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 独善の魔女を追い団地に侵入した二人だったが、あれだけの狙撃を受けてもまだ目移りしてしまうのか、一向に建物に入る様子もなく間の広場を歩くだけだった。

 それでも俺が監視役として後ろにいる事に気付いている二人は、それらしい素振りを見せて時折木の影を覗いたりしていた。


「わっ! またやられました……」

「大丈夫ですかリリア?」


 やる気の無い二人は、もう何度目かというほどの狙撃を受け、詰まらなさそうに言う。もし二人が普通の人間なら、もうハチの巣だろう。


「お前らいい加減にしろよ! もう何発目だよ! 次受けたらもう帰るからな!」

「ちょっと待って下さいよ! それなら私はやられ損じゃないですか!」

「損どころか、普通ならとっくに死んでるよ!」


 化け物の肉体を持っているせいか、生まれて初めて銃弾を受けたにも関わらずリリアは平然と言う。そしてリリア以上にこの都会をもっと楽しみたいのか、ヒーが何とか俺を納得させようと口を開く。


「安心して下さいリーパー。私達はただ無駄に時間を費やしているわけではありません」


 もうヒーって一体何なの? なんでこんな団地にリリア以上に固執してんの?


「今まで受けた銃弾から、恐らく独善の魔女は私達をある場所におびき寄せている事に気付きました」

「え?」


 そうなの? こいつらペチコンペチコン喰らい過ぎるから全然気付かなかった……というか本当なの?


「先ほどから独善の魔女が攻撃してくるのは、私達が脇にそれようとした時だけです」


 それはお前らがちょろちょろし過ぎてるからそう感じるだけじゃないの?


「見て下さい。恐らく独善の魔女は、あの行き止まりに私達をおびき寄せているはずです」


 ヒーがそう言い指さす方向を見ると、団地がコの字型に立ち並ぶ袋小路が見えた。


「あの場所なら三方向からの狙撃が可能で、もし独善の魔女が分裂可能であれば、私達を囲むように同時狙撃ができます。独善の魔女は恐らくあの場所を決戦の地に選んだのでしょう」

「なるほどね」


 この考察には納得がいった。しかし! さっきからあれだけ撃ってんのにビクともしない相手を誘い込む意味が分からん! 普通なら逃げるよ? ヒーなら孫子とかの兵法とか絶対知ってるよね? そのぺらっぺらの考察はどうなの? 絶対ここで遊びたいだけだよね?

 

 ヒーの読みが正しいのかどうかは知らないが、ラフ自身が考え行動する事はとても喜ばしい。そこで遊び感覚ではあるがそれなりに考えている事に、もう少しだけヒー達の自由にさせる事にした。ただ、リリアだけはやはり何も考えていなかったようで、ヒーの言葉を聞いて分かっていました的な顔を見せたのはご法度だ。


 とにかくヒーの考えのお陰でリリアにも行動目的が出来た事で、そこから先二人は、独善の魔女が誘い込んでいるであろう地点を目指し、一直線に進んだ。

 すると、ある地点まで来ると突然リリアが何かに気付き声を上げ、その先を追うと何故かクマのぬいぐるみがこちらを向いて座っていた。


「なんですかあれは! 何故あんなところにクマが!?」


 絶対罠。ヒーの読み通り独善の魔女は二人を誘っている。ふざけているようできちんと考えていたヒーは偉い! それに対してリリアは何をはしゃいでいるの? これも演出なの?


「リリア。どうやらあれは……あっ!」


 賢明でなくても誰でも分かる罠にヒーは当然のように足を止めたが、ぱっぱかぱぁのリリアはそんなヒーの言葉すら聞かずぬいぐるみに駆け寄り始めた。それを受けてヒーも慌ててリリアを追いかけだした。


「お、おい! お前ら待て!」


 お姉ちゃん大好きっ娘のヒーは、リリアが絡むと簡単に冷静さを失う。しかしあの二人のように頑丈ではない俺は、そんな二人がぬいぐるみに近づくのが分かっていても後姿を眺めている事しかできない。


 おいおいどうなってんのあの二人!? いくら頑丈だからって言ってもよく今まで生きてこれたよ!


