第四話
「――はっ」
気持ちが悪くなるくらいの殺気の満ちる空間。副隊長殿が短く息を吐きました。息を吐くと同時に魔導剣を持つ手に力がこめられました。
刹那、
「ひあっ!?」
音もなくフリドのいた建物が崩壊し、音を立てて崩れ落ちました。もともと廃屋のような状態でしたが、輪切りになって地面に落ちて、砂煙が舞いました。
「……ちっ」
「これって」
やったのは副隊長殿。副隊長殿は剣を振り抜いた状態で固まっています。一太刀で間合いの遠くにある大きな建物を切断したのです。並みの剣士にできることではないどころか、魔導剣の達人であっても、できることではありません。
瞬きよりも速く行われた一閃。大抵の相手は反応することすらできずに、崩壊に巻き込まれていることでしょう。
副隊長殿の一閃を受けて、フリドは一歩たりとも動いていませんでした。足場がないにもかかわらず、です。
フリドは空中に立って、変わらず副隊長殿を見下ろしていました。
「手加減でもしたつもりか?」
フリドは声にありったけの不機嫌をにじませています。自身ではなく、足場を狙ったことが不愉快だったようです。
「統率局の魔人を、開拓者ごときが見下ろしていいわけがないだろう?」
副隊長殿は空中に浮くフリドに驚くでもなく答えました。血のりでも払うかのように手首を使って剣を手繰り、右半身を後ろに引いて片手突きを放つように構えました。
フリドは相変わらず間合いの外。ですが、副隊長殿の剣の切っ先はまがうことなくフリドの心臓に向いていました。
「馬鹿にするなよレン」
フリドのつぶやきはいやに耳に響きました。副隊長殿の剣がぶれる。足元の茨がギチギチと音を鳴らす。フリドの周囲を回る火炎のリングが膨れ上がりました。
轟音。空中に立つフリドのリングが散開し、私たちに降り注ぎました。圧倒的な質量と熱量を秘めた火炎の嵐。始めは五つしかなかった火炎の玉は、回転を続けることで無数に散らばり、威力はけた違いに増幅しています。
解き放たれた致死の火炎。私はとっさに魔法障壁を張りました。反射的に張れる魔法障壁の中でも最高の出来。ですが、それですらフリドの火炎に触れれば一たまりもないでしょう。時間をかけて張ったとしても一撃もつかどうか。
それほどまでに異常な一撃でした。
迎撃するのは副隊長殿。魔導の茨が耳障りな音を鳴らしながら伸びました。
「守れ」
副隊長殿の影から茨が飛び出し、炎から私と副隊長殿を遮るように展開されました。黄金色に輝く茨による格子の迷宮が作られました。迷宮は大きく広がり、一つの建物ほどの規模にまで膨れ上がります。
黄金の迷宮と無垢の火炎が衝突する。
激しい熱波が格子の隙間を突き抜けて、私を打ち据えました。すでに焼け焦げた大地が赤く発熱する熱気。魔法障壁がじりじりと溶かされていきます。私は壊れぬよう、魔力を流し込むので精一杯です。
余波の熱だけでこれ。近くにあった廃屋は消し飛び、瓦礫へと変わります。火炎の轟音に混じって魔人たちの悲鳴が聞こえましたが、気にする者は誰もいません。
魔力を障壁に叩きこみつつ顔を上げれば、副隊長殿の茨は炎が触れた表面こそ融解していますが、迷宮の盾は健在でした。茨は融解した部分の周囲から黄金色の魔導を融通し、修復を試みているようです。フリドの火炎はとめどなくとも、茨の修復が速い。
張り詰められた、茨と同じ黄金色の輝きを宿した剣が、片手で無造作にも思える動きで振りあげられました。
剣の輝きが、増して、一瞬消えました。同時に音も消えたかのよう。戦場に空白が生まれました。
「失せろ。フリド」
副隊長殿が剣を振り下ろす。刹那の空白は消え、振り抜かれた剣から黄金の光が伸び、茨の迷宮ごと引き裂く斬撃が撃たれました。
最初、フリドのいる建物を切断したのも同じ技だったのでしょう。前代未聞の間合いを無視した射程拡張の魔導。
副隊長殿の斬撃は茨を抜け、炎を引き裂き、フリドにまで迫ります。フリドは黄金の斬撃を前に、さっと手をかざしました。
詠唱もなくフリドの前に現れる白濁した十二枚の盾。盾は巨大な花弁のような形を取っています。フリドの姿が見えなくなる。斬撃は一枚目、二枚目の盾を容易く断ちます。しかし三枚目で威力を弱め、四枚目を破壊する前に途絶えました。
「魔術“原初の炎”を受けて、その程度か。よほど頑丈な茨らしい」
「え?」
斬撃が消え、盾は健在。副隊長殿は茨を剣を纏わせて、魔導を補充しています。剣の輝きに目を奪われた私に影が射しました。
フリドの声がすぐ近くで聞こえました。斬撃の抜けた先の盾が消える。その向こうにフリドはいませんでした。副隊長殿がはっと息を飲む。顔を横に向ければ、すぐ隣にいるのは“魔術師”フリド。
