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短編小説集

七十二候

作者: 大西洋子

 東から暖かい風が吹き出して、甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。その匂いに誘われたのか、ケキョケキョと舌足らずな鳴き声が、遠くから聞こえてくる。

 もうしばらくすると、この辺りの木々は、ピンク色に染まるだろう。私はその様を思い浮かべ、スキップをした。


 その昔、人は月の形で日付を知り、太陽の動きで時間や季節を分けた。

 春夏秋冬の四季。

 冬至、夏至、その間の春分、秋分を基準に区切られた二十四節気。

 さらに約五日毎に区切られる七十二候。

 その七十二候にあげられる花や鳥、草や木をはじめ、そういったものを次の世代に繋げるのが私達の仕事だ。


 遠くの山に薄いベールがかかる。白と赤の甘酸っぱい匂いのする花と入れ替わるように、桃色の花と薄紅色の花が咲きだし、あちらこちらで様々な虫達が動き出す。

 背中に鮮やかな羽を持つものが飛ぶ様は見ていて飽きない。けれど、うにょうにょと這い動くものは未だ慣れない。

 建物の軒先目掛け、小さな茶色い鳥が忙しく動く。おしゃべりするような声を発しながら、黒い鳥が空を横切る。それは田植の準備をする合図。これからさらに仕事が忙しくなる。私は心の中で腕まくりした。


 遠くでゴロゴロという音が鳴り出す。と、細かい雨と同時に、大空に鮮やかな半円のアーチが架かった。

 生け垣の方に行くと、溢れんばかりの花弁を拡げる花が。その花は、美しい女性を、あるいは、薬の効能を例えた花の一つだと、注意書にそう記されている。

 暦は春から夏へ移り変わろうとしている。


 日誌を開け、今日見た、季節の花や動物達の動きを書き入れる。

 この七十二候と、花や動物の動きは、若干ずれる事があるわよ。と、先輩に聞かされていたものの、なかなかどうして。七十二候の通りに、白と赤の甘酸っぱい匂いがした木々に黄色い実がなり、青紫のりんとした花、ポンという音が聞こえそうな花が咲いていく。

 そのたびに、よろこびに似た感情が溢れるのは、私自身に刻まれた遺伝子の記憶からなのだろうか。

 季節は夏から秋へと移り変わる。


 夏の終わりを告げる虫が鳴き始めた。

 子ども達と植えた水田が黄金色へ変わり、その黄金から重たそうなフサが垂れる。

 おしゃべりするような鳴き声の黒い鳥が、忙しそうに空を横切る。もうすぐ、彼らの姿が見えなくなり、入れ替わるようにV字の列をなした鳥の群れがやって来る。

 やがて昼夜問わず、コロコロ、リリリ、リーンリーンと合唱が鳴り響く。遠くの山の木々が、少しずつ黄色や赤や茶色へと変化していく。落葉掃除が大変。でも、思わぬところで出会う、地面に散らばる実や小さな傘が楽しみだったりする。私は熊手片手に、外へ飛び出した。

 季節は秋から冬へと変わりつつある。


 大地に白いものが覆うようになってきた。

 空はどんよりした鉛色に変わり、鮮やかな色の半円の、その姿が現れる回数が少なくなっていく。

 川に黒い影が遡り、冬ごもりの前の晩餐とばかりに大きな獣が姿を現し、山を駆ける獣の枝のような角が落ちる。ケーンケーンとつんざくような声をあげる鳥が、その鮮やかな姿をよく見せるようになってきた。

 やがて一年が終わろうとする。季節は確実に冬から春へと移ろうとしている。


 私達が次の世代に繋げるもの。

 それは、西暦から宇宙暦に変わる頃より、地球から、この場所に保護された生き物と遺伝子から蘇らせた生き物達。その多くは、音と映像だけしかないのだけど。

 そんな生き物に合わせて人間は、衛星のドーム内の昼夜、温度、水を調整している。

 ――そう、これは、青い星と称えられた地球を、徐々に赤黒い星に変えてしまった人間のツケ。

 ……あるいはエゴ。

 私はそう思えて仕方ない。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] はっぴーにゅーぼあー。 このタイトル、序盤のストーリーからまさかのSFエンド、びっくりしましたわー。 いいですね。 [気になる点] その七十二候にあげれれる花や鳥→あげられる あと…
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