 当然そんな無鉄砲な二人がぬいぐるみに近づくと当然のように罠が発動し、地雷か何かを踏んだのか、突然リリア達の足元から大きな爆発が起きた。そしてその爆発と同時に八方から強烈な銃声が響き、爆煙に隠れた二人目掛け銃弾の雨が降り注いだ。

 それはまるで空襲のようで、止まらない銃撃は地雷で上げた爆煙をさらに大きく濃い物にさせ悪臭を放った。


 アホだアイツら……


 完ぺきに罠に引っ掛かりハチの巣にされる二人に、頑丈さを知る俺は不謹慎ながらもそうとしか思わなかった。しかし一向に止む気配の無い銃撃に、ここである異変に気付いた。

 それは、いくら魔女だからと言っても、闇落ち程度の魔女がここまでの数の銃撃を同時に飛ばせた事だ。

 

 俺は戦闘向きではない天使だが、天使力だけなら闇落ち程度の魔女を遥かに上回る。それでもそんな俺でもこれだけの数を作り出し操るには無理がある。もしかしたら独善の魔女は移動速度に特化したタイプなのかもしれないが、煙の奥に見える射出光はほぼ同時に放たれる物もある。

 

 あり得ないが、もしかしたらここにいるのは独善の魔女だけじゃないのかもしれない。


 情報収集は天使である俺達の役目であり責任でもある。その為闇落ちだからと言って独善の魔女の下調べをろくにしなかった事を悔やんだ。


 銃撃はその後もしばらく続き、噴煙の中いるであろう二人を襲い続けた。だがやっと弾が切れたのか突然銃声が止まり、炸裂音の残響だけが凄惨の痕跡を残した。


 普通の弾ならあの二人には傷一つ付けることは出来ない。しかし魔力が込められた銃弾なら、天使力をほとんど扱えない二人にはそれなりに被害をもたらしている可能性がある。


 リリア達は生まれ持った体質のせいで物理的な痛みに対して鈍感だ。その為常に無防備で安易に行動してしまう。それは二人の悪い癖であり、出来るだけ早く治す必要があった。そしてそれは成長に必要な絶対要素が欠落しているという事でもあった。

 痛みから学ぶ事は山ほどあり、特に肉体に掛かる痛みというのは精神にも大きく影響する。二人が未だに幼児のような幼さを残すのはそれが関係している。

 神がかる肉体の対価として、神様は心の未熟さをお与えになったのかもしれない……

 

 不十分な下調べ、未熟なラフ、無能な天使。これだけの三要素が加われば勝ち目は無い。しかしその三要素ですらも物ともしない二人は、噴煙を払い飛ばし威風堂々とした姿を見せた。


「残念ながら私達にこの程度の攻撃は効きませんよ」


 銃弾自体にはほとんど魔力は込められていなかったのか、それとも俺が思う以上に遥かに頑丈なのか、姿を現した二人は先ほどの銃撃が無かったかのように平然としていた。


「さぁいい加減姿を現したらどうですか、独善の魔女さん」


 この二人は今まで出会ってきたどのラフよりも格が違う! いくら弾丸に魔力が込められてなくても普通なら怪我の一つくらいは負うよ!? ほんとに人間なの!?


 これにはさすがの俺ですら恐怖を感じてしまった。しかし独善の魔女にとってはまだ余裕があるのか、リリアの言葉に応えるように向かいの団地の屋上に一人の少女が姿を現した。


 長い黒髪に落ち着いた色の制服。体に似つかわしくない大きなライフルを抱え、飄々としている。目を凝らすと思念の糸が団地の裏へ伸びており、少女は独善の魔女が作り出した人形で、裏で操っているのがすぐに分かった。

 だがまだ思念の糸すら捉える事の出来ない二人はそれすらも分からないのか、少女を見つけると固まったように動かなくなった。


 作られた人形はとても精密で、表情までもが人間そっくりだ。そのせいで二人は完全に人間だと勘違いしたようで、少女がライフルを構え二人目掛け発砲すると、先ほどとは打って変わって大きなアクションを取って防御姿勢を取るほどのたじろぎを見せた。


「わっ!」


 攻撃自体は先ほどと威力は変わらないようで、いくら被弾しても二人にダメージを与えているような感じはしない。それでも何が原因か、少女を目にしてから明らかに動揺して動きが一気に変わった二人は恐れるように後ずさりし始めた。


「おいどうした! 攻撃自体は何も変わってないぞ!」


 銃声で俺の声が届いていないのか、二人はどんどん下がる。


「おい! しっかりしろ! 何があった!」


 いくら叫んでも二人の耳には届いていないのか、亀のように丸まった二人からは戦意を全く感じなかった。そんな状況にさすがに耐えきれなくなったのか、あのヒーが大きな声で叫ぶ。


「リリア! 一回逃げましょう!」


 しかしリリアにはその声も届いていないのか、全く反応を示さない。


「リリア!」

 

 完全に混乱しているリリアは、団地の窓ガラスが割れるほどのヒーの大声にここでやっと反応を見せた。しかしヒーも相当困惑しているのか、リリアが気付くと大人しいヒーが荒々しく顎で逃げるぞと合図を送った。それをリリアが承諾すると、二人は俺を抱えその場を離れた。


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