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旧作・駄作・ほぼ没

覚え書き・素材と形式~その2~

作者: 住友


ポール・セザンヌ(1839~1906)

が描いたリンゴの絵、

子どもの描くリンゴの絵、

素材は同じリンゴです。

ゲーテのファウストや

シェイクスピアのマクベス、

そしてラノベやなろうのファンタジーは

題材自体は――あえて誤解を恐れずに

乱暴に括れば――同じファンタジーです。


セザンヌもシェイクスピアも題材自体は特段

珍しいものを扱っている訳ではない

(サントヴィクトワール山は例外としても)。

ファウストだって元は

手垢のついた民間伝承です。

ではセザンヌを『近代芸術の父』足らしめる

功績とは何なのか?

ゲーテやシェイクスピアは

何をしたから偉いのか?

それは『形式』の発明です。


想像力や感性だけなら

子供はセザンヌにだって

負けず劣らずということもあるでしょう。

子供だって

ニートだって

飲んだくれだって

ファウストみたいな

夢を見ることはあるでしょう。

セザンヌの絵画よりも

美しい光景を自分の日常や夢や

思い出の中に見つけることさえあり得る。

もっと単純な例を挙げれば、

リンゴを見ることは

大抵誰だってできるし

誰だって涙と共にパンを

かじる経験はするものです。


セザンヌたちにあって

子供や飲んだくれにないもの、

それはやはり『形式』の知識、

表現の技術、

見たもの感じたものを形にする能力、

もっと掘り下げれば

見ること感じることの仕方それ自体、

すなわち『教養』です。


「ある人間が持つ価値評価は

その魂の構造の何物かを示し、

それがその生命の条件を、

その真の困厄を

どこに見ているかを示している。」

(ニーチェ 『善悪の彼岸』)


あるものをどのように評価するか、

それは言い方を変えると

どのような形で見て

感じとるかということです。

そしてどのような形でそれを再現し

人に伝えるかという表現の問題も含めて、

いずれも教養によって左右される問題であり

人間の質が問われる問題です。


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