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第三話


 私たちは四人。開拓者は二十人。数でいえば開拓者が圧倒しています。しかも私は魔法の維持で戦闘に加わることができませんし、ズアイは警戒中で同じくです。実質二対二十。ですが、戦況は私たちの圧勝と言ってもいいものでした。

 戦っているのは副隊長殿とジロウラの二人。ならその二人が強いのか。違います。副隊長殿が強すぎるのです。


「しぃぃ!!」


 ジロウラは最新式の魔導エンジンを搭載した重厚な棍棒を使い、三人の開拓者の相手をしています。開拓者どもはおんぼろの魔導エンジンを搭載した剣や槍で応戦。戦いは拮抗しているようです。


 ジロウラはずっとあの三人と戦っています。それぞれがそれなりに手練れですが、それだけ。ほとんどの開拓者を相手にしているのは副隊長殿です。


「ご……」

「遅い」

 副隊長殿は開拓者どもに囲まれています。ですが副隊長殿の表情は変わらず、周囲の開拓者どもの顔色は次第に悪くなってきています。


 副隊長殿が近くにいた開拓者に接近し、斬りかかりました。なんということのない、ただの横薙ぎの斬撃。しかしその一閃を、開拓者は躱すこともできずに受けました。


 ただの横薙ぎ。目に見えないほど速く、鋭いだけの、ですが。


 舞い散る鮮血。副隊長殿はその結果を見ることもなく、また次の開拓者に剣を振るう。今度は一度、二度と打ち合うことができましたが、三度目の剣撃で、副隊長殿の剣は開拓者の剣をすり抜けて肉体を引き裂きました。


 副隊長殿は止まりません。流れるように剣を後ろに振り抜く。気配を殺して忍び寄っていた開拓者は副隊長殿の一刀のもとに切り伏せられました。

 無駄のない、正統派の剣技です。副隊長殿の藍色の髪に、舞い散る血が良く似合う。戦場で舞うように戦う副隊長殿はあまりに格好良く、つい結界を解いてしまいそうになるほどです。


「セメナ」


「わかっています。わかっていますから、ちゃんと結界を張りますから」


 建物の外から様子をうかがっていたズアイから注意されます。でもしょうがないじゃないですか。副隊長殿は誰よりも素敵なんだから。


 常に最適解を選び続ける副隊長殿に、開拓者たちはろくに反抗できません。瞬く間に数を減らし、ジロウラが戦っていた相手もいつの間にかに倒し、残るはリーダーらしき開拓者一人となりました。


「くそっ」


 リーダーはわかりやすく悪態をついています。リーダーは血塗られた舞台を作り上げる開拓者たちを見て、戦慄を押し隠すように歯を食いしばりました。

 床に転がる開拓者たち。彼らは深手を負ってはいるものの、命を脅かされるほどではないのです。


()()()()()()()()()()()()。レン。貴様、本当に()()()()()()を拷問する気なのか?」

「無論だ。はじめにそう言っただろう?」

 レン。そう呼ばれた副隊長殿は帽子を深くかぶり直し、うつむきます。戦闘とは関係のない一動作。その中にも隙というものは生じず、むしろ全身から出る戦意が増したようにも思います。


「……壁の外を、知ってはいけないんだ」


 ぼそりと、副隊長殿がつぶやきました。その声は小さくて、聴覚に優れた私にしか聞き取れるものではありません。

 それっきり、副隊長殿は黙りこんでリーダーとの距離をつめました。


 副隊長殿の実力は猟犬部隊でも特出しています。十歩の距離を瞬きの合間になくし、放たれるのは正確無比な雷撃のごとき一閃。

 リーダーは袈裟切りに振るわれた剣を、同じく剣で受けきりました。


「……しぃ!」

「ごぉぉぉぉ!!」

 一閃目を防がれた副隊長殿は手首を返しながらの首狩り。腕を切り落とす垂直切り。地から伸びる切り上げと、たて続けに連撃を見舞います。その度に剣の放つ魔導エネルギーの光が尾を引いて、美しいです。


