熾☆天☆使
フィリアを何とか手懐けいよいよ力を与えるチャンスが訪れた。これでやっと全てがまとまると安堵し、いつも通りフィリアの頭に手を当てた。すると突然白く大きな翼のイメージが頭に流れ、次の瞬間には手を置くフィリアが触れてはいけない存在なのだと本能が察した。
熾天使。三対六枚の翼を持つ最上位の天使で、ほとんど神様と変らぬ存在。しかしフィリア……この御方から感じ取った翼のイメージは五対十枚! もし本当に俺が感じ取ったイメージが本物なら、この御方は三大熾天使様の一人!
予期せぬ事態に何が起きているのか不明だった。そんな中あちら側からのコンタクトで身の毛がよだった。
“今はお二人の前故、他言無用です。詳しいお話はお二人が寝静まった頃にでも致します。後はこちらで上手く取り繕いますので合わせて下さい”
天使の俺に対しての逆流でのコンタクトにより、間違いなくこの御方は本物だと分かった。しかしあまりの恐怖に、すぐにでも離さなければならない手を動かす事すらできなかった。
「おぉ! これがラフという力ですか!」
力も何も与えていないが言葉通り後の処理を請け負ってくれるのか、熾天使様はそれらしい反応を見せた。
「やりましたねフィリア! これでフィリアも魔法少女です!」
「おぉ! フィリア、早速変身してみましょう!」
「え? えぇ……でもどうやって変身するんですか?」
「それはですね……」
何も知らない二人は新たな仲間が増えた事に喜び、親切丁寧にラフについて教えていた。だがまさかの事態に陥った俺は混乱状態だった。そのせいでその後どうやって夜を迎えたのかさえろくに覚えていなかった。
――☆☆☆☆☆――
二人が寝静まり、時刻は午前二時を回った頃だった。普段ならせっせと床を掃除しているのだが、昼間の件もあり緊張して待機していた。すると約束通り熾天使様から連絡があったのだが、何故か向こうから出向いて下さった。
「お疲れ様です。アズガルド」
「お、お疲れ様です」
階級社会である天使にとって、まさかの出迎えは相当緊張した。熾天使様が一体何をお望みになっているのかさえ分からない状況では、恐怖心しかなかった。
「そ、それで、あ、あの~……」
「あ、フィリアで良いですよ。何より私に対して敬語などは使わないで下さい」
「い、いや、しかしですね……」
「私にはあくまでアズガルドの育てるラフとして接して下さい。でなければお二人に悟られる可能性があります」
熾天使様はかなりの御無茶をおっしゃられる。
「そ、そう言われましても……」
「なんですか? もしかして逆らう気ですか?」
「い、いえ! 滅相もありません!」
ど、どうすれば良いの!? 俺何か悪い事した?
「ではリリアとヒーちゃんと同じように接して下さい」
「は、はい」
「違いますよアズガルド?」
「あ……わ、分かっ……た……」
「それでいいです」
あ、俺もう天使辞めよう。
熾天使ともなれば、俺程度の天使が面を合わせるだけでも失礼になる。しかし熾天使……フィリア、様はそんな些細な事などお気になさらず寛大にお許しになられる。もしかしたら俺はこう見えてかなり恵まれた天使で、神様への将来が約束された存在なのかもしれない……いや絶対そう! じゃなきゃこんな事ってあり得ないよ!?
「そ、それで、何故フィリア様……」
様を付けた途端、フィリ、熾天……フィリアの睨みが炸裂した。それでもうどっちに転ぼうが逃げられないと悟り、俺は神になる存在だと腹を括る事にした。
「何故フィリアは……こんな所にいるん……いるんだ?」
熾天使様は満足なされたようで、良く出来ましたと小さく頷いた。
「あの二人の病気ですよ」
「あの多発性何とか病のです……病気がか?」
クソッ! これってパワハラじゃないの?
「はい。あれはあまりにも危険な病気の為、私が二人を保護……守護しているんですよ」
「二人? 三人じゃなくてですいや、あのリーパーという青年は違うんですか? じゃなくて、三人じゃなくて?」
これしばらく大変だわ。
「え? あ、あぁリーパーもそうでした……ハハハハハ」
え? 絶対何か他にも隠してるよね? 聞けないけど……
「そ、そうなんですか?」
「ん!」
「あっいえ! そうなんだ……ハハハハハ……」
めちゃめちゃ厳しいんですけど!
「まぁそういうわけで、私は多発性鋼化症を患う患者をこの町に集め、管理しているんです」
「へ、へぇ~……で、でも、それって熾天使様じゃなかった、フィリアクラスの天使様がする事なんです、する事なの? フィリアって熾天使様なんだろ?」
「はい。でも今は違います。正しくは元です」
「元?」
「えぇ。だから今は天界とは繋がっていませんし、権力も地位なんてものもありません。そんな私にリーパーが敬語を使うのはおかしいでしょう?」
「え、ま、まぁそうかもしれないけど……でも元の意味が……」
天使で元という事は、天界から追放された堕天使か罰によって地上に落とされた罪人くらいしかいない。しかしフィリアはそのどちらにも当てはまりそうにない。
「気になります?」
「そ、そりゃそうだよ。まさか堕天使ってわけじゃないだろ?」
「まさか? それだったら今頃リリア達を使って地上を滅茶滅茶にしてますよ」
それはマジで怖い。あんなのを集められて暴れられたらハルマゲドンが起きてしまう。
「ただ今は天界とは違う組織の天使とだけ思ってくれればいいですよ」
「え? 違う組織? そんなのあるの?」
「あるんです! とにかく、私はお二人の守護天使という立場だと理解していればいいんですよ! 分かりましたか!」
「は、はい!」
熾天使様の力技が出た以上、なんかヤバイ空気しか感じないけどこれ以上聞けなかった。
「それでも安心して下さい。別に私達は天界に反する存在でもないし、ラフとしてはきちんと仕事はこなします」
「は、はぁ……?」
「ただ、私の場合は人としての仕事がありますから、都合によっては訓練には参加できない時間があります。その辺はご理解して下さい」
「え? 仕事って?」
「役場の仕事ですよ」
「え?」
え? あれ? フィリアって何歳なの?
「あ、あのさ」
「はい?」
「し、失礼ですけど、人としての年齢はおいくつなんですか?」
「え? 聞いてません? 二十四です」
「…………」
ニズウ四!? 普通にラフの適齢期終わってんじゃん!? すっかりリーパーの事で忘れてたけど年齢聞くの忘れてた!
「何か問題でもありました?」
「い、いえ……」
ま、まぁ熾天使様だし、女神様だって許してくれるよね?
「それと、しつこいようですが絶対に私が天使だとは誰にも言わないで下さいよ。もし喋れば殺しますよ」
「は、はい!」
「では今日はこれくらいで帰らせて頂きます。また何かあればいつでも声を掛けて下さい」
「はい!」
最後に出た殺すぞは正に戦慄だった。それでも帰り際寝室で眠るリリア達の顔を見て優しい笑みを見せたフィリアの表情は、まるで母親のような愛情を感じさせた。
こうして新たな仲間としてフィリアが加わった。だけどやっぱり類は友を呼ぶらしく、フィリアも五十嵐病に毒されていた。




