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必殺☆技

「良いですか二人とも。打撃というのはただ拳をぶつければ良いというわけではありません。如何に力を分散させず伝えるかが重要なんです」

「なるほど」


 熾天使ながらラフとしてフィリアが加わった事により、翌日からリリア達二人の訓練法が劇的に変化した。

 フィリアはリリア達の管理をより確実にするため人間界に溶け込む事を選んだ。それは天使の鏡とも言える素晴らしさはあったが、どうやらリリアとヒーの毒気に侵されたようで、もはや誇り高き熾天使様の面影はなかった。


「そして力の分散とは相手に対してよりも打ち手側、つまり今はリリアとヒーちゃんの体の使い方が重要になるんです」


 長きにわたり人として生活してきたフィリアは、その中で人としての楽しみを覚えたらしく、何故か格闘技にハマったらしい。それは空手に始まり、剣道、ボクシング、柔道、合気道、古武術。果ては八極拳にまで渡り、今では独自の拳法を編み出し何故か奥義まで会得しているらしい。


「口で言うよりは先ずは簡単に会得が出来、接近戦において汎用性が高く、攻撃の起点として役に立つジャブをお見せします」

「お願いしますフィリア」

「お願いします」

「良い返事です」


 元々三人の間柄ではフィリアは教育者的な立場だったようで、今までなんとなく訓練していた二人にとっては良い仲間を得た。だけどなんか違くね? 俺ってボクシングの世界チャンピオンを育てる天使だっけ?

 それでも今までよりは効果的で成長が期待できそうな雰囲気に、ただ黙って見ているしかなかった。


「よく見ていて下さい」


 そう言うとフィリアは腰を落としファイティングポーズを取った。すると歳のせいかリリア達と同じラフの服装に気持ち悪いと思っていた姿が、まるでプロ格闘家の道着に見えるほど美しかった。これにはさすがに魅入ってしまった。


 え? あの人って熾天使だよね? 一体どんだけの歳月打ち込んできたの?


「では行きます」


 一瞬だった。フィリアの刻むリズムが止まった瞬間、手元から大砲でも飛び出したかと思うほどの爆音と衝撃が響いた。

 

「これがジャブです」


 ……あれはジャブじゃない。あれは必殺技じゃないの?


「おぉ! それを覚えればどんな敵も一撃ですね!」

「おぉ!」


 フィリアはリリア達に合わせ肉体を限界領域まで高めている。その為フィリアはリリア達とここまでの関係を築けた。だけどやっぱ違くね?


「いえ、違いますよリリア。ジャブはあくまで相手の鼻先を叩き、足を止める程度の技です」

「おぉ! さすがフィリアです! ジャブであの威力とはさすがは打撃の鬼!」

「また~。褒めても何も出ませんよ~」


 関係性としては管理する者とされる側のはずなのに、褒められたフィリアは嬉しそうに照れた。その姿は良き姉であり良き姉妹のようだった。でも違くね? って言うか違うわ!


「では早速やってみましょう! まず構えて下さい」

「はい!」


 恐らくフィリアはこの二人を見守るうち情が沸いたのだろう。出会ってほとんど間の無い俺でさえ、二人からは孤独という念を感じてしまうほどだから仕方が無いのかもしれない。楽しそうにする三人を見てなんだか切なくなった。そして、いくら粋という属性にして紫色でシックを取り繕うフィリアだったが、あの歳で太ももを出す姿には痛々しさを感じざるを得なかった。


「はい! はい! はい!」

「違います! 肘から先だけを打ち出す感じです! そして力を入れず、出すよりも戻す速さを意識して下さい!」

「はい先生!」


 この日、二人はジャブという必殺技を会得した。


              ――☆☆☆☆☆――


 打撃の鬼フィリアの加入により、連日二人はジャブの精度を上げる鍛錬に勤しんでいた。当然そんな訓練では天使力に関する上達は全く無く、俺としては次第に失敗だったんじゃないかというモヤモヤが膨らんでいった。


「……というわけです」

「と言われましても……」


 そんな俺の気持ちを察したのか、その日の夜フィリアが今後についての話し合いをしたいと訪れていた。


 熾天使様のお考えでは、先ずは二人の長所を伸ばすのが良いという御判断だった。どうやらもくそも、二人の超人的な肉体なら接近戦を好むファイター型が適当らしく、苦手な武器や天法を操る天使力の扱いに時間を割くより効果的だと言う。

 確かにあの二人には近距離パワータイプという言葉が似合うが、しかしそれは個人の話であってチームとしては難しい。というか、近距離パワータイプって普通女の子には使わなくない?


「でもそれだとかなり相手を選ばないといけなくなるぞ?」


 この頃には既にフィリアへ対する接し方にも慣れた。っというか、何故かは知らないがどうやらフィリアはリリア達には頭が上がらないようで、そんな二人が懐く俺には強く出られないらしい。俺はもしかしたらとんでもない子達をラフにしてしまったのかもしれない。


「そのために私がいるんじゃないですか?」

「いるって、フィリアはあくまでフリだろ? それは駄目だよ」

「フリでも一応ラフですよ? 基本戦いは二人に任せますけど、いざとなったら手助けくらいは良いでしょう?」


 フィリアが何故二人をファイター型にしたいのかは察しが付いていた。独自の拳法を編み出し熾天使の力を持つほどのフィリアなら、当然力試しをする相手はいなく、いつかは血と汗を流す戦いをしたいと望んでいる節がある。もうマジ勘弁して欲しい。