 副隊長殿の放つ光は瞳の色と同じ淡い黄金。対する開拓者のリーダーは薄汚い茶色。二色の光が二人の周囲を巡ります。副隊長殿と真っ当に戦っているリーダーも並みの使い手ではありません。

 しかし副隊長殿はそれ以上の使い手。リーダーは予想以上に健闘しているようですが、防戦一方。それも次第に劣勢に追い込まれていっているようです。


 副隊長殿が攻めて一歩進むごとに、開拓者は一歩下がる。無傷同士だったのが、小さな傷を負い始める。

「がぁっ!」

 開拓者が反撃を試みました。手傷を負うことをためらわない、猛烈な突き。遠くから見ている私ですら、背筋が凍るような一撃。

 副隊長殿は突きの間合いの中にいて、回避は困難に見えました。


「副隊長殿!」

 思わず叫んでしまいました。けれどそれは無駄。私が叫び終える頃には、すでに決着はついていました。


「――“無拍子”」


 開拓者の突きは空を切りました。開拓者の表情が凍ります。副隊長殿がいるのは剣が突き抜けた一歩隣。空振りした剣の横で、副隊長殿はゆらりと下段に構えています。時間が飛んだのかと、思いました。

 後ろ姿しか見えないから、副隊長殿の顔は見えません。けれどきっといつもと変わらない涼し気な顔をしていることと思います。


 会心の一撃を躱された開拓者は隙だらけ。ごく自然に、副隊長殿はだらりと落としていた剣を振りあげました。


「くそ」


 無念のにじむ開拓者のつぶやき。副隊長殿の剣はにぶることなく、開拓者の体を通り抜けて切り裂きました。


 開拓者の黒い血があたりに舞い散ります。勝負あり。これで開拓者どもは全滅です。後はこいつらを統率局まで連れていき、他の開拓者どもの根城を吐かせるだけ。

 うめき声をあげながら倒れた開拓者を前に、かすかに弛緩した私達。私は副隊長殿の汗を拭おうと、白のハンカチを手に近寄った、その時です。


「副隊長!」

 周囲を監視していたズアイが大声を上げました。同時に血を払い、剣を鞘にしまいかけていた副隊長殿が剣を再び抜刀し、これまでにない戦意とともに、上に向けて剣を振り払いました。


 一体何が? 私がそう思った刹那、


 私達の上空から、紅蓮の炎が降り注いできました。


   *


「やられたな」

「げほっ……えほっ!」

 視界が赤に満たされて、高熱が通り抜けていきました。熱に喉をやられて、私は激しくえずきました。

 副隊長殿は苦々しさをにじませて呟きます。一体何があったというのでしょう。顔を上げて、私は目を疑いました。


「うそ」

 数秒前まで私たちは結界で閉鎖された建物の中にいました。ですが今は屋外にいる。いいえ。


 全てが焼き尽くされたのです。


 古いとはいえ、何十人と入れるような倉庫。それが一瞬で消し飛びました。私と副隊長殿の周りには何もなく、ただ黒焦げた床だったものと、魔人だった影だけがありました。

「ズアイ……? ジロウ、ラ?」

 誰もいない。影だけがある。床に転がっていた開拓者も、仲間であるズアイもジロウラもいません。


 二人は、影だけになってしまった。


 現実を見たくなくて、頼る先がほしくて、私は副隊長殿を見上げました。副隊長殿は周囲の惨劇も、私も見ていませんでした。前方、その一点を見据えていました。

 つられて私もそちらに目を向けました。消えた建物の隣。屋根の上にいる一人の男。


 薄汚れたこの場に似つかわしくない、ゆったりとした純白のローブ。ローブに合わせるように髪は長いプラチナブロンドで、同色の長い髭も生えています。見える肌も血の気がないように白い。

 まるで老人のような風貌。そのくせ顔はしわの一つもありません。齢は三十くらい……副隊長殿と同じくらいか。腕章は当然つけておらず、手にねじくれた長い杖を持っていました。

