テッ☆ペン
「あ、あああの~……お、お久しぶりです……」
「元気にしていましたかアズガルド」
「は、はい!」
独善の魔女の操る人形に臆した二人のせいで、まさかの御仁の参戦を許してしまった俺は、史上最悪の危機に陥っていた。
「そうですか。それは良かったです」
「は、はい!」
もはや天空騎士団と変らないラフを連れ御助けに参られたエリシア様は、このような状況でも普段と変らない穏やかな語調でおっしゃられる。
この状況に、俺としては誰か間に入って場を和ませて欲しいのだが、あまりにも壮観過ぎる初めて見るラフの完成された姿に、先ほどの恐れなどあっという間に吹き飛んだリリア達は物凄い羨望の眼差しを送る。全く使えない部下だよ!
「で、でも、何故エリシア様がここに来られたんですか? 相手は闇落ち程度の魔女ですよ?」
理由は聞かなくとも分かっている。ゲーム如きで魔女化した不届き者を成敗するためだ。それでも少しでも怒られる流れに持って行かれたくない焦りから、咄嗟に場繋ぎとして出た言葉だった。
「それはもちろん、独善の魔女を狩る為ですよ」
器の鳥のせいで表情は全く読めないが、声音から笑っているような気がした。それが超不気味で、恐怖すら感じた。
「モルテリウスから話は聞きました。今回の闇落ちはさすがに許しがたい不手際です。そんな汚れ仕事を任せてしまい、申し訳ありませんでした」
あいつは駄目だとは思ってたけど、まさかエリシア様の耳に入れるとは……まさかモルテリウス殺されてないよね?
「い、いえ……こちらもラフに少しでも経験を積ませたくて来たんですが、俺の未熟さゆえに危機に陥っていました。来て頂けたことに誠に感謝致します」
先手必勝だ! 怒られる前に失態を自覚しているのを伝え、物凄く反省しているのをアピールするしかない!
「そうですか。確かにアズガルドに落ち度があったのは認めます。しかし堅牢の魔女を倒すほどの実力を持つ彼女達に、期待を寄せる気持ちは分かります。輝く彼女達の為にも、常に最悪を考え、行動するよう心掛けなさい」
「は、はい!」
YES! 俺の野心が正義に打ち勝ったのか、エリシア様の雰囲気が変わることは無く穏やかな口調が返って来た。屁理屈の上手いリリア達を相手に戦った日々は無駄ではなかった!
数千数万とある針山からたった一本の正解を貫いたのか、エリシア様はご機嫌を損ねる事無く説法が終わるともう俺には用はないようで、リリア達へ申し上げられたのだが……
「初めまして、私は……」
この一番大事な時に独善の魔女は何も考えていないのか、このタイミングでまさかの狙撃をして来た。それもあろうことか大天使エリシア様目掛けて。しかしさすがは大天使様のお育てになったラフ。リリア達もそれに気付き動こうとしたようだが、それより速く紅いリーダーと思われるラフがいとも容易く銃弾を素手で捕らえた。
それを受けてエリシア様が言う。
「フフフ……どうやら折檻を待ちきれないようですね」
こわっ!
この攻撃にはさすがにイラっと来たのか、エリシア様の放つ空気が変わる。そして自分たちの尊敬する偉大なる恩師への攻撃に、バルキュリーラフ達も殺気立つ。
その異様なまでの威圧感は、あの超人リリア達でさえ、あっ、なんかヤバイ。誰か怒られる。みたいな面になるほどでオドオドするほどだった。
「申し訳ありませんね。先ずは貴方達への挨拶が先なのですが、先に片付けなくてはいけない仕事ができました。少々お時間を頂けますか?」
「え、あ……」
「か、構いません。私達は先輩方の戦いを拝見出来るだけでもじゅ、十分ですので、お気遣いなく」
何となくエリシア様の恐ろしさが分かったのか二人は動揺を見せたが、礼儀正しく賢いヒーが満点の答えを返した。リリア達のお母さん! あんたは偉い!
