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闇落ち

 二人と誓約してから数日が経ったある日、珍しく後輩の天使が俺の元を訪れた。

 彼の名はモルテリウスと言い、最近俺と同じラフを育てる任を与えられたらしいのだが、面識は一切なかった。そんな彼が俺の元を訪れたのは、どうやら先日堅牢の魔女を倒したという噂を聞きつけたかららしい。

 理由はどうあれ、そんな彼でも実績を上げた優秀な先輩として慕われるのは嬉しくて相手をしたのだが、近づいた理由はそうでは無かった。


「ねぇお願いしますよ先輩! 俺このままじゃまた従者に戻されちゃいますよ!」

「知らねぇよ!」


 天使の世界も人間社会と同じで格差がある。ほとんどの天使は生まれると誰かの御付きにされ、そこで様々な事を学びながら昇格していく。ちなみに彼は従者と言っているが、俺が神様なら初歩的な失態を犯した彼は、御付きどころか分解して再構築してしまうだろう。


「先輩しかいないんですよ! お願いしますよ!」


 恐らく彼の失敗は女神様も把握している。それでも何のお咎めも無いのは、それを回収するのも天使の役目だからだろう。でも女神様甘すぎない? こいつ自分の身を守る為に必死だよ? 鍛え直した方が良くない?


「先輩のラフはめちゃくちゃ強いんですよね! だったら一回くらい良いじゃないですか?」

「ラフは物じゃねぇんだよ! そんなんだから闇落ちさせるんだろ!」

「それは俺の責任じゃないですよ! 俺だってまさかって思ってるんですから!」


 最近の天使は、現代人よろしくゆとり世代が多いようで、平然とクズ発言をする。


「もう帰れ! じゃないとお前を狩るよううちのラフを送るぞ!」

「ええっ!? ……じゃあもういいです!」


 天界の影響は現世にも大きく影響する。それを象徴するようなモルテリウスは、ある意味人間の手本となるような悪態をついて帰って行った。


 天使だとか人間だとか関係なく、与えられた任務には必ず責任が伴う。だからこそ女神様もまだ彼に裁きを与えず野放しにしているのだろう。

 本来なら礼儀も経験も足りない彼には、このまま女神様の怒りを買い裁かれるのが最も良いお灸になるとは思っていたが、なんだかんだ言っても見放す事は出来ず、話だけでもリリア達に通す事にした。



「――というわけ。どうする?」

「どうするって言われても……天使は一体何を基準にラフを選んでるんですか?」


 リリア達が帰宅するといつものようにトレーニングを望んだ。そこでモルテリウスの話をしたのだが、まさかの説教を受ける羽目になった。


「い、いや、何って……」

「昔『女の子なら誰だって魔法少女になれる』と言った魔法少女がいましたが、それを聞いた時私はそんな事は無いと思いました。やはり魔法少女とは清らかな心を持ち、決して諦めない強さが必要だと思いました」

「は、はぁ……」

「こんな私でさえそれくらいは分かるのに、何故天使ともあろう者がそんな事も分からないんですか! 闇だの咎だの、そういう名前だけは一丁前に付けて、魔女を量産するのが天使の役目ですか!」

「す、すみません……」


 魔法少女を夢見て、日々努力を続けて来たリリアにとっては許しがたい事らしく、女神様以上に女神様のような説教をする。


「リリア。もうそのくらいにしましょう。悪いのはモルテリウスという天使であって、リーパーではありません」


 ヒーは俺の味方をしてくれるが、作り上がってしまった説教の空気の中では、呆られた感が半端ない。

 それでも何とかリリアの説教は止められたようで、ヤカンのように鼻から勢い良く息を吐き口をへの字に閉じた。


「それでリーパー。話を戻しますが、先ほど言った闇落ちは、咎落ちとはどう違うんですか? 咎落ちよりは程度が低いと言っても、結局は魔女になってしまうのであれば同じでは無いのですか?」


 咎落ちに関しては既に二人は理解しているようだが、俺が説明した闇落ちが上手く伝わっていなかったようで、ヒーは確認するように訊く。


「あ~……まぁそうだけど……。なんて言うか、咎落ちは自分の心の弱さに屈したから咎とは言ってるけど、闇落ちは……」


 神様は心が弱くとも強くあろうとする者に対しては寛大だ。しかし例え心が強くても己の心に負ける者に対しては峻烈だ。だから今まで天界に恩恵をもたらしていたラフでさえ魔女になると、咎として戒める。それに対し闇落ちは、咎落ちとはほとんど変わらないが、その理由が幼稚で安易な考えから魔女化するもので、あまりに下らない理由の為、神様すら歯牙に掛けない。つまり……どういう事?