 強い。男からは副隊長殿と同種の気配を感じます。常識を外れた強者の気配です。


「やはり、この程度では無意味か」


 喉の奥から絞り出したような声。男もまた、副隊長殿だけを見ていました。私のことなんてはじめから眼中にない。たまたま生き残っただけの私は、徹底的に部外者でした。


「久しぶりだな」


「口封じが目的か?」


 屋根の上からかけた再会の言葉。副隊長殿は言葉を無視するように問いかけました。ピクリと、男の眉が動きます。


「……聞く耳持たずか。どうやら統率局に入っても礼儀知らずは相変わらずらしいな」


「返答はなし。統率局員の複数殺害に腕章未所持。無許可魔法行使に統率局員への返答拒否。死刑は確実だ……いや、もういい」


 淡々と言葉を連ねていた副隊長殿でしたが、横顔を不愉快そうにゆがめると、副隊長殿の起こしていた魔導エネルギーに揺らぎが生まれ始めました。

 剣から放たれていた魔導エネルギーの光は安定を失ったように波うち、副隊長殿にまで及んでいきます。副隊長殿の体からうすぼんやりと発せられていた黄金色の光が炎のように強く、弱くなって膨らんでいきます。


 どうして? 魔導エネルギーは使い手の肉体を強化したり、武器に纏わせて、切れ味や強度を高めたりするためのものです。肉体、武器の内外に張り巡らせて充実させておくことが最善。

 だから魔導エネルギーが不安定であることは、未熟である証明。まさか、副隊長殿が動揺している?


「お前の罪はすでに決まっている。有名人だからな。開拓者頭目“魔術師”フリド。楽に死ねると思うな」

「ま、“魔術師”……!?」

 副隊長殿の声は相も変わらず感情を表しません。あくまで淡々と、眼前の男の正体を言い放ちました。“魔術師”フリド。その名前は統率局でも有名です。


 十年前、数多く存在した開拓者の集団を一つにまとめ、


 魔法を超えた魔術を行使し、


 統率局が全霊を尽くしてもなお捕縛に至っていない無秩序たちの頂点。


 それが“魔術師”フリド。


 フリドは副隊長殿の視線に同じく冷え切った視線で返すと、言葉もなく、ゆっくりと持った杖を横に動かしました。

 通り抜けた先に生まれたのは炎。揺らぎもしない白い炎が五つ。炎からは、背筋が凍るほど濃密な魔力を感じます。


 炎はフリドを中心に回転を始めます。輪を作る炎は加速を続け、ついには一つのリングに見えるほどの速度をもちました。


 副隊長殿の魔導エネルギーは次第にその密度と揺らぎを増し、やがて副隊長殿の足元で持ち上がりました。


「これは……」

 副隊長殿を起点に展開される魔導エネルギーの茨。影の代わりに留まる魔導エネルギーから凶悪な棘を生やした蔦が何本も伸びています。

 魔導エネルギーが使い手を離れて、実体をとる。ありえない光景でした。今まで聞いたこともない異形です。


 フリドは火炎のリングを展開したまま、杖を副隊長殿に向けました。上から降り注ぐような殺気。矛先は副隊長殿です。なのに余波を受けただけの私は鳥肌立ち、歯の根が噛みあわなくなりました。

 がちがちと歯を鳴らして腰を抜かした私を、副隊長殿は気にかけてはくださいません。いいえ。私など気に掛ける余裕がないのです。


 身の毛もよだつ殺気満ちた空間で、一瞬でも気を逸らすことなどできようはずもない。


 フリドの杖が副隊長殿に向くと同時に、茨の先端がフリドに向きました。副隊長殿の淡い金色の瞳は、真っすぐフリドの赤い瞳に向けられているに違いないのです。

 フリドの口ぶりからして、副隊長殿とフリドは旧知の仲。もしかすると、相棒のような立ち位置にいたのかもしれません。


 けれど今は敵同士。偽りない殺気を互いに向けあう仲となっていたのでした。

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