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恐怖心

 独善の魔女が操る少女の出現により、逃げ出した二人は最初の地点から少し離れた場所にあったモノレール駅まで後退した。


「どうしたんだよ? 何か問題でもあったのか?」


 余程の緊急事態だったのか、普段なら絶対に触れないルンを抱えるほど逼迫していた二人は息を切らすほど落ち着きがなかった。


「い、いえ……」


 ヒーは違うとは言うが、その態度は明らかにおかしく、リリアに関しては蹲り常に少女が来ていないか怯えるようにキョロキョロするほどだった。

 その異常なまでの怯えに、もしやと思った。


「お前らまさか、怖いのか?」

「…………はい」


 逡巡したヒーは、何かを訴えるように何度か俺に目線を送り、小さな声で答えた。


 対人恐怖症。本来の意味とは違うが、ヒー達は人の姿をした少女を見て、命を奪うという行為に恐怖を抱いたのだろう。

 魔女は上位になるほど人に近い姿となる者が多い。しかしそれを相手にする頃には、生殺与奪で葛藤するラフはほとんどいない。しかし稀にその人の姿を初めて見たときに恐怖を抱くラフがいる。


 下位、中位の魔女は形こそ人型をしている者はいても、大きさや材質からとても人とは呼べない。そんな魔女を相手に命を奪い成長したラフでも、いざ“人”となると迷いが生じる。

 それをまだ二戦目の新人で、幼い頃から命の大切さを考え続けて来た二人には、いくら救うと正義を掲げても足がすくむほどの恐怖を抱くのは仕方が無い。


「どうする? 独善の魔女は諦めるか?」


 超人的な肉体のせいで、二人の精神鍛錬を怠っていた俺の責任はデカイ。今回は俺の未熟さを知った事と、二人が魔女の知識を得たというだけでも儲けものだと思い、戒めとして撤退を受け入れる事にした。


「…………」


 そんな提案を聞いても、二人には納得がいかないのか返事をしない。


「無理しなくてもいいんだぞ? 今回は完全に俺の責任だ。お前たちの力を過信して、ほとんど調べないで来たのが悪い。だからここは諦めて、お前らが成長したときにでもまた再戦しようぜ?」

「……しかし」


 二人の中では体感的に独善の魔女に負ける要素は無いのだろう。逃げ出すほどの恐怖を抱いてもヒーはまだ口籠る。


「リリアはどうする?」

「……わ、私は……」


 ヒーがまだ悩んでいる以上リリアも同じ答えを出すだろう。それでも俺としてはもう撤退が最善策としか思えず、帰ると言ってくれることを願い敢えて尋ねた。


「私は、ま、わっ!」


 もう俺達の居場所を突き止めたのか、リリアが何か言おうとした矢先銃弾が飛んできた。それに対しリリアは、当たりはしなかったものの飛び上がるほど驚きその場を離れた。

 その姿に、もうこれ以上は無理だと判断した。


「もう帰ろう。今のお前達じゃ絶対に勝てない。諦めて帰ろう」

「ちょっと待って下さい! 私達はまだ戦えます!」


 純粋ゆえの反論なのだろう。ヒーは今のリリアの状態を見てもまだ食い下がる。

 

「駄目だ。お前らが殺されるような事は無いだろうけど、こっちから攻撃できないんじゃ話にならないだろ? ヒー、お前あの子を殺せるのか?」


 もし二人が独善の魔女に殺される可能性があるのなら、すぐにでもあの少女が人形であることを伝える。だがその可能性が無い以上、それを見極め対処する訓練となる為伝えなかった。何より、あの少女が人形かどうかよりも、二人が如何に人に対して殺意を向けられるかを得るには、絶好の機会でもあった。


「そ、それは……」


 人の心は酷く稚拙で汚い。昆虫や植物に対しては平然と命を奪う事が出来るのに、人に対しては悪だと宣う。そのくせ動物にはペットと称して自由を奪い、おもちゃにする。

 二人のようにラフに選ばれるほどの人材は、そこまで汚れてはいないが、所詮は人間だ。根幹にある汚れは一度死に、生まれ変わるほどの苦難を乗り越える“昇華”をしなければ落ちない。

 

