釘☆バット
ピンクの特攻服に身を包み、掲げる御旗と袖丈には宇餌亜狼の文字。黒いマスクは個性溢れる髪色をより際立たせ、お持ちになられる代物は荒々しい。
そんなまさかの装いに、俺達は固唾を飲んだ。
「初めまして~、私は~チームウェアウルフの~総長~、イルで~す」
天使イルは、おっとりした性格で口調も緩い。だが頭も緩く、そんな彼女は完全に怯えているリリア達を前にしても何も感じないのか平然と自己紹介を始めた。
「あ……ああ……」
リリア達は明るく人懐っこいが、さすがにこのような輩には太刀打ち出来ず声を詰まらせた。実際俺だってこの変化にはビビるほどだから仕方が無い。
そこで一旦状況を整理するため、立て直しを掛けた。
「ちょっと御免イル! 悪いけどちょっとだけ俺達に時間くれる?」
「え~? 良いですよ~」
「あ、ありがとう。き、君たちもちょっとだけ待ってて」
イルの躾が良いのか、俺が声を掛けるとイルのラフ……多分ラフ達は分かったと軽く頭を下げた。
それを確認するとすぐさまリリアとヒーを連れ、イルたちから離れた。
「リ、リーパー! ほほほほんとにあの人たちで間違いないんですか!?」
「声がでけぇよリリア! とにかく一旦落ち着け! 俺だってパニックなんだから!」
「二人とも落ち着いて下さい! 声が大きいです! もし聞かれたら大変な事になりますよ!」
「ヒ、ヒーも落ち着け! とにかく落ち着け! まずセントラルに来れたからにはラフであることは間違いない」
「ラフって!? ラフって魔法少女の事じゃないんですか!? あ、あれはどう見ても……どう考えても魔法を使える人たちには見えませんよ!」
「多分、多分あれはラフの格好じゃない! あれは多分堅牢の魔女を倒したほどのお前達に舐められないよう、敢えてああゆう格好で来ただけだ! じゃなきゃおかしいべや? 釘バットなんて普通武器になんて選ばないべや?」
「そ、それはそうかもしれませんが……釘バットも一応武器ですよ……」
「それは武器じゃなく凶器って言うんだよ! 多分コスプレ好きの子たちなんだよきっと! だから多分本当は普通の人だから一回落ち着け!」
俺達大パニック!
長年ラフを育てて来た俺でもあそこまで破天荒な子たちは初めてだ。今までリリア達は断トツでイカれたラフだと思っていたが、どうやら世というのは途轍もなく広いらしい。
「で、ですがリーパー。仮にそうだとしてもラフには必ず天使が付いているんですよね? なのに何故あの六人には天使がいないんですか?」
イルはある人形を器として選んだ。その人形はとても精密でヒーはそれを人間と思い込んだようだ。ただその人形は性具の一種で、説明を求められるとかなり困る。
「さ、さっきイルって言った奴がいるだろ? あ、あれが天使だよ」
「ええっ!? で、ですが、あの人はどう見ても人間ですよ? も、もしかして死人の体を利用しているんですか!?」
天使は例え生き物でも器として支配する事が出来る。しかし人間だけは複雑な知能と精神を持つため、生きた人間を器として長時間使用すると拒絶反応を起こし死んでしまう。それは二人にも教えてあるため、賢いヒーは慄くような反応を見せた。
「ち、違うよ! あれは人形だよ!」
「人形!? …………本当ですか!?」
「ホントだよ!」
人形と言われ確認するようにイルを見た二人だったが、姉妹揃って同じ反応を見せて驚いた。
「で、でも全然人形には見えませんよリーパー!?」
多分リリアはお菊人形でもイメージしてしまったのか、手をわなわなさせ始めた。
「今の人形はかなり精密な物もあるんだよ。だから幽霊とかじゃないから安心しろ」
「精密って言われても……あんなにリアルな人形なんて誰が必要とするんですか? あんなに大きかったら部屋にだって飾れないし、それこそ椅子とかに……あっ! そういう事ですか! 防犯用の人形という事ですか!」
「え? あ、あぁ……まぁそんなところ……」
防犯であんな手の込んだ人形など誰も作らないだろう。それでもあの人形の本来の使用方法を教えるわけにもいかずそうだと答えた。
「とにかくそういう事だ。天使のイルがああいう感じだから、多分彼女達はコスプレイヤーなんだと思う。俺が挨拶に行った時は普通の女子高生の格好だったし、あの白い髪の子いるだろ?」
「え? あの背の低い人ですか?」
「あぁ。あの子はアルビノっていう病気らしいんだ」
「アルビノってあの全身が白くなる病気の事ですか?」
「あぁ」
アルビノは良く分からんが体が白くなる病気らしい。どういった症状なのかはよく分からんがそうらしい。
「だからあんな格好はしてるけど、暴走族じゃないはずだ」
先天的な病を患うリリア達なら、必ず彼女達と打ち解け合えるはずだ。っというか、もうここまで来てやっぱり止めるは出来ない! とにかく形だけでも見学を取り繕わなければ、後で彼女達に絡まれそうだ。しかしここでリリアが正論を言う。
「病気と暴走族は関係無いじゃないですか!」
そりゃそうだ。しかしこのままでは非常にマズイ!
「で、でもよ。一応見学をお願いしたのはこっちだし、今さら止めるとは言えないだろ? もし本当に彼女達が暴走族の方達なら、それこそ後でお宮参りだっけ? なんかそんなんで学校とかに来るぞ?」
この発言にリリア達の表情が凍り付く。
「で、でも……もし怒らせたら私達ボコボコにされますよ……」
それは絶対無い。リリアの言うボコボコがボコボコ殴られるの意味ならあり得るかもしれないが、ボコボコにするの意味なら、するのはリリア達の方だろう。
「そ、それは無いから大丈夫だ。お前らならあの釘バットで殴られてもバットの方が折れる」
それを聞いて二人の表情がパッと明るくなった。
「そ、そうですよね! 私達ならあんなヤンキーには絶対負けません! 行きましょうヒー! 道を踏み外した彼女達に正義が何かを教えましょう!」
「そうですねリリア! 私達は常に正しく生きようと心掛けてきました! そんな私達なら絶対に負けません!」
「そうだ! その意気だお前ら! 健全な魂は健全な精神に宿る! 道を踏み外したアイツらに目に物見せてやれ!」
「はい!」
生き物は危機を迎えたとき、どのようにそれを切り抜けるかで真価が問われる。命を愛し命を常に考える故、生き物との触れ合いに恐れを抱く二人なら、どんな困難も乗り越えられる。
全く思ってもみなかったラフの登場に完全に困惑してしまった俺達は、本来の見学という教えを乞う立場をすっかり忘れ、何故か戦意を漲らせて見学へと向かって行った。が、そんな展開にはならなかった……