原石
――舞子達を失ってから数年。
俺は新たなラフ候補を探し各地を転々としていた。しかし文明が進み、社会基盤も確立された現代の世ではなかなか舞子達のような輝きを放つ少女を見つけることは出来なかった。いや、正確に言えば、舞子達を失ったショックと、あの輝きを知ってしまった事が起因して、以前なら胸躍らせてスカウトしていたような少女を見つけてもなかなか声を掛ける事が出来ずにいた。
当然そんな俺は他の天使たちから、サボり魔だとかやる気がないだのと陰口を叩かれ、遂には女神様からも「いい加減にしないと私も庇いきれません」と叱責を受けた。
それでも心に受けた傷は大きく、未だ器も持たず逃げるように都会を離れ、無気力に田舎に落ち延びていた――
――長い冬が終わり、アスファルトが顔を見せた。沿道には既に雪は無く、山裾や雪捨て場に固められた雪たちが冬の名残を残す。草木も春の訪れに緑を付け始め、街行く人々はようやく厚手のジャンパーを脱ぎ始めた。そして本当にどうかは分からないが、かじけ猫たちも姿を現すようになり、いよいよ春がやって来た。
ぽかぽか陽気の空色。新緑の香。小鳥たちが歌い、道道を時折走る車のエンジン音が長閑さを伝える。そんな穏やかさが未だ傷心した俺に活力を与えなかった。
北海道のある田舎。彷徨い歩いた俺が行きついたのは、山に囲まれた小さな田舎だった。昔は炭鉱で栄えマンモス学校まであったこの町だが、炭鉱の閉山により今では電車も無くなり、高齢化が進み過疎化していく一方の町だった。
そんな寂れた町が俺の心境を捉え、無駄に三か月同じ場所で道道を眺めさせていた。
そんなある日。いつもと変わらず呆然と行き交う車を眺めていると、少女が楽しそうに会話する声が聞こえて来た。もうラフを探すつもりなど無い俺だったが、習慣として見に付いた癖はなかなか抜けず体が勝手に目線を送った。しかしその声の主を見た瞬間、今までの鬱が嘘のように吹き飛んだ。
「では札幌にしましょう!」
「そうですね。ですがリリア。お母さんがなんて言うか」
「もう私達はピチピチの女子高生ですよ? お母さんも何も言わないはずです!」
小柄な体格、幼い顔、声音。ショートカットとポニーテールという髪型の違い以外は瓜二つの二人の少女は、敬語で会話するがどう見ても双子にしか見えず、会話の内容と張りのある真新しい制服から、今年から高校生に上がったのだと分かった。
そんな二人からは透明度の高い魂の波長を感じ、とんでもない事に光と闇という輝きまで放っていた。
生物にはそれぞれ特有の属性があり、特に人間は個々によって様々な属性を放つ。ほとんどの人間は火や水などの五大属性を持ち、その上位に灯や雨などの然属性が存在する。しかしさらにその上に天属性という超レアな属性が存在する。それが今二人の少女が放つ光と闇だ。
天属性は神力に通じ、天使でもその力を持つ者はエリートと呼ばれるほど強力だ。そんな力を持つ人間が二人も、その上光と闇! さらに魂まで清らかと来れば、鬱積など影すら残らない!
だがしかし、これはもう是が非でもスカウトしようと、より少女たちを詳しく調べると、二人は病を患っている事が分かった。俺は病や怪我に対する知識や力などは一切なく良く分からないが、魂にまで干渉するほどの病は、恐らく先天的なもので不治の病なのだと思った。それが逆に彼女達への想いを募らせた。
先天的な病を患う者は魂の汚れが少なく、純度も高い。そして希少な力を持つ者が多い。それは力の代償なのか育つ環境のせいなのかは知らないが、ほとんどがそうだ。きっと神様なりの調整なのだろう。
とにかく千載一遇の出会いに、なんとしてでも彼女達をラフにしようと作戦を考えた。
俺は今まで数えきれない少女達をラフにして来た。だがそれに比例して何倍もの数の少女たちを逃がしてきた。どの時代の少女たちも、「君は女神さまに選ばれた。さぁラフとなり戦うのだ」なんて言っても気持ち悪がるからだ。中には「うん分かった! 私が世界の為に戦う!」なんて言って即答してくれる子もいたが、そういう子は稀だ。っというか、今考えればそっちの子の方が頭がおかしい。あ……舞子もそうだった……
そこで、研究に研究を重ね最も成功率の高い戦術を取る事にした。名付けて魔法少女作戦。
現代においてアニメというのは人間に多大な影響を与えて来た。それを利用してスカウトするという物だ。多少の誇張や言葉の置き換えはあるが、モテない俺が辿り着いた先がこれだった。
早速作戦が決まると、次に目ぼしい器を探すため辺りを見渡した。この作戦に置いて俺が入る器はとても重要で、これを間違うと少女たちは恐怖して逃げるか破壊しようとして来る。だから決して小動物などを選び、安易に人間の言葉で語りかける事などしてはいけない。しかし田舎が災いし、有るのは暇を持て余したオヤジがこさえた気持ち悪い木のオブジェか、置き物なのか放置されているのか分からない汚い人形しかない!