フリドは右手に白炎の火球を持ち、腰を抜かした私を見下ろしていました。
「あ……」
「ここに部外者はいらない。消えてもらおうか」
冷たい声。撃たれるのは灼熱の“魔術”。白い炎からは熱というものを一切感じませんでした。秘めた破壊力の全てを閉じ込めているからでしょう。
炎をもったフリドの右手が私の顔前にかざされ、手が開かれました。死が私に落ちる。
私を見るフリドの顔は、なんとも言い難いものでした。不機嫌に眉間にしわを寄せて、歯を食いしばっている。
怒りか憎しみ。でもそこに何か別の感情……そう、羨望のようなものがあるような。
私は腰を抜かした姿勢のままで、どうにか炎から距離を取ろうとしました。でも炎が落ちる速度は遅くとも、炎は範囲から逃げることなどできそうにもありません。私の魔法障壁に炎が触れます。必死の思いで張ったはずの障壁は、薄い紙を溶かすように消えました。炎を前に無防備な私。
死を間近にした私に、フリドの表情は変わらない。あぁ、だめだ。死ぬ。私は目をつむろうとしました。
ですがそれより速く、私の目の前を黄金色の茨が通り抜けていきました。白い死は、黄金で阻まれる。
「俺の仲間を、これ以上殺させん」
淡々とした、けれど心安らぎ、矛盾するようにときめく声が届きました。声を追うように一陣の風。副隊長殿が茨とともにフリドに斬りかかり、フリドはねじくれた杖で剣を受けました。
フリドは副隊長殿の剣を受けた瞬間に、杖を操って一撃を受け流しました。受け流しながら距離まで取ってみせます。魔法を使う身でありながら、動きは俊敏で、技術も卓越しています。フリドの持つ杖は魔導エンジンを搭載していないにも関わらず、杖とフリド自身から白銀の光が漏れています。
フリドは魔導エンジン無しに、魔導を行使しているのです。そして魔導と魔法を融合させた異形の技術、“魔術”を使っているのです。
「仲間、だと?」
異形の業を手繰るフリドは、仲間という言葉に反応しました。こめかみに血管が浮き出て、目をかっと開きます。
「僕を――僕たちを裏切ったお前が言うのか! レン!!」
怒りに任せて、細身のフリドから強大なエネルギーが発せられました。発せられたエネルギーは魔導へと変じ、魔法となって魔術と化す。
目に見える光景が一変しました。津波のような白炎を背に、フリドが叫びます。
「なんで裏切った! 僕たちの約束はどこへ消えた! お前は! レンは壁の向こうを見たのか!!」
フリドの叫びは悲痛な色に濡れていました。副隊長殿はフリドの叫びを聞いて、初めて無表情を崩しました。
副隊長の茨がさらなる変化を起こします。茨の輝きが増し、バキバキと音を鳴らして枝分かれしていきます。茨はあっという間に炎と同じほどの大きさに膨れ上がりました。
炎と茨を背に、二人は激情を交わしました。
「約束なんてものは忘れたよ。壁の外を知る必要はない。私は……今の俺はただの統率局の猟犬だ。壁の外を目指す魔人の全てを駆逐する。それだけの機械なんだよ!!」
輝く茨の迷宮が縦横無尽にフリドを狙う。致死の炎の津波が副隊長殿に降り注ぐ。
炎が茨を焼き尽くし、茨が炎を食い破る。炎は私を狙い、茨は私を守るように動く。
大地は炎に溶かされ消滅し、形あるものは茨によって壊される。隔絶した二つは周囲の全てを薙ぎ払ってしまうのです。
「はぁぁぁっ!」
「ちぃっ!」
茨と炎が飛び交う中央で、副隊長殿とフリドは激しい接近戦を繰り広げていました。黄金色の光と、白銀の光飛ぶ戦い。
副隊長殿とフリドの戦いはもはや私の目では追えません。見えるのは結果の残光だけで、剣も杖も、認識できないほどの速度で振るわれています。
目まぐるしく立ち位置を入れ替えて、手足は動き続けて見えない。ですが、わずかに見える二人の横顔は、鏡映しのように似ていました。
殺意と、裏側にある苦悩。二人の顔は苦し気にゆがんでいました。
「わかりません」
私にはわからない。二人の間に何があったのか。どうして副隊長殿が開拓者をやめたのか。開拓者を執拗に狙うのか。フリドと反目してまで、ああも苦し気に顔を歪めてまで。
副隊長殿にそうまでさせる壁の向こうには、何があるというのでしょうか。
周囲をさらなる不毛の地へと変えながら、二人は争います。空気は殺伐として、熱が増していく。いつしか、私たちのいる区画は、廃墟すらない不毛の土地へと変わっていました。
闘う二人を前に、私の意識は遠のいていきました。体力の限界。別次元に立つ二人の戦いの余波だけで、私は限界でした。
ほどけゆく意識の中、私が最後に見たのは、顔を歪め歯を食いしばりながら、フリドに剣を振り下ろす副隊長殿の顔でした。