 刷り込まれた常識にはさすがに逆らえないのか、殺せるかの質問にヒーは反論できなかった。


「ほら帰るぞ。それで良いな」


 これに対し、今度はリリアが反論する。


「ちょっと待って下さい! もう少しだけ、戦わせて下さい……」


 何がそうまでして残りたがらせるのかは分からないが、譲れないものがあるようで、酷く小さく弱弱しい声でもリリアはまだ戦うと言う。


「駄目だ。お前らは気付いてないと思うけど、今のお前らは咎落ちする前兆なんだぞ? そんな迷いだらけの心で何ができんだよ?」


 これは本来教えてはいけない事項だったのだが、自覚させるためにも伝えた。


「う……分かっています……」


 咎落ちがどういう心境なのかは知らなくても、現在の自分の心はとても脆い事を自覚しているのか、リリアは俯き答えた。


 正直二人は最も厄介な咎落ちタイプだと分かっていた。リリア達のように純粋で使命感のあるラフは、嫌な事があっても自分の内だけで解決しようとし、一切外には悟られぬように振舞う。そして徐々に鬱積に耐えきれなくなり、突如として咎落ちする。

 ただリリア達は特別で、浮き沈みがはっきり顔に現れるため、管理する方としてはそれほど難しくは無かった。


「なら俺の指示に従え」

「…………」


 こういうタイプは多少強引でも従えさせ、常にストレスを溜め込まないようにする必要がある。それに、リリア達は嫌な事は忘れるタイプなので、ここは撤退以外の選択肢は無かった。


「ほらゲート開くぞ。一応独善の魔女が近づかないよう威嚇攻撃だけしろ」


 内側からリンボを開く時だけは魔女も通過が可能になる。今まで撤退した者が魔女を現世に連れ戻したという事態は発生した事は無いが、鉄則として慎重を期す必要があった。


「早くしろよ。独善の魔女が来ちまうだろ」


 千曳の磐石と言って良いほど頑固なのは知っていたが、ここに来てもまだ納得のしていない二人は、動く気配を見せない。


「おい! いい加減にしろよ! お前らは少し命を舐め過ぎなんだよ! 覚えておけ! 殺された奴は自分を殺した奴を永遠に憎しみ続ける! それこそそいつ本人だけじゃなく、その子供や子孫までだ! お前らは漫画やアニメで魔法少女だの言ってるけど、これは現実の殺し合いなんだよ! やるからには爪を剥いで少しずつ苦しませて殺すくらいの覚悟が必要なんだよ! それができんのか!」


 実践を経験させるにはまだ早い事は分かっていた。しかし神がかった肉体がその判断を鈍らせた。今回は俺にとっても二人にとっても未熟さを認識させる良い機会となった。形だけは最悪だが……


 俺が怒鳴った事で、独善の魔女の狙撃にさえ誰も反応しない沈黙が出来た。しかしそんな中だった、突然リンボに誰かが侵入したのを察した。

 これに気付いたのはもちろん俺だけで、リリア達は反応を示さず俯いたままだったが、侵入した気配は俺達を感知したのか高速で近づいてくるのが分かった。


 誰だ? ……ん? ……あれ? ……嘘でしょ!?


 もう消そうとしても消せない圧倒的な存在感を放つラフ三人と、嘗て数度ご一緒して恐れを抱いた大先輩天使様。高速で近づく気配は出来ればお会いしたくない相手だった。


「リリア! ヒー! 地面でも何でもいいから早くぶっ叩いて煙幕を上げろ!」

「え?」


 リリア達は知らない。次期女神様と言われ、人間だけでなく天使にもラフにも手厳しく、天使たちの間で母と呼ばれる大天使エリシア様を。


「良いから早く逃げるぞ! このままじゃヤバイ!」

「え? え?」


 エリシア様は幾人ものバルキュリーを育て上げ、その功績は既に神様として認められてもおかしくない。そのうえ厳格さも神様レベルで、今現在連れ歩いているラフですらバルキュリークラスなのに、闇落ちを許さぬ精神で闇狩(やが)りに参られた。

 そんなエリシア様に、まだまだ実践に出すには早い二人を連れてここにいるのを知られれば、間違いなく焼きが入る! 


「頼むから早く! 頼むからお願い!」

「どうしたんですかリーパー!? 何があるんですか!?」

「おい! 頼むから今だけは俺をリーパーと呼ぶのを止めて!」

「えっ!? 一体どうし……」

「あっ……」


 神様は己の心に負ける者に対しては峻烈だ。それは例え天使であっても変わらない。

 

「遅くなって申し訳ありません。もう安心して下さい。ここからは私達が請け負います」


 鎧にスカート、羽の付いた額当て。手には具現化された武具を装備し、紅、蒼、鬱金とラフの色を纏う既にバルキュリーと化した三人のラフ。そしてそれを従える大天使様は白い小鳥に身を宿す。


 闇落ち魔女の討伐戦で現れた援軍は、完ぺきに仕上がっていた。


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