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誓約

「アズガルド。此度の件、誠に見事です。褒めて遣わします」

「ありがとう御座います、セレスティア様」


 堅牢の魔女を討伐した事により俺は女神様に呼ばれ、神殿のあるオリンポスに来ていた。


 堅牢の魔女は並みのラフでは太刀打ちできず、女神様でさえ一目置くほど名のある魔女だった。それをラフになって僅か一週間足らずのリリア達が討伐した事は天界中に広がり、そのラフを育てた? 天使としてお褒めのお言葉を頂ける事になった。

 だが俺は、それだけではない事を知っていた。


「ところでアズガルド」


 ほら来た。女神様クラスになると、あらゆるラフの戦いをチェックしている。すると当然先のリリア達の戦いも見ているわけで、力任せに結界を破った事や、新米に中級の魔女をぶつけた事などは知っている。

 賞賛とかなんとか言っているが結局それは建前で、女神様が俺を呼んだ一番の理由はそこにあった。


「はい。如何されましたか」


 それを分かっていても逃げられないのが下っ端の宿命。今は何の事? くらいの感じで知らん顔してこれ以上女神様の怒りを買わないようにするのが精一杯!


「貴方に一つ伝えなければならない事があります」

「はい。何なりとお申し付け下さい」


 いきなり殴られない? 女神様怒るとめっちゃ怖いからやなんだよ。


「実は……」



 ――この世には理不尽な事が沢山ある。それは地球だけでなく天界にも存在する。そしてそのほとんどは権力のある者が作り出す。

 この女神様のお言葉により、俺は重い十字架を背負う羽目になる……



「良く聞けお前ら。今日は大事な話がある」


 学校が終わりリリア達が帰宅すると、早速女神様からの衝撃の事実を二人に伝えるためリンボに入れた。


「なんですかリーパー? もしや早くも二戦目の相手が決まったんですか!」

「おぉ!」


 まだ魔女の正体を知り、心に受けた傷が癒えてもいないはずなのに、リリア達はもうそれを忘れたように目を輝かせて言う。


「ちげぇよ! 昨日の今日で連戦って、てめぇらはアイアンマンか!」

「アイアンマン? あの映画の? いえ違いますよ? 私達はラフです? ねぇヒー?」

「違いますよリリア。リーパーが言ったのは鉄人という意味……ですよ……」

「おぉ! そうでしたか! なら……いえ、違います……」


 悩み事があっても一切他人に悟られぬよう振舞うのは、この二人の悪い癖だった。それは二人の性格と、今まで歩んできた人生が作り上げた悲しい癖なのだろう。

 こういう子は気を付けなければ突然咎落ちするため、女神様が危惧するのも分った。それでも、俺にその気がなくとも病気の事を馬鹿にされると、はっきり出るほど凹む嫌な物は嫌という性格が分からん。


「わ、悪い……べ、別にそういう意味で言ったわけじゃない……」

「い、いえ……私達だってそれくらい分かってますよ……」


 何も考えないで言った俺も悪いが、まさかここまで落ち込むとは思っていなかった。っというか、こいつら昨日の事覚えてるの? 普通だったら人殺したって罪の意識で軽鬱くらいにはなってるよ?


「そ、それでリーパー。話とは何ですか?」


 暗い空気を嫌うのはリリアだが、それ以上にリリアが暗くなるのを嫌うヒーが空気を変えるため話を戻した。


「あ、あぁ、そうだった。実はさ……」


 話が戻ると、しょんぼりしたリリアの表情がパッと明るくなった。どうやらリリアは突然咎落ちする事は無さそうだ。


「女神様に、お前らを辞めさせろって言われた……」

「ええっ!?」

「え!?」

 

 二人には正に晴天の霹靂なのだろう。ヒーまでもがほぼ同時に驚きの声を零した。


「ど、どういうことですかリーパー!? 私達昨日堅牢の魔女を倒したばかりじゃないですか!? そ、それを何故突然辞めなければならないんですか!? 一体私達が何をしたというんですか!? はっ! もしかして昨日倒した堅牢の魔女は実は魔女では無くてラフだったという事ですか!?」

「落ち着けリリア」


 リリア大パニック。この子って予期せぬことが起きると物凄いね?