「例えばさ、ウンコしてさぁ帰るぞってなった時、紙が無い! って気付いたとするだろ?」

「はい」

「そしたら、この始末どうすんだ! って絶望して魔女になる感じ」

「…………」

「それはさっき聞いた垢バンされて魔女になった彼女の理由で分かってます! ヒーが聞きたいのは明確な基準です!」


 俺だって良く分かんねぇの! 下らなさ過ぎて考えた事も無いよ! 第一ガチでその違いを知りたがるラフなんて初めてだよ!


 俺の説明に黙り込むヒーと怒鳴るリリアは、双子でも全く違った反応を見せる。双子とは不思議な存在だ。


「別にそこは詳しく知る必要はねぇだろ! 神様だってクソ過ぎて相手にしないんだぞ! 俺が知るわきゃねぇだろ!」

「ま、まぁ私が神様でもそうですけど……」


 あのリリアですらそう思うとは……モルテリウスはとんでもない子をラフにしたもんだ……


 そんなリリアとは対照的に、答えに辿り着いたのかヒーが納得するようにうんうんと頷いた。


「なるほど。つまり、自分以外の誰かや何かなどの外に向けられた支えを失った想いから魔女化するのを咎落ち。逆に自分だけに向けられた独り善がりの支えを失い魔女化するのが闇落ち。そういう事ですかリーパー?」


 え? どういう事?


「ま、まぁ簡単に言えばそうかな?」

「そうですか。良く分かりました。ありがとう御座います」

「あ、あぁ」


 もうめんどくせぇからヒーが納得すれば問題無いや。


「それならそうと最初から言えばいいんですよ! これで私も納得がいきました!」


 リリアは絶対嘘! ヒーにどういう事か聞いたらベクトルとか分けわかんねぇこと言い出しそうだから、絶対リリアは触れないように誤魔化してる!


「では早速、その独善(どくぜん)とかいう魔女をぶっ飛ばしに行きましょう!」

「えっ!? お前戦う気なのかよ!?」

「もちろん! 私達はラフですよ? その為の存在でしょう? ねぇヒー?」

「はい。どんな理由があろうとも、憂いの存在であることは間違いありませんから」


 正直戦う価値など微塵も無い。それでもラフが望むのなら従うしかない。っというか、憂いって! ヒーは何気に馬鹿にしてるの?


「ホントにやんのか?」

「えぇ」

「戦っても得なんて無いぞ? ただクッソ詰まらない記憶見せられて、無駄にラフを殺した重荷背負うだけだぞ?」

「分かっていますよ。それに、どのみちこの先ラフを続けるのなら、もっと多くの者を背負わなければならないですし、なんたって私達は頑丈ですから!」


 気丈。冗談交じりにリリアは答えたが、その笑みには寂しさがあった。


「そうですねリリア。やりましょう!」

「ホントに良いのかヒー? お前ならこんなの相手にする必要無いの分かるだろ?」


 ヒーはリリアに遠慮して本心を言えないだけかもしれないと思った。堅牢の魔女を仕留めたヒーなら、これ以上余計な罪は背負いたくないのが心情だろう。


「いえ。堅牢の魔女を倒し、早紀ちゃんの記憶を見て考えたのですが、私は魔女を倒すのはラフの殺害ではなく、彼女たちの魂の解放だと思ったんです。だから私は、例え勝手主義だと思われても、魔女を倒すのは彼女達の救いだと思う事にしました」


 悪く言ってしまえば現実逃避。だけどヒーがそう言った時強く食いしばったのを見て、自分が逃げ出さないための戒めなのだと分かった。


「そうか。なら俺はもう何も言わねぇ。もう俺達の魂は繋がってんだ。お前らがこの先咎落ちしようがいくらでも殺せるからな」

「はい」


 皮肉を込めて応えると、ヒーは静かな笑みを見せた。それは俺の答えが正解だった証だった。



 あるオンラインゲームに熱中し、親の金で何百万とつぎ込み、チートに手を出し、アカウントを剥奪され、その絶望から挙句の果てに魔女化したというモルテリウスが見つけたラフ。

 そのあまりにも下らない理由と、それを見抜けなかったモルテリウスはある意味極刑に値する。

 それでもリリア達は彼女を受け入れ、救うという決断をした。これにより、早くも独善の魔女という相手に二戦目を迎える事になった。


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