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初恋と現実とわたし

実務者レベルの調整も経て、王国と帝国軍との間で協定が結ばれた。


内容は以下の通りだ。


一つ、帝国軍の出兵は完全なる義勇参加であり、王国は戦費等を負担する必要は無い。

一つ、帝国軍の出兵は王国の安全が確認されるまで実施される。作戦終了時期は王国女王エリザベートの意向にしたがう。

一つ、王国への援助は無利子、無期限の借款にて行う。当面の間、上限は定めない。


いや、なんていうか、もうね。

言葉も無いよ。

どこまで親切なの、帝国軍……。


「神かよ」


これを見たときコレットの言葉だ。

皆が頷いた。

当然、私も同意した。


思い返せばここ十年、私達は聖国に強いられて神様にお祈りをしてきたけれど、御利益なんてなんにも無かった。

お布施をとられるばっかりだった。


対して帝国軍は、いきなりこれだけのものを持ってきてくれたのだ。


なら今日から私は帝国軍を拝む。

一日五回ぐらい拝んでも良い。

お供えだってしちゃう。ここに聖堂を建てよう。ご神体はもちろんオスカーさんだ。


私達王国にこの協定をお断りする理由などなかったので、私は光の速さで調印した。


サインする時は手が震えた。


名前間違ったら無効とか無いよね!?

そしたら国民の皆に申し訳が立たないよ!?


幸い私の羽ペンはずるっと紙の上をすべることも無く調印は無事終了、こうして王国は帝国軍の保護下に入ったのだった。


ただ、気になることが一つあった。

彼等が私達を助けてくれる理由だ。


これがいまだにわからなかった。


彼等はなにも教えてくれない。

そして私も思い当たる節が無い。

うちの国、何か帝国と因縁あったかしら?


調印式の最中も、一応、私は訪ねたのだ。


「ありがとうございます。でもなぜ、ここまで私達に良くしてくださるんですか?」


と。


帝国軍の代表であるオスカーさんは答えた。


「貴女を助けるためだ。全て貴女のためである」


と。


私はこの冗談にただ真っ赤になって俯いた。


一応、私は真面目に聞いてるんだけどな!

絶対からかって楽しんでるでしょ!?



それで、実は、もう一つ事件があったのだ。


……あの、ですね。

実は、私この時に、オスカーさんから交際のお申し込みも頂いてしまったのです……。


いや、私だって女の子だ。

多少の空気読む力は備えてるつもりだ。

先だってオスカーさんのもとを尋ねたときに多少思うところはあった。


手の甲への口づけって、プロポーズの時にするものなのだから……。


で、でも、まぁ? これはお礼だし?

女王様の手に直接触れるのは、とっても名誉なことでもあるし?


などと思いながら、お部屋に戻った私は右手の甲をなでなでしていた。

手を洗うのがちょっと勿体ないなと思ったぐらいだ。


「えへへ、もしかしてオスカーさん、私に気があるのかなぁ」


「……そうかもね」


なーんてコレットと冗談言い合いながらお城に戻ったのだ。

もちろん冗談のつもりだった。


冗談じゃ済まなくなった。




食堂。

早速始まった帝国軍からの食糧援助で、私達は十日ぶりのまともなご飯にありついていた。

その日のメニューはどっしりした黒パンに干し肉入りのポトフだ。

大きなバターのおまけ付き。

お野菜がごろごろしていておいしそう。


でも、突然告白までされた私は食事どころじゃなかった。


大盛りポトフの深皿からお芋をすくってむしゃむしゃする。

おいしい。

もう一口食べよう。

今度はお肉だ。

うーん、味がしみててこれも美味!

もぐもぐ……。


「……どうして私なんだろう。そもそも私と彼は初対面のはずなのに」


「おや、陛下? 陛下にはわかりませんか?」


言いながら、我が股肱の臣である宰相ボルワースが向かいの席に腰を下ろした。

私と同じくらいお皿にポトフを山盛りにしてる。


お前、そんなに食べるとまた太るぞ。

折角、ダイエット(籠城戦十日間コース)で、多少の減量に成功したところだろうに。


「おそらくですが、オスカー殿は、昔、陛下に命を救われたことがあるのでしょう。なにしろ陛下は犬や猫みたいに死にかけた人間を拾ってきますからな。彼もそのうちの一人だったに違いありません」


この言葉に、私の隣でこちらは普通盛りのポトフを食べてたコレットがうんうんと頷いた。


「いかにもありがちな理由ねー。そうやって拾われた身の私としては、納得の理由だけど」


納得するのか。


「どうせエリザのことだから、昔どっかで行き倒れの騎士様でも助けたんでしょ。それでその人が恩返しにやってきたってわけだ。やったじゃない?」


「……そんなおぼえは無いわ」


憮然として私が答えると、コレットはにやりと口の端を持ち上げた。


「それはエリザが全員を覚えてないだけでしょ? すごい数になるわよ。数える気にもならないけどね」


「なんでしたら記録を持ってきますぞ。助けた人間の餌代は、陛下の歳費から出とるんですからな」


餌言うな。


私は心の中で反論したけれど、二人は仲良くステレオ式に私の過去の所業を話し続けた。

……まぁね。

たしかに人助けについては憶えはあるよ。


内戦中は野戦病院でも働いてたし、女王になってからは施療院を開いたりもした。


私の王国には聖国で酷い目に遭ったり、行き場所を無くした人たちが逃げ込んでくる。

よりにもよってこんな貧乏王国に逃げ込んでしまった人たちへの同情もこめて、私は彼らをこっそりと助けてたのだ。


優しい女王様だって?


