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事実と幻想

 ”青空に高く伸びた入道雲の隙間を縫って顔を出す太陽はギラギラ輝き、広い畦道には沢山の蝉の鳴き声が響く。周りには緑豊かな田んぼが広がり、行き交う人や建物は皆どれも現代から程遠い装いをしている。”


 ”六畳ほどの部屋は畳が色あせ、襖扉は随分と草臥れている。部屋にはテレビは無く、様々な年齢の子供たちは絵をかいたり折り紙をしたりと、静かに遊んでいる。”


 ”学生服を着た青年が敬礼をしている。足元には二つの大きな鞄があり、肩にも古汚い鞄を掛けている。そんな青年に家族が応える。しかし子供たちは喜んでいるが、何故か女性の大人たちは涙を流している。”



 ”またここで記憶が途切れた。誘眠の魔女の記憶だろうが、まともな消滅ではないため断片的な記憶しか届かない。”



 ”玄関先で二人の老いた女性が泣いている。訪問者は逆光で誰かは不明だ。そしてそれを見ているキヨも泣いている。


 ”仏壇に写真が増えた。学生服を被った随分と若い青年の写真だ。黒ぶちの額の中の写真は白黒で、映る彼自身も緊張しているのか表情が硬い。


「よくやった。お前はほんに偉い子じゃ」


 横でそういう老婆だったが、その顔は涙のせいもあり皺くちゃだった。”


 

 恐らくキヨは大戦時代にラフになった。そんな年月と浄化されるかのように綻びる魂の破片がはっきりとした記憶を届けていなかった。そのせいでこの記憶が届いているリリア達は何が起きているのか理解出来ていないようで、目を大きく見開き一点を見つめていた。


 

 ”また青年が敬礼している。そしてまた同じように女性が泣いている。だが今度は子供たちまでもが暗い顔をしていた。それでも皆頑張れと拝んでいた。そしてまた、玄関先で泣く女性の後姿が見え、写真が増えた。”


 ”紙で作ったような歪な人形を抱えた幼い女の子が二人泣いている。キヨが目線を上げると今度は三人の少年が敬礼していた。しかし今回は誰一人送り出すような雰囲気ではなく、全員が別れを惜しむように抱きつき泣いていた。”

 

 

 愚かな人間が戦争を起こし、勝手に死んでいくのは俺にとってはどうでも良い話だった。だが実際キヨの記憶を見ると、こんなにも心痛いものだとは思わなかった。

 それでもキヨの記憶は流れてくる。



 ”次に見えたのは綺麗な星空だった。暗い記憶ばかりで嫌になっていた俺にはとても清々しい景色だった。

 横には三人の少女がいて、どの子も皆穏やかな笑顔で星空を眺めている。どうやらこの三人はキヨと共にラフになった仲間のようで、小さな鼠が天使の器なのだろうかキヨの手の中で木の実を食べている。


 星空は現在よりもはっきり見えとても美しかった。視線を落とすと低い建物が集まった町が見え、少ない明りだが風情があった。だが突然空から風切り音が聞こえると花火のような爆音が響き、小さな町は空をも赤くするほど真っ赤に染まった。”

 

 記憶が飛ぶ。


 ”明るむ空の下未だ煙を上げる瓦礫の町をキヨが息を切らして走る。あちこちには破片と混じり黒ずんだ人体の一部が転がる。


 キヨが懸命に瓦礫をかき分ける。既に手は傷だらけだが煤で黒ずみ見分けが付かない。瓦礫を持ち上げると中にはまだ赤い炎が燻っているものまであり、何とも言えない悪臭が漂う。それでもキヨは痛みなど忘れ一心不乱に何かを探す。

 そしてその中から見覚えのある布切れを見つけ瓦礫を除けると、もう人とは呼べない色をした亡骸が二つ出て来た。その下には二人の小さな女の子だと思われる亡骸もあった。

 これを目にした瞬間、キヨの視界が徐々に黒く染まり始め、最後には全て塗りつぶされた。”



 キヨが何を求めラフになったのかは分からない。だが何故咎落ちしたのかはなんとなく理解した。

 時代と共に咎落ちする理由は変わるが、キヨには、いや、その時代を生きた全ての生き物を思うと、同情すら感じてしまった。


 そんな辛い記憶の中だった。これで終わりかと思っていると突然今までとは全く違う記憶が流れ込んできた。



 ”満開の桜が咲き誇る通りには幾つもの屋台が並び、食欲を誘う香りを漂わせる。陽気も正に花見日和で、多くの人で賑わう。


「ねぇねぇお姉ちゃん。早く行こうよ」


 いつの間にか手を繋いでいた二人の少女がキヨを急かすように腕を引っ張る。


「ねぇ早く行こう。おっ母たち待ってるよ」

「え?」

「ほら早く~!」”


 キヨの記憶のはずなのに、何が起きているのか分からず戸惑う姿に、これはラクリマ達の幻術なのだと分かった。


 浄土。バルキュリーのように消滅させる力ではなく、魂を洗い別の一部に変換させる救いの力。

 再び生命として転生するのは極めて難しいが、何者かの細胞の一部として生を享ける機会を与え慈しむ極上の愛。

 

 争いを嫌い慈愛とまで言われるアークエンジェルを目指したラクリマ達が、今まで魔女を討伐して来られたのはこういう事だったらしい。


 

”「早く~早く~!」


 幼い妹たちに手を引かれ進むキヨは、この光景に幻術の奥へと誘われ、歩は軽く笑みが零れだす。

 五感にまで浸透したラクリマ達の力は桜の匂い、香ばしい屋台の匂いを全身に運び、賑やかな音は視界に移る全ての色を鮮やかにする。そして遂には握る妹たちの手の感触は魂にまで届き、汗ばんだ感触がこそばゆさを刻む。


「おっ母来たよ~! おはぎまだある~!」


 妹のその声が、キヨの前に花見をする家族を描く。


 赤い敷物に家族全員が重箱を前に和み、やっと来たキヨを見て笑う。父は既に立派な朱の盃で酒盛りを始め、いたずらで飲もうとする兄弟たちは祖母に怒られている。所狭しと置かれている料理は、赤飯、焼き魚、煮物など絢爛豪華。キヨの大好物のおはぎまである。


「ほらキヨ、早よ座りなさい」


 母が言う。


「で、でも……こんな贅沢して良いんか? まだ戦争中じゃなか?」

「なにさ言ってるんだ? お国が勝ったんだから贅沢しとるんじゃ」

「ほ、ほんとけ!?」

「何さ言ってるんだかこの子は? とにかく早よ座りなさい。皆キヨば待っとったんよ」


 キヨはここで完全に幻術に落ち、腰を下ろした。しかしその幻術はとても愛に満ちたもので、家族団欒の中笑うキヨは、幸せだった。”


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