このピンチに使いたくなかったが取って置きを狙い、少女達が鞄か携帯に付けているストラップを狙った。しかし彼女たちは育ちが良いのか校則が厳しいのかは知らないが、そんなチャラチャラした物は一切身に付けていない! 親は何をやっているんだ! 子供にはもっと悪さを教えなければいけないぞ!
本来なら時間を掛けて慎重に行動すべき所なのだが、あまりの逸材に誰かに取られてしまうのではないかという思いに駆られた今の俺には、余裕は無かった。
あの意味の分からない海にある赤いブイか! いや駄目だ。あっちの害鳥よけのムービングウィングか! ……あれではぐるぐる回るだけだ! ならもういっそ小石で行くか! ……チックショウ! 田舎でもファンシーな物くらい外に置けよ!
絶望。正に絶望だった。地獄に天から降りて来た光輝く蜘蛛の糸は、俺の為には降りて来ていなかった。そんな中、少女たちの進行方向からやって来た一台の小汚い軽トラックが少女たちの横で止まり、運転していた男性が声を掛けた。どうやら男性は少女たちと親しい関係らしく、楽しそうに会話を始める。それを見て、これだ! と神が降りて来た。
男性は町場の土木作業員か何かで、汚い軽トラに発電機やらスコップやらを載せ作業服を着ている。器として使うにはあまりにも適当ではないが、たまたま移動中に彼女達を見つけて声を掛けるほど親しいのを見て、あのパターンにすることにした。
勝機! 正にそう思えるチャンスに、すぐさまリンボを展開した。
リンボは、天の力を持つ者が支配する空間の事で、その場をそっくりそのまま別次元へと切り離した空間だ。天使である俺は魔女ほど広く空間を支配することは出来ないが、彼女達を説得させる演出としては十分だ。
リンボを展開した事により時の流れが変わり、光の波長が変わる。そしてそれと同時にノイズが消える。この異様な変化に彼女達は予定通り気付き、驚いたように辺りを見渡した。
それを確認すると、次は疑似魔女を作った。とは言っても、俺が作り出せる魔女など新米ラフ程度の力しか無く、大きくすればするほど張りぼて同然となる。しかしここは出来るだけインパクトが重要なため、より凶悪で魔女らしい形をイメージして、強さや重さなど度外視して大きな魔女を作った。
すると禍々しく、二階建ての民家よりは大きな魔女は出来たが、全く威圧感が無くまるで発泡スチロールで作ったかのような軽い物になってしまった。だが……
「あれは何ですかヒー!?」
「わ、分かりません……とにかく一旦逃げましょう!」
落ち着いて見れば何の危機感も抱かない風船魔女だが、リンボと間髪入れずの魔女が効いたのか、少女たちは見事に策にハマってくれた。と思ったのだが……
「あっ! リーパーが居ない!? ヒー! リーパーは何処に行ったんですか!?」
「分かりません! もしかしたら私達を置いて先に逃げたのかもしれません!」
「そんなまさか!?」
余程純粋な双子なのだろう。この窮地でも軽トラックに乗っていた男性の心配を始めた。
「くぅ~! どうしますかヒー! もしこのまま私達まで逃げて軽トラが壊されでもしたら、リーパーは首になってしまいます!」
「くっ! なら私達で動かして、安全な場所に移動させましょう!」
そこ~! この子らパニックになってんのか冷静なのか良く分からん!
