第2話 《クレル》使いすぎて説明役だったやつが…【前編】
しばらく目を閉じておく。
私の周りには、爽やかな風が吹いているのがわかる。
右手には、エンチャント付属のスコップがある。
普通のスコップ。赤い取っ手に、木の柄。逆三角形の掘る部分。
風が収まったのを確認すると、そっと目を開ける。
あたり見渡す限り、木、木、木&崖。
「本当に来ちゃったんだ…」
全く実感が湧いていない。これから、大丈夫なのだろうか。
とりあえず何も分からないので、あの言葉を言う。
「《クレル》」
頭の中で歯車の回るような音が聞こえる。適度な音なので、気持ちが悪くはならない。
すると、私の目の前にステータス表のようなものが現れた。
周りを見渡すと木の耐久力だろうか、数値が見える。
数秒経つと、高くて幼い声が聞こえてきた。
「初めまして!貴方の名前は?」
「おぉ、語りかけてきた。これぞ、異世界って感じ」
後から、返事になってなかったことに気付く。
「転生者なんですね」
会話できることにびっくりした。小説にはそのようなスキルはあまり見受けられなかったからだ。
人それぞれ声も違うのだろうか。
やっぱり、不思議なことが多い。
嬉しいよぉ!
「はい!転生者の田中 胡桃と申します!」
興奮し過ぎて、声が大きくなってしまった。
「うっ、うるさいよぉ!」
幼い声にも、力強さが感じられる声だった。
一喝を受けた私は、静かに慎重に話を進めようと決意した。
「ニックネームみたいなのは?ボクに読んで欲しい名前とかある?」
ボクって言ったから、男の子なんだろう。
私の想像で僕はボクと変換することにした。
「ニックネームかぁ。ゲームみたいだ」
「早くしてくれるとありがたいです!」
怒られちった。
《クレル》と呼ぶことにした、案内人は短気なのだろうか。直ぐに、怒る。
ニヤニヤしていると、草木の奥から枝が折れる音がする。
私は、肩を1回跳ねさせた。
驚きと、不安と、焦りで困惑している私に優しく話しかけてくれた《クレル》。
一応言っとくと、《クレル》はこの世に存在しないものが喋っているのだろう。と、勝手な妄想。
語りかけている時点で、まぁ、この世に存在しないものが話しているのは確定だろう。
「ニッ、ニックネームはくるでいいよ! デデデ、なんか近づいて来てるんですけど!」
「ビビることは無いですよ」
なんか、焦りよりイラッと来た。
落ち着いた声が、私の癪に障るんですよぉ!
舐められているって言うか、見下されている感じで。
この世に存在しないものに、怒っても仕方が無い。
焦りが、どんどん大きくなっていく。
冷や汗を、額にかく。
「だーかーらー。そんなに強くないですから。ほら、立って。座ってないで。貴方には武器のようなものがあるじゃないですか。私がサポートしますから」
「スコップが武器になる訳ないじゃない!」
困惑している。スコップが武器になるなんて聞いてないんですけど!ゼウスさーん。
信じろとは、言ってない。けど、信じないと死んじゃう。
心臓の音が頭に響く。
森が危険だって言われる訳が分かった。
小説の主人公達よ。済まなかった。
さっさと行けよとか、弱すぎとか、思ってすみませんでした。
これは、怖いですわ。
「とりあえずボクも、それが何なのか分からないですけど、武器にはなるみたいです。それに、叩くだけで倒れるモンスターみたいですから。ささ、倒しちゃってください」
こいつが、現実に現れたらとりあえずぶん殴ってやる。
ここは、座り込んでいる暇はないだろう。
スコップを杖代わりにして、立ち上がる。
お尻の方に付いた、土を軽くて出払ってから前を向く。
「スコップを構えて下さい」
「分かってますから。私、剣道一家なんですよ!」
「よく分かりませんけど……まぁ、分かりました。とりあえず、脳天を叩いてくださいね?」
頷いて、待ち構えていると目の前から一匹狼……ではなかった。
私は安堵の溜息を零して、改めて構え直す。
「なんだ、犬か」
「ほっとしないでくださいよ。これでも、これでも!モンスターなんですから…」
何庇ってるんだい?モンスターを庇う案内人なんて聞いたことないんですけど。
その、犬は白銀の色をした毛並みをして耳が垂れ下がっていた。
よろよろとしながら、こちらに近づいてくる。
「おや、元気がないみたいですね。大したことなさそうなので、これで失礼」
《クレル》は、即座に判断し、大丈夫ですから、と伝えて消えやがった。
やっぱ、ここに現れたら一発殴る。