ヒーという名のリーサルウェポンのお陰で、エリシア様は満足なされたのか、羽を大きく開き、二回羽ばたいた後御閉じになった。
「頼もしい後輩たちですね。では里香、佑美、優花。早速この有望な後輩たちに、ラフの業を教えてあげなさい」
「はい!」
一体どんな教育をして来たのか、エリシア様が指示すると、三人のラフは直立して胸に手を当てた。
「では行きなさい」
「はい!」
エリシア様の声が掛かると、三人は一瞬にしてその場から消えた。
恐らく超高速歩行の一種なのだろうが、力任せのリリア達とは違い、ほんの僅か埃を舞わせる程度で、ノーモーションからの動きはもはや空間転移と言っても過言では無かった。
そのあまりに華麗な動きには、化け物並みの動体視力を持つリリア達でさえ捉えることは出来なかったようで、一瞬で消えた三人を探すようにキョロキョロしていた。
「さぁ、私達は彼女達の戦いが良く見える位置に移動しましょう」
未だリリア達はキョロキョロしているが、寛大なエリシア様はそう言うと俺の上に留まり、結界を張りそのまま空間転移を使用した。すると一瞬のうちに先ほどリリア達がハチの巣にされた場所が良く見える団地の屋上に移動した。
空間転移は習得が難しいうえ膨大な天使力を使う。その為天使程度ではほとんど使える者はいない。もちろん俺も使える筈も無く、ただただ肩身が狭くなるばかりだった。
そして移動してほとんど間もなく三人のラフが姿を現したのを見て、俺ですら一度認識しないと感知できない魔女の位置を正確に把握する彼女達の感知能力に、もう帰りたくなった。
「さぁよく見ていなさい。今の貴方達では全てを理解する事は出来なくても、ラフの頂上を知るだけでも価値があります」
ラフの頂上!? た、確かにエリシア様がお育てになったラフならそうかもしれない……でも自分で言っちゃう普通?
「は、はい」
リリア達の性格上、あのラフ三人の戦いが始まるとなるともう誰の声も耳に入らないはずだ。しかしエリシア様の前で鼻たれ小娘たちもさすがに無視はできないようで、前のめりになってはいるがきちんと返事をしてくれた。
そんなリリア達の羨望の眼差しが降り注ぐ中、臨戦態勢に入った三人のラフは悠然と歩く。その姿は既にワルキューレの貫禄があり、放たれる威圧感はこの距離にいてもヒシヒシと伝わった。
そんな化け物相手にリリア達同様、未だ天使力をまともに感知できないのか、このヤバさ溢れる三人相手に独善の魔女は狙撃で対抗する。
当然魔力の欠片も込められていない弾丸などでは彼女達にとっては躱すまでも無く、纏う天使力で体に当たる前に弾かれる。それでも独善の魔女は先ほど同様三人を罠にかけるつもりなのか、正面から狙い誘う。
その狙撃は距離が近づくほど同じ場所から放たれるようになり、完全に舐めているとしか思えないほど明らかな挑発だった。しかしエリシア様の意思を受け継ぐ三人は、力でねじ伏せるタイプのおっかない性格のようで、足を止める様子も無く堂々と突き進む。
そしてそれは再び置かれたぬいぐるみの前に来ても変わらず、普通に地雷を踏んで銃弾の嵐が降り注いでも変わらなかった。
アイツらもターミ〇ーターか!
降り注ぐ銃弾、視界を奪う煙幕。それは完全な破壊をもたらす暴力だった。
いくら魔力が込められていなくとも、元は人間である以上物理的なダメージは受ける。にも関わらずリリア達のような肉体を持たない彼女達は、余程天使力に自信があるのか結界も張らず平然と突き進んだ! もう認めたくないけど俺より優れてるよ!
そんな彼女達の姿は完全に轟音響く煙幕の中へ消えたが、案の定しばらくするとその爆煙を引っ張るようにして姿を現した。
「彼女達全員は既に三回昇華しています」
聞いてもいないのに、その圧倒的な耐久力に驚く俺達にエリシア様は自慢するように言う。
しゃん回!? もうそれは人の域を超えてるよ!? もうラフ卒業で良いんじゃないの!?
「す、凄いですね……」
「えぇ。それでも彼女達はまだラフとしては未熟な部分は沢山あります」
「そ、そうなんですか……」
四大天使には数えられないエリシア様だが、その厳格さと存在感はそれを超えている。だから俺の上でカツカツと音を立ててくちばしを掃除なされても何も言えない。
「さぁここからが勉強の時間ですよ。若い彼女達もそうですが、アズガルド、貴方もしっかり彼女達から学びなさい」
「は、はい!」
エリシア様の言う通りいよいよ闇狩りが始まるのか、リーダーの紅いラフが大きなランスで硝煙を振り払い、全員が武器を構えた。