ヒーと呼ばれる方の提案を受けて、もう一人の少女は運転でもする気なのか、何故かそ~っと車のドアを開け乗車しようとした。すると、
「ちょっと待って下さいリリア! リリアは運転免許を取得していませんよ! それは犯罪です!」
ええっ‼ 今そこに拘るの!? この子らってもしかしてヤバイ類なの!?
「そうでした! なら持って行きましょう!」
「はい!」
えええっ‼ 持って行けんの!? 軽トラだよ!?
もうパニックを通り越して現実逃避しているのだろうか、少女たちは無茶な事を言いだし、本当に軽トラを持って移動させる気なのか前後に分かれた。それを見て、さすがにこのままにしていてはスカウトもクソも無くなると思い、すぐさま隠しておいたリーパーと呼ばれる男性を使い、作戦の最終段階に入る事にした。
「ヒー! ちゃんと壊れない所を持ちましたか!」
「はい!」
「では私の掛け声でゆっくり持ち上げますよ!」
「はい!」
本来ならこのリーパーという名の彼を使い、「実は俺は女神様の使いなんだ。俺はずっと魔女と戦える魔法少女を探し求めていた」とか言って、ニヒルな彼を演出する”実は作戦”を考えていた。だが彼女たちの方も既に最終段階に入っていたようで、軽トラが壊れないよう慎重な打ち合わせを終え、いよいよ「せぇーのっ!」という声を上げ始めたのに慌て、もう作戦もへったくれも無く飛び出した。
「お、おいっ! お前らちょっと待て!」
「あっ、リーパー!」
声を掛けると少女たちは直ぐに軽トラを持ち上げるのを止めた。しかしその頃にはちょっとだけサスペンションが伸びていて、俺に気付きすぐに手を離すと軽トラがその弾みで揺れた。
火事場の馬鹿力を発揮したのだろうが、危うくラフにする前に腰を破壊する所だった。
「どこに行ってたんですか? 車を失くしたら、リーパー首になっちゃいますよ?」
今までこの作戦を数多くの少女に仕掛けて来た。しかし軽トラを持ち上げようとか、そのせいですっかり魔女を忘れて、ヒーじゃない方の子のように叱りつけてくる子は一人もいなかった。
「そんな事よりリリア、とにかく逃げましょう。リーパーも無事見つかった事だし、軽トラを使って逃げましょう」
後ろを担当していたヒーという子も凄い。声には一切動揺は無く、「せっかくだから軽トラで買い物でも行こう」的に言ってきた。さすが闇の力を持つだけの事はある。
「そうですね! ではリーパー。申し訳ありませんが、私達を家まで送って行って下さい」
趣旨変ってる! この子らパニックを通り越しておかしくなってるのか、ただ単に馬鹿なのかどっちなの!?
「ちょっと待って! じ、実はさ、俺は女神様に使える天使なんだよ! それで実はあの悪魔を倒せる魔法少女を探してるんだよ! だからその、お前、じゃなかった。君たちはその魔法少女に選ばれたんだ!」
「……はぁ?」
くそが! 完全に動揺しちまって自分でも何言ってんのか分かんねぇよ! もう悪魔とか言っちゃったよ!
「落ち着いて下さいリーパー。こういう時こそ冷静にならなければいけませんよ?」
ファック! まさか闇の少女に諭されるとは! っていうかてめーら少しは動揺すれよ!
「とにかくリーパー。車の運転をお願いします。ささぁ~」
なんでこの子らこんなに冷静なの!? ささぁ~じゃねぇよ!
「いいか良く聞け! 君たちは選ばれたんだ!」
何故か追い込まれた俺はもう俵に足が掛かってしまい、引き下がる事は出来なくなった。そこでもうゴリ押し作戦に切り替え、光の少女の両肩を掴み、シリアスさを出しながら説得する事にした。
「君には光。そして君には闇の力がある! 君たちは天使でさえ太刀打ちできない力を秘めてるんだ! だから頼む! 魔法少女となりあの悪、じゃなくて、魔女を倒してくれ!」
「…………」
「…………」
……無理かっ!
「やりましょう!」
やるの!?
「構いませんよねヒー?」
「はい。もしリーパーが言っている事が本当なら、私達に断る理由はありません」
あ、この子らって馬鹿の方だ……