には影響しないから安心して」
魔法少女や乙女パワーの事は、二人が変身した姿に喜ぶ笑顔が焼き付き、傷付けると思い言うのは止めた。しかしこいつらはそんな俺の優しさなど意にも介さずとんでも無い事を言う。
「そうでしたか。でも、あの魔女? ですか? あれが偽物なのはすぐに分かりました。ねぇヒー?」
「えっ!?」
「はい。出て来たときは驚きましたが、全く動く気配は無いし、何より臨場感がありませんでしたから」
マジで!? ならさっき軽トラ持ち上げようとしてたのはなんだったの!?
「あ、やっぱりヒーもそう思いました?」
「えぇ」
「私も小学生が作ったお化けかと思いました」
嘘つけ! お前は一番泡喰ってただろ!
「ま、まぁな。所詮あれは練習用だから、本気で作ってないもん。俺だって本気出せばあんなもんじゃないぞ」
「本当ですか~?」
くそっ、リリアめ! 馬鹿にしやがって!
「ほんとほんと。だって初めてラフになるお前ら相手に本気出したら大人げないだろ?」
「ま、まぁそうですね……」
「そうそう。力だってまだ使い方分からないし、パワーアップした体の使い方だって分からないだろ? それにいきなり怖い奴出したら、お前らビビるだろ?」
「え、えぇ……まぁ……」
「だからお前らでも簡単に倒せるように、弱くて簡単に作れる魔女を作ったの」
「へ、へぇ~、そうなんですか……ありがとう御座います……」
くそが! 天使様に気を遣わせるとは何という無礼な人間だ! 俺だって一生懸命やってんだよ!
「それにさ……」
「あの、リーパー、ちょっと良いですか?」
「え? 何?」
「もう分かったので、そろそろ行っても良いですか?」
「え? あ、あぁ……良いよ良いよ! どんどん行って!」
クソガキめ! こんな事ってある? 散々時間食っといてその言い草どうなの?
これにはさすがにカチンと来たが、今時の子は怒るとすぐ仕事を辞めるという情報を得ていた為、これ以上怒鳴る事は出来なかった。
「では最後にもう一度確認しますが、これから起こる一切の事で私達が警察に捕まる事は無いんですよね?」
「あぁ。責任は全部俺が取る。だからリリア達は魔女を倒す事だけに専念してくれ。お前たちが背負うリスクは、いつ殺されるかだけだ」
殺されるという言葉を出すと、今までお茶らけていた二人の表情に緊張が走った。
「分かりました。それが聞ければもう何も問題はありません」
いつ悪性化して死に至るかも分からない病気を抱え生きて来た二人には、既に死に対する覚悟は出来ていたのだろう。そう思うと、今までのふざけたような余裕のある態度には納得がいった。
「あっ、それと。もう一つ良いですか?」
死を実感したのか、先ほどのグチグチ言うような態度とは打って変わって、リリアが真剣な表情で質問する。
「なんだ?」
「あれはリーパーが作った練習用の魔女と言いましたよね?」
「あぁ。それがどうした?」
「なら、あれを倒してもまたすぐに別の魔女を作れますか?」
「え? まぁそれは出来るけど……なんで?」
ん? リリアは何が言いたいの?
「いや、あの~……折角ですから、練習として一人一人戦いたいんです」
「えっ!? 一人ずつ戦うの!?」
例え張りぼての疑似魔女だが、ラフになったばかりのリリア達が一人で相手をするにはかなりキツイものがある。しかしそんな事など知りもしないリリアとヒーは、お願いしますと言うように軽く頭を下げた。
「ま、まぁ別にいいけど……でもヤバイと思ったらすぐに止めるからな」
「はい。それでも構いません」
洗礼というにはあまりにも弱いが、ラフを舐めて掛かっている二人には丁度良い仕置きになると思い、認める事にした。
「では早速私から戦わせてもらいます! いいですか!」
「え? あぁ……どうぞ」
俺では例えリンボを支配していても意思のある生命体は作り出せない。その為疑似魔女は俺が操作しなければならない。そこでリリアには先ほど馬鹿にされた仕返しとして、ちょっと本気で相手をしてやろうと思った。
クックックッ……クソガキめ。光の属性を持っているからと調子に乗りやがって。地獄を見せてやる!
許可を与えると、リリアは嬉しそうにヒーとハイタッチして首と手首を回す準備運動をしながら魔女へ向かい歩き始めた。ただ、二人がハイタッチした瞬間、物凄い炸裂音が響き軽い衝撃波を受けた事に、何かが変だと気付いた。しかしそんな俺に待ったの声を掛ける間も与えずリリアが声を上げる。
「リーパー! 準備は良いですか! 行きますよ!」
「えっ? あ、ちょ……」
「よ~い、ドンッ!」
一瞬だった。本当に一瞬だった。リリアがよーいドンと言った瞬間、目の前でリリアが突然爆発して爆風と噴煙に襲われた。そして噴煙が晴れたときには、辺りは焦土と化していた……