「じゃ、じゃあもしかしてリーパーは天使じゃなくて、実は悪魔だったんですか!?」

「落ち着けって」


 一応俺がルンに入っている事を覚えているようで、決して触れないが唾を飛ばしながら捲し立てるリリアには何とも言えない切なさがあった。


「じゃあなんで私達がラフを辞めなければならないんですか!? 私達が魔法少女となるためどれほどの努力と辛酸を舐めて来たと思っているんですか! 私達は……」

「喧しい!」

「うわっ!」


 全く持って俺に話す隙を与えないリリアに、集積したゴミを吸引口から吐き出す必殺のバックフローをお見舞いした。


「何をするんですか!」

「何をするじゃねぇ! てめぇ人の話は最後まで聞け! もしそのつもりならとっくにお前らの記憶消して普通の生活に戻してるよ!」


 女神様からこの話を聞いて、俺としても納得がいかなかった。それは任せられているという自負もあるが、戦えない俺が少女たちに苦難を強いり、沢山の子たちの人生を奪ってきたという責任があるからだ。何よりリリアとヒーは既に魔女を殺め正体まで知ってしまった。そんな二人をこっちの勝手な都合でぞんざいに扱うのは許せなかった。


「えっ! じゃあ私達はラフを辞めなくて良いんですか!」

「あぁそうだよ」


 それを聞くとリリアとヒーはホッとした表情を見せた。だがリリアだけはホッとを通り越して、表情に全く締まりがなくなった。


「も~、びっくりさせないで下さいよ~。私は危うく女神様を討伐しに行くところだったんですよ~」


 マジリリアってヤバイね! こいつには怖れは無いの?


「そうですね。私も一時は鬼になるかと思いました」


 ヒーは冗談で言ってるよね? そうだよね? そうだと言って!


 女神様から二人を辞めさせるよう言われた時、俺は天界を追い出される覚悟で喰い付いた。そして必死の説得の末、ある条件を提示する事で二人の存続を認めて貰った。そんな事を知りもしない二人は、危うく俺の覚悟を台無しにするところだった。


「しかし、何故いきなり女神様は私達を辞めさせようとしたんですか?」


 どうやら先ほどの発言は冗談だったようで、ヒーが普段の落ち着きを取り戻し訊く。


「お前らが強すぎるからなんだって」

「え?」

「お前ら鋼なんとか病のせいで馬鹿みたいに強いだろ?」

「強いというか……まぁ、普通の人に比べればの話ですけど……」


 ヒーって常識人だと思ってたけど、そうでもないみたい……


「まぁそれが原因で、もし咎落ちしたらヤバイって理由らしい」

「咎落ち? ……魔女になるという事ですか?」

「そう」


 女神様の言う事は分からない訳ではない。今現在の二人の天使力だけで言えば、咎落ちして魔女になっても脅威にはならないし、性格を考えれば、恐らくトイレの紙が無いとか、取って置いたプリンが無くなったとかしょうもない理由で咎落ちして、足の小指をぶつけた魔女くらいにしかならないだろうが、力の事を考えると、例え足の小指をぶつけた魔女になっても、天界人全ての両足の小指をへし折るほどの悪魔クラスになる可能性がある。

 なのに全く自分の力の自覚の無いリリアは、そんな事など関係無く好き勝手言う。


「まさか~? リーパーでさえ口臭だけで全人類を絶滅させられる力があるのに、そんなリーパーより偉い女神様が私達にビビるなんてあり得ませんよ~」

「誰の口が臭いって!」


 一難去ると気持ちがふにゃふにゃになるリリアは無礼千万! こいつだけは辞めさせるべきだと思う!


 それに比べヒーはやはり賢いようで、大人のような事を訊く。


「しかし何かしらの条件は提示されたんですよね? 女神様ほどの方が言葉を撤回したからには、それに等しい制約を与えられたんですよね?」

「え? あ、あぁ……まぁな」


 あれ? ヒーって政治家とか目指してんの?


