裁き
俺達の危機に現れた大天使エリシア様率いる三人のラフにより、いよいよ独善の魔女の討伐が始まった。
既にバルキュリーと化した彼女達は、狙撃や地雷の罠をものともせず突破し、建物の影に潜む独善の魔女を見据えていた。
「さぁ出て来なさい未熟な魔女」
紅いラフが声を荒げず語りかける。その声は穏やかではあったが、闇落ちを許さないという力強い意志が込められていた。
その声を聞いて、独善の魔女はリリア達同様の作戦を取るのか、あの少女の人形が屋上に姿を現した。しかし当然彼女達にはそんな人形では微塵もプレッシャーを与えることは出来ず、人形が姿を現したと思った矢先、鬱金のラフが腕の一振りで光の矢を三本飛ばし、一瞬で串刺しにした。
その所業は天使の俺ですら一瞬天使力が高まったくらいしか感じ取れない速さで、天使力のみならず扱いにまで長けたエリシア様のラフたちに、自信を消失させられた。
串刺しにされた人形は頭に一本、胸に二本の矢が刺さった事で破壊されたのか、力なく前のめりに倒れ地面に落ち、硝子が割れるように砕け、飛び散った。
それを見て、リリアが「あっ! ああぁっ!」と叫んだ。
二人は人形に矢が刺さった瞬間、息をのんだように背筋が伸びた。そして人形が頭から地面に落ちる時には目を反らすように顔をしかめていた。しかし少女が地面にぶつかりパリンッと聞こえると口をあんぐり開けた。どうやらここでやっと少女が人形である事を知ったようで、まんまと独善の魔女の罠にハマっていた事に気付いたらしい。
これにはエリシア様も気付きクスっと笑い声を上げたが、エリシア様の手前……足元にいるため、ここで俺まで笑えば絶対怒られると思いグッと堪えた。
そんな俺を他所に、独善の魔女の小細工に苛立ったのか、紅いラフの天使力が一気に跳ね上がった。それはほんの一瞬だったが、天使力は完全に俺を上回っており、目線を移した時には既に何かを発動していたのか、左手の人差し指が天を向いていた。
だがそれすらも彼女の術中だったのか、視線を奪われた隙に天法が炸裂したようで、突然キャアアア! というもの凄い叫びに目線を移した時には、アートピエロのような姿をした大きな独善の魔女が、煙を上げながら団地の陰から飛び出していた。
そしてそれに驚く間もなく、今度は蒼いラフがいつの間にか独善の魔女の頭上に移動しており、これまた一瞬物凄い天使力を感知出来たくらいの速さで氷の槍のような物を作り出し、独善の魔女の手足を串刺しにした。
手足を打たれた独善の魔女はそのまま地面に叩きつけられ、張り付けにされた。
それは独善の魔女でさえ何が起きたのか理解できなかったようで、叩きつけられてやっと痛みを思い出したのか、悲痛の叫びを上げた。
エリシア様が育て、頂上とまで言われた三人のラフの勇姿に脱帽だった。
俺も今まで数名のラフを天界へ送り出した。それでも俺が育てた中で最強だったラフですらここまで強くは無かった。っというか、ここまで強くしてたらもう俺じゃ手に負えないよ!
ここまで歴然の差がある攻撃は独善の魔女にとってはあまりにも痛烈だったようで、展開していた他の人形を維持できなくなったのか、突然団地のあちこちからパリンッという音が響き、破片が次々地面に向けて落下し始めた。
「あっ! ああぁっ!」
それはきらきら光り幻想的だったが、舞い散る破片が銃火器ばかりな事に気付き、思わず声を零してしまった。
「どうかしましたか、アズガルド?」
「い、いえ……何でもありません……」
言えない。てっきり他の魔女もいるのかと思ってたのに、実は独善の魔女が銃だけを成形してオートで攻撃していたのに今気付いたなんて絶対言えない! くそっ! さすがは元チーター。こういうズル賢さは一人前だよ!
当然エリシア様がお育てになられたラフはそんな事などお見通しだったようで、舞い散る破片になど見向きもしないで粛清を開始する。
「佑美、優花。今回は私がやる」
紅いラフがそう言うと、他の二人は分かったと無言で頷く。その姿は既に殺し屋にさえ見え、心までもが至極の域にあるのだと分かった。
話がまとまるといよいよ決着なのか、紅いラフは独善の魔女の顔に近づいた。その間も残りの二人は武装を解除せず、この状態でも一切の隙を見せない彼女達に、完成された姿だと思ってしまった。
「貴方には獄炎の裁きを下すわ。散って逝った全てのラフに対し、貴方の闇落ちは軽率過ぎる」
紅いラフの言葉はまるで女神様のようだった。だが、そこに込められている感情はまだ人間だった。
心技体全てがラフの頂上にいても、やはり人が神の領域へ到達するには不可能なのだろう。ここまで強い彼女達であっても、言葉に人を感じさせられそう思った。
それに対し独善の魔女は、キキキキという唸り声を上げ威嚇する。もしかしたら人は、神にはなれずとも悪魔には簡単になれるのかもしれない。
唸りを聞いた紅いラフは独善の魔女を見つめ、少しの間動かなかった。その目には悲しさを感じさせ、まるで哀れむかのようだった。しかしそれは躊躇いというものではなかったらしく、静かに左手を独善の魔女にかざすと、何の躊躇いも無く貼り付けにされた独善の魔女を中心に、紅い光で大きな魔法陣を形成し、発動させた。
彼女が描いた魔法陣はどうやら炎熱系の天法だったようで、発動すると独善の魔女が鉄板の上で焼かれるように煙を上げだし、悲鳴を上げた。
それはあまりにも惨く、手足の楔を振りほどこうと懸命にもがく姿は残酷だった。
それでも三人のラフは表情を変える事無く、ただ黙ってそれが焼き上がるのを見つめていた。
あれほどの天使力を誇る彼女だが、裁きとまで言った以上最大限の苦痛を与えるのが目的のため、独善の魔女は直ぐには絶える事無くしばらく断末魔を上げながらもがいた。
それは独善の魔女が完全に動かなくなっても変わることはなく、記憶が流れ込み、独善の魔女が炭になったときには何とも言えない臭気が辺りを包んでいた。