私は一応警戒したまま、近づいていく。
すると、犬は歩みを止めてばたりと倒れる。
「え、倒れたんですけど。どうしたのー?わざとですかー?よくあるやつ?死んだフリとか。え、」
《クレル》がいなくなってから、一気に不安に呑み込まれた。
よし、呼んでやろう。
何を食べたりするのか分からないし。
「《クレル》」
今度は、直ぐに来た。
「なんですか!何回も呼びつけないでくださいよ!くるさん!ボクだって暇じゃぁないんです!」
あはは、と笑うと地団駄を踏んでいる声が聞こえて、緊張が少し和らいだ。
そして、用件を言おう。
「この子なんか、食べられるものない?」
「はぁ~。貴方から見て、左にある赤い果実。好物ですよ。糞の」
うわぁ、一瞬優しいんだ、なんて思った自分が馬鹿でした。
手前を信じるなんて100年早かったかもな。
とりあえず信じて、その果実をもぎ取り、犬が食べやすいように手で少しちぎって口に運ぶ。
膝に乗せると、子犬のように軽かった。実際子犬みたいだが。
1口食べると、少し回復したのか膝から降りて立った。
「ほーら。回復しましたよ~。貴方のお望みどおりにしたんですから、これからあまり呼ばないでくださいね」
「はーい」
にっこり笑顔で返事をするが、呼ばないわけないだろ。
こちとら何も知らないで来てるんだからな。
何度でも呼んでやろう。ふはははは。と、心の中で叫んでいると犬がペロペロと手を舐めてきた。
おぉ?癒しタイムキタコレ。
「はぁ~。可愛いですねぇ~」
私は軽く頭を撫でてあげると、スリスリと返してくれたので私の心はテンションアゲアゲ状態。
その、上目遣い。すんごい萌えますよ。
私は、いい事を思いついた。
「ほーら。おいで~」
地べたに寝転んだ。
それを、見ている犬はちょー可愛い。
でも、何故か手だけをペロペロと舐めてくるので不思議に思った。
まぁ、別にどうでもいいけどね。
「癒しだぁ、もっとおい……」
「あぁ、そいつ。テイムできますよ」
お呼びじゃねぇ!
私の癒しの時間を遮るように喋りかけてきやがった。
呼んだ時にはグチグチ言ってくるくせに、なんで読んでない時にひょっこりと現れるんだよ!
空気を読みなさい!怒りますよ~。私、そろそろ限界ですよ。
ニコニコと、笑顔を保っておくがきっとこのオーラは隠しきれていないだろう。
「へぇ……テイムって?なづけるってこと?」
「まぁ、そんな感じです。ペットみたいに飼うのも有りですし、手伝いをしてくれるヘルプペットって言うのもありますよ」
ふーん、って聞き流す感じだけど、私の心の中は早くテイムしたい気持ちでいっぱいだった。
「それは、どうやってやるんですか?」
「ん。教えてあげますよ、仕方が無いですからね」
私のこめかみに青筋が浮きでる。
はーらーたーつーなー。なんなんだ、この生意気小僧。案内人か?こいつ。
ゼウスは頼りにしろって言ってたけど、頼りにできない気がするんですけど。
「犬に左手を差し出してー。はい。早くー。時間が無いの」
「はいはい」
私は、強く、淡々と返事をする。
そんな事どうでも良さそうに《クレル》は「そして」と続けた。
「こう言ってね。《祖の名わ(好きな名前)と言う》って言えばテイムは、完了するよ。ちなみに、瀕死状態とか抵抗出来ない時、懐いてくる時にしかテイムは使えないからね」
ついでに頓珍漢な私に詳細まで教えてくれたことに少しだけ感謝する。
《クレル》は、又も失礼します、と言って消えた。
今回は、ありがとうございましたそして、またよろしくね~。
次回予告を済ませたところで、私の左手を見つめる犬に先程の呪文を言う。
「《祖の名はシルと言う》」
ふふーん。
ステータス表に、《テイム完了。図鑑。モンスター更新。白銀犬 登録完了》と表示されたので、上手くテイムが出来たのだろう。
見ているかわ知らないがテイムが完了したのを《クレル》に報告したいので呼び出すことにした。
「《クレル》」
なんか楽しくなってきた。
「毎度言ってますけど。ろくなことがないのに呼び出すな!そいで、おめでとうございます!では、失礼します!」
怒り気味に、褒めてくれてなんか嬉しくなった。
そして、これからも《クレル》をからかってやろうと、決めた。
そんな半日だった。
そして、私は思った。スコップ使ってないな、と。
まぁ、そんな事はどうでも良くて《クレル》と知り合ってシルをテイム出来て充実した。
目的を忘れずに、スローライフを送っていこう。