「せいやく? 薬ですか? はっ! もしかして私達の病気を治す薬でもくれたんですか!」

「ちげぇよ!」


 それに比べやっぱりリリアはアホ。


「良いか良く聞け! お前らがラフとして続けて行くには、俺とリリアとヒーの三人で誓約しなきゃなんないの!」

「なるほど、三人で薬を作るんですか!」

「おめぇは一回薬を忘れろ!」


 もうリリア一回どっか行ってくんねぇかな?


「誓約ってのはな、人間でいえば生涯共にする結婚の誓いみたいなもんなんだよ! 分かる! お前らのせいで俺は一生に一度しか使えないファーストキスをお前らに奪われるんだよ!」


 天使には生涯で一人だけパートナーを作れる。そしてその誓いとして使われるのが誓約だ。誓約はお互いの魂を結合させ共有させることにより、片方が死ねばもう片方も死ぬという、誓いと覚悟の証だ。

 これは合体や同調というような物では無く、人間の結婚と同じような物なのだが、一度結合させると生きている限り二度と離れることは出来なくなる。


 それを聞いてリリアが驚きの声を上げる。


「なっ、なんですと!? じゃ、じゃあ私達はリーパーとキッ、キキキスをしなければラフを続けられないという事ですか!?」


 俺の言い方が悪かったのは分かる。だけど顎が震えるほど驚く事なの!?


「そういう意味じゃねぇよ! 誰がおめぇらとキスするかよ!」

「なんですと!?」


 今度は違う意味で驚いたようで、怒ったような表情を見せた。


「良いかもう一回言うぞ! 良く聞け! 誓約ってのはな、俺が一生に一度しか使えない必殺技を使って俺とお前らの魂を結合させるんだよ!」

「結合!?」


 この歳の女子は、何故か結合とか合体とかいう言葉に敏感に反応する。


「ちょっと待って下さいリーパー! つまりそれは、私達がリーパーの一部になるという事ですか!?」


 頭の回転が速いヒーは、俺に吸収されると勘違いしたのか珍しく声を荒げた。


「違くないけど違う! 誓約しても今となんにも変わらん!」

「え? では一体どんな効果があるんですか?」

「三人の内、誰か一人でも死ねば残りの二人も死ぬだけだよ!」

「ええっ!?」


 ヒーの驚きの顔を初めて見たが、それ以上に物凄い顔をしたリリアのせいで薄くなった。


「さぁどうすんだお前ら! ラフを辞めるのか! それとも俺と誓約すんのか!」


 この条件で女神様から了承を得るまでの苦労と、取って置きを奪われる悲しみのストレスがここで一気に出た。それもこれも全てアホのリリアが悪い!


 そんな俺に比べ、命が共有される誓約に恐れをなしたのか、二人は考えるように視線を落とした。ただ、どういう感情なのかは知らないが、二人の口元がひょっとこみたいになっているのに余計に腹が立った。


「さぁどうする!」

「ちょっと待って下さい! いきなりそんな事を言われても困ります! 少し時間を下さい!」

「駄目だ! 二秒以内に決めろ!」


 賢いヒーを相手に時間の猶予を与える愚行はしない。というか、時間を与えるくらいなら即記憶を消している。


「一!」

「わっ! ちょっとタンマ! 一つだけ質問があります!」

「なんだ!」


 ヒーではなくリリアが質問した事に何故か不思議な可能性を感じ、時間を与える事にした。


「せいやくはしても良いですけど、リーパーとじゃなきゃ駄目ですか?」


 何を言ってるのこの子!? そこまで俺と誓約するの嫌なの!?


「駄目だ! チェンジは無い!」

「ええっ!? でもそれだと私達の寿命は後三年くらいしかないじゃないですか!?」

「俺は天使だぞ! 後千年は生きられるわ!」


 とんでもないクソガキだよ! じじいばばあ発言より質が悪いよ!


「えっ!? で、でも……最近ルンは年老いてきて、充電ばっかりしているんですよ? 本当に千年も持つんですか?」


 この子は今まで一体何を見て来たの!? もうリリアの中では俺とルンは一蓮托生なの!?


「俺はルンじゃねぇ!」


 結局二人は誓約を受け入れ、ラフを続ける選択をした。



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