ふふん、勿論違う。


断言するけど、見返り目当てだ。

私は基本的に浅ましい女だ。

助けるのも好きだけど、それ以上にお礼やらなにやらで、ちやほやしてもらうのが好きなのだ。

根が褒められたがりの甘ちゃんだからね。


でもさぁ……。


「私が助けた中に、あんな立派な将軍さんはいなかったよ。オスカーさんみたいな人、会ったら絶対覚えてるって」


「ふーん……。なら、本人に確認すればいいじゃない。今度聞いてみたら? 機会ならいくらでもあるでしょ?」


コレットは手元の黒パンをちぎってからパクリと一口で頬張った。

それからにやりと口元をゆがめる。


「それよりエリザの気持ちも聞きたいな。オスカーさんのことどう思ってるの? 命の恩人で、強い人。エリザの理想の人に近いと思うんだけど」


「……やめてよ」


馬鹿なこと言わないで。

答えながらも自分の顔が熱かった。

まだ熱くなるのか。

そのうちほんとに火が出そうだ……。


私の理想は、優しくて強い人だ。

私の事を大事にしてくれて、大切に守ってくれる人。


我ながら、甘っちょろい理想だ。

お姫様時代の名残なのだ。

恥ずかしい! 忘れておくれ……。


「オスカー殿からも、是非陛下の気持ちを聞いておいてくれと言われておりましてな。憎いというわけでは無さそうですな」


「……」


ボルワース。

お前、もしかしてオスカーさんとなんか話してるのか?


聞きたいけど聞けない。


「ようやく姫様にも春が来た様で、私も嬉しいですぞ」


反論もできなくなった私が、ポトフの大皿に取り組む振りをすると、コレットとボルワースが私を見てもう一度笑った。




今までも私に告白してきた男性は沢山いた。

勢いで告白してきた酔っ払いのおっさんや、おっぱいがあれば誰でも口説く節操の無い傭兵さんだ。

他にも近所のおっさん達は会う度にプロポーズをしてくれた。


つまり、まっとうな告白は、今回が初めてだった。


一度命を助けられただけだけど、私にはそれで十分だった。


私は彼の事が好きになっていた。



◇◇◇



「おやすみ、コレット。良い夜を」


「ええおやすみ、エリザ。冷えてきたから、風邪なんて引かないように気を付けてね」


一人、お部屋に戻った私は、明かりの魔術具に火を入れた。

髪を縛っていたリボンを解くと、お団子がほどけて、私の収まりの悪い金髪が広がる。

この髪、雨の日は爆発するんだよね。

湿度は私の天敵である。


「初恋かぁ……」


口に出す。

自分で言ってて恥ずかしかった。

この歳になって! 二十代も半ばになって! どんだけ遅いの!


出会いは今までもあったはずなんだけど、どうして今頃になって……。


思い返してはたと気がつく。


これが吊り橋効果というやつだろうか。

普段はのほほんとしてると評判の私でも、これだけの危機にさらされた結果スイッチが入っちゃったというわけだ。

それで私の生存本能が恋を求めはじめたのだ。


それなら、それでいいさ。


私は思った。


なんだか幸せな気分だった。


ふわふわするなぁ。


私はそんな楽しい気分にひたったまま、着ていた服を脱ぎ捨てた。


そしてなんの気構えも無しに、化粧台の上にある鏡の中をのぞき込んだのだ。



鏡。



私はその中に現実を見た。


そこには今の私が映っていた。


傷んできしきしいうぼさぼさの髪。

荒れた肌。

目元や口元には笑い皺らしき影がはっきりと見えた。

私、笑い上戸だから。


思えば女王になってから、私はろくに見た目のお手入れをした憶えが無かった。


毎日お仕事に励んでたのだ。

それこそ朝から晩まで頑張ってた。


そんな女を捨てて過ごした十年間の集大成、それが、鏡の中から私の事を見返していた。


萎びたナスみたいだな。


私は思った。


例えるなら私は、八百屋さんの片隅に取り残された売れ残りのお野菜だった。

その姿はしおしおで、残念ながらぴちぴちした果物ではありえない。


心は一瞬で冷えていった。


こんな年増女に、華ある若き帝国の将軍が惚れることなんてありえない。

なんてったって私は、結婚適齢期を十以上オーバーしてるのだから。


私は盛大に嘆き、そして悲しみに濡れたこの冷たい現実を受け入れた。


小さい頃からこういうことには慣れてるんだ……。



なんだか頭が醒めてしまった。

私はふらふらっと体をスライドさせて、こてんとベッドに転がった。


天蓋の無い寝台から天井を見上げる。

心は冷えちゃったけど、幸い腹は膨れていた。

頭の働きは快調である。


さてさて、私。

泣いてばかりもいられないぞ!


考えなければならないことが一つできたのだ。

帝国軍の真の思惑についてである。


オスカーさんが私に交際を申し込んだのは、なにかきっと裏がある。

彼等の優しさは、私への好意とはまた別に、深い理由があるはずなのだ。


ううむ。

私は悩んだ。


そして悩んだ末に、帝国の思惑について一つの仮説に思い至った。


この時、私は、オスカーの事を疑っていた。


モテない期間が長引くと、女の警戒心は無闇やたらに高くなる。

自分に自信が無いからだ。

そしてよりモテなくなる。

これこそがひとりぼっちスパイラル!


私は寝台の上、お気に入りの枕を抱きしめながら緊急会議の召集を決意した。

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