「駄目だよ。何より戦いってのはどんな大砲を持つかより、どれだけの事が出来るかの方が強いのは知ってるだろ?」


 戦いにおいて最も強いのは卒なく何でもこなす者だ。じゃんけんで言えばどれだけ強力なグーを持っていても、パーの前には勝てない。それならグーチョキパーの三つを使える奴の方が圧倒的に強い。

 もし二人をファイター型にすれば、最悪下位でも幻術を使う魔女さえ強敵となる。


「それはそうですけど……」


 武道を知るフィリアは、なんだかんだ言っても戦いの基本は心得ているようで、反論はしてこなかった。


「それに、今二人に必要なのは戦いうんぬんより負けを経験する事だ。アイツらはあの体のせいで負けの感覚を知らない」


 病ではあるが、リリアとヒーの生まれ持った肉体は勝利の約束が恩恵として付いている。その為今まで二人は全力で競った事は無いだろう。本当の敗北感というのは、全力を出して負けなければ得られない。


 そんな俺の言葉に、フィリアの眼つきが変わった。


「アズガルド。貴方はまだお二人を理解していないようですね?」

「ど、どういう意味だよ?」


 癇に障ったのかと思い緊張が走った。しかしどうやらフィリアの雰囲気が変わったのは、二人に対しての愛情から来るものだった。


「あの二人の人生は敗北の連続ですよ。恐らくリリアとヒーちゃんは人間としてならほとんど勝ち得たものなどありません。お二人と出会ってからアズガルドは、リリアとヒーちゃんが友達と遊んでいる姿を見た事はありますか?」


 それを言われてハッとした。二人は学校では別人のように暗く、同級生とはほとんど会話はしない。そして休み時間の僅かな時間でも心細そうにくっ付いていた。それでも虐められているような感じも無く、帰って来ると元気にしていた二人に、まだ馴染んでいないのだなと思っていた。

 だがフィリアの言葉に、俺は二人の表しか見ていなかった事に気付かされた。


「……いや」


 ラフとしての二人の才能と直向きな性格はあまりにも眩しかった。そんな輝きから俺は初めから二人をラフとしてしか見ていなかった。


「戦闘という意味では二人は敗北を知りません。しかし二人は、人生という戦いでは土俵に上がる事さえ叶わない負けを知っています。アズガルドは二人が常に自分に自信がないのは知っていますよね?」

「あぁ……特にヒーは酷い……」


 人見知りも時折見せる馬鹿にしたような謙虚さの源はそういう事だったらしい。二人は本気で自分たちは他より劣っていると思っている。


「だからアズガルドが簡単に二人をラフに出来たんですよ。あの二人は常に新しい温もりを求めています。それは自分たちの為だけでなく、自分たちを愛する者も含め輪を広げ、よりたくさんの笑顔を作りたいという想いからなんです。二人がラフを受け入れたのは、魔法少女という夢ではなく、アズガルド、貴方という新しい出会いを受け入れたからなんです」

「そうだったんだ……」


 初めて二人に出会った時、突然のリンボにも魔女にも慄かなかったのは、恐怖すら抑えこむ喜びがあったからだったのかもしれない。そう思うと……あれ? でもあの時俺リーパー君として会わなかったっけ? ……そうだよ! だから未だにリーパーなんだよ俺!


「二人が魔法少女に憧れ夢見たのは、そういう想いから来ているんです。だからアズガルド……」


 あ、完全にフィリアのスイッチ入っちゃった。どうしよう……


「貴方はこれからは二人をラフとしてではなく、五十嵐理利愛と五十嵐妃美華として見てあげて下さい」

「……はい」


 あ、終わった? フィリアならもっとネチネチ来るかと思ったけど意外とサッパリ系なの? 


「そういうわけですので、先ず二人に必要なのは勝ちという自信です。そこで私に考えがあります」

「え?」


 え? まさかの雪崩式? フィリアってもしかして話術も鬼なの?


「今現在お二人は物理攻撃が通用する相手にしか勝ち目がありません」


 あ、なんかヤバイ。これ絶対持って行かれるパターンだ!


「しかし打たれ強さという面では、物理攻撃に限り負ける要素はゼロです」


 なんとかして隙をついて拒否しなければヤバイ!


「そこで!」

「ちょっと待ってフィリア。二人の教育方針は後で良いから、先ずは俺がどうアイツらと向き合って行けばいいか整理させて」

「え? それは私が帰った後ででも考えて下さい。今は自信です!」


 とうとう感情論まで入れ出して来たよ! こいつ打撃より口撃の方が上手いよ!


「いや、まぁ、そうだけど……だけど別に急ぐ必要は無いだろ?」

「ありますよ。二人は今成長期ですよ? 特に心だって柔らかく、今基礎を養ってあげなくてはいけない時期ですよ?」

「いや、そうだけど……」


 よし! こうなったら聞くだけ聞いて全力で拒否しよう! クロスカウンターで勝負だ!


「じゃ、じゃあ。フィリアの考えはなんなんだよ?」

「フッ……それはですね」


 こいつ今勝利を確信して間違いなくニヤッと笑ったよ! こいつ本当に熾天使かよ!


「自信を付ける最も有効な手段は、圧倒的な壁を乗り越える事が必要になります。それには強敵が必要になります。そこでこいつです!」


 そう言うとフィリアは俺に念視を送り、ある魔女の情報を